62 着せ替え人形
「あ、あんたのせいで恥ずかしい目に遭ったじゃない」
「いや、あれは司波さんのせいなんじゃ……」
「う、うるさい!」
レストランを出た司波さんは相変わらず顔を赤く染めたまま、僕の肩辺りを不貞腐れたように殴って来る。
しかし司波さんもさっきのは自分に責任があることを頭の中では理解しているのか、照れ隠しをしているだけのようで全然痛くない。
むしろレストランで投げつけられたおしぼりの方が全然もっと勢いがあった。
だが未だに恥ずかしさを感じているんのは司波さんだけじゃない。
かくいう僕もまた、先ほどの司波さんにしてもらったことを忘れられずにいる。
既に料理も食べ終わっているというのに、妙な甘酸っぱさが口の中に残っている気がして、思わず司波さんから顔を逸らした。
変な緊張感に包まれながら僕たちがやって来たのは、洋服屋だ。
どうやらここが司波さんの今日の目的だったらしい。
「……あれ?」
しかしそこで僕はふと違和感に気付く。
「ここって男物メインのお店なの?」
そうなのだ。
店の中の商品を見渡して見る限り、どれも男物ばかりで、女物の服や小物は置いてないように思う。
司波さんに男装趣味などがあるなら話は別だが、これまで一緒に過ごしてきてそんな素振りは一度も見えなかった。
ではどうして司波さんはこの店を目的にしていたのだろうか。
「今日はあんたの私服を買いに来たのよ」
「えっ!?」
突然の言葉に驚く僕。
無理もないだろう。
てっきり自分の買い物が何かあるとばかり思っていたのに、デパートへやって来たのは僕の私服のためだなんて言われたら驚かずにはいられまい。
だが司波さんが僕の私服を気にしたりするなんて、よっぽど僕の私服のセンスがまずいのだろうか。
だとしたら少しショックなのだが……。
「別にあんたの服のセンスが悪いとかじゃないんだけど、もうちょっとお洒落に着こなしてもいいんじゃないかなって思ったのよ」
「な、なるほど……」
その言葉が僕を気遣ってのものなのか、それとも本当のことなのかは分からないが、僕にはとりあえず頷くことしか出来ない。
司波さんはそんな僕に構うことなく、既に僕がこれから試着させられるだろう服を探し始めていた。
「お客さん、これなんてどうですか?」
「あ、それいいかも!」
「…………」
司波さんが服を探し始めてから数十分以上が経過した今、僕は司波さんと女性店員さんの着せ替え人形となっていた。
既に何種類の組み合わせを試着させられたか分からない。
どれも反応は悪くないのだが、もっと良いのがあるはずだと二人が張り切って終わりどころが見つからないのだ。
僕からすれば服なんて、適当に見繕ってある程度、様になるようなものならば何でも良いと思っていた。
実際今着ている服だって纏めて一式買ったものだが、確か選ぶのに十分かからなかったはずだ。
しかしどうやら僕は女の子というものを甘く見ていたのかもしれない。
女の子が服選びに時間がかかるのなんてよく考えれば一般常識以外の何ものでもない。
こうなってしまった以上、僕は大人しく彼女たちの着せ替え人形として出来るだけ抵抗しないことだけが、この現状を打破するための唯一の選択肢だった。
「お、おお。これはなかなか……」
一体何着目の試着をさせられた時だろうか。
これまでの服とは明らかに違う反応を見せる司波さんと店員さん。
反応を見る限りではあまり悪くない感触で、僕は今更ながらに自分がどんな服を試着していたかと鏡で確認する。
黒のベストに白いシャツ、そして足のラインが良く分かる黒いズボン。
シンプルではあるが、僕の目から見ても「確かに良いかもしれない」と不意に思ってしまうほどの出来だった。
「し、司波さん?」
司波さんは僕を見ながら何やら手を開いたり閉じたりを繰り返して、興奮しているような表情を浮かべている。
ちょっと怖い。
「こ、これなんかも小物としてどうですか?」
いつの間にか店員さんが慌てたように、何やら小物を幾つか持ってくる。
それからまた少しの間、僕は店員さんにされるがままの状態で固まっている。
徐々に完成に近づいているのか、店員さんは一度僕から離れると、僕の周り確認するようにまわり始める。
そして遂に――解放された。
店員さんは「最後にこれを」と言うと、眼鏡——伊達だろうが――を渡してくる。
案の定、度が入っている様子もなく僕はそれを店員さんに促されるままに着ける。
「ど、どうかな?」
「っ……!」
何やら色々とやってもらって恥ずかしいのだが、自分でもまだどういう感じになっているのか分からないので、とりあえず司波さんに見せてみる。
しかし司波さんは僕と目が合ったかと思うと途端に顔を真っ赤にして、目を逸らしてしまう。
もしかしてまたさっきのレストランでの一件を思い出させてしまったのだろうか。
耳まで真っ赤に染めて僕から視線を逸らす司波さんに、何だかこっちまで恥ずかしくなって、思わず僕も顔を背けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます