60 見送りという名の連行


「ん、美味しい。これあんたが作ったの?」


「そうだけど? 一人暮らししてるからこれくらいは出来ないとね」


 朝食を一口食べた司波さんが驚いたように聞いてくる。

 しかし僕からしてみれば別に力を入れて作ったわけでもなく、普段の朝食を作ったつもりだったのだが、どうやら司波さんの口にはあったようで良かった。


「司波さんは料理とか……あ、いや、なんでもないです」


 話の流れ的に司波さんに聞いてみようとしたのだが、司波さんがこちらを睨んでくるので慌てて質問を止める。

 そもそも司波さんは僕とは違って一人暮らしではないので、料理などはあまりする必要性がなければ、その機会自体もないのだろう。

 それに司波さんのイメージ的にも、料理上手と言われたところでにわかには信じがたいような気もする。


「わ、私だって少しくらいは出来るんだから」


「別に何も言ってないよ」


 僕が失礼なことを考えているのを察したのか、司波さんは顔を背けながら不貞腐れたように呟く。

 僕は思わず苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。




 朝食も食べ終わった僕たちはリビングでゆっくりしていた。

 しかし時計を見てみれば既に九時を回っていて、カーテンの隙間からは眩しい日差しが射し込んでくる。


「司波さんは今日どうするの? さすがに家に帰らないとまずいんじゃない?」


 僕はテレビのニュースをぼうっと見ている司波さんに聞く。


「なに? 早く帰ってほしいわけ?」


「そ、そういうわけじゃないけど……。あまり遅くまでいると、外も真っ暗になっちゃうでしょ? そうしたら一人で帰れなくなるよ」


 僕も夜道を司波さん一人で帰らせるわけにはいかない。

 また昨日みたいなことが絶対にないとは限らないのだ。


「……? どういうこと?」


 しかし司波さんは僕の言葉に訝し気に首を傾げる。

 しかもその顔は若干の不機嫌が見え隠れしているような気がするのは気のせいだろうか。


「別に外が暗くなくても、あんたが家まで送ってくれるんでしょ?」


 そしてそんなことを「当然でしょ?」とでも言いたげな表情で言ってくる。


「え、いや、だって司波さんの家ってここから結構あるし……」


 だが僕としては昼間にわざわざ司波さんの家まで送っていく必要性はそれほど感じられない。

 ここから司波さんの家までの道は、確かに夜は人通りが少ないが、昼間は案外人通りもあるし、昨日のような目に遭うことはないはずだ。

 それなのにどうして僕が司波さんを家まで送っていかなければいけないのだろうか。


「へぇ。人の裸見ておいて、そんなこと言うんだ」


「…………」


 司波さんがにっこりと満面の笑みを向けながら僕に近寄って来る。

 その雰囲気というか威圧感に、僕は詰められた分だけ、司波さんから距離を取る。

 しかし司波さんもまた僕との距離を詰めてくる。


「送ってくれるよね?」


「は、はい」


 鬼気迫る司波さんの笑みを前にして、僕に拒否権なんてものは存在しなかった。


 ◇   ◇


「それでどうしてデパートなんかに来てるわけ?」


 司波さんを家まで送る道中、どういうわけか僕たちは大型デパートにやって来ていた。


「え? だってそろそろ昼時だし、何か食べていけばいいじゃない?」


「こんな時間になったのも司波さんが色々準備とかに時間とられたせいでしょ……」


「女の子には色々と時間がかかるものなのよ」


 そう言われてしまえば僕も何も言えない。

 それに確かに司波さんの言うとおり、このデパートの中には食料品店やレストランだけでなく、映画館まで内臓しているので、学生たちが休日のたまり場にしているほどの充実っぷりだ。


 僕としては出来れば司波さんと一緒に居るというところをクラスメイトや学校の生徒たちに見られたくないと言うのが本音である。

 しかしそういうのは司波さんを怒らせるだけだと分かっているので今は言わないが、やはり気を付けておくに越したことはないはずだ。


「あそことかどう?」


「まあ、妥当だね」


 司波さんが指差したのはファミリーレストランとしても有名なチェーン店だ。

 僕たちは近くにあったその店の中へと入る。

 時間帯からすれば運よく客足も少なく、僕たちは禁煙席の一つへと案内された。


「あまり混んでなくて良かったわね」


「確かに。あまりに混んでるとそれだけで疲れちゃうし」


「分かる」


 メニューを頼み終わり、そんな他愛ないことを駄弁っていると料理が運ばれてくる。

 僕はハンバーグ、司波さんは野菜炒めだ。


「……ん?」


 お互いに黙々と食べていると、ふと司波さんの視線が僕の手元に注がれていることに気付いた。

 というよりも、僕が絶賛食べているハンバーグを司波さんは見ているのだろう。

 その視線に含まれた意図など今更聞かずとも分かる。


「た、食べる?」


「えっ、いいの!?」


 よほどハンバーグを食べてみたかったのか、司波さんは嬉しそうに目を輝かせる。

 そんな司波さんに苦笑いしながら、僕は司波さんにハンバーグの皿を司波さんの方へと渡そうと試みる。


「じゃあ、はい!」


 しかしそこで気付く。

 司波さんが満を持してといった感じで、口を開けている。


「え……」


 それはもしかしなくてもいわゆる「あーん」という状態で、あとは僕が司波さんにハンバーグを食べさせてあげるだけだ。

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