配信ノート 二冊目
59 夏休みの朝
「ふわぁ、疲れた……」
僕は重たい瞼を擦りながら起き上がる。
「……あれ?」
そこでふと違和感に気付く。
どういうわけか普段とは違う天井が目の前に広がっているのだ。
それだけじゃない。
しっかりと寝たはずなのに、身体のあちこちが痛い。
「なんだ、ソファーで寝てたのか」
辺りを見回してみたら、どうやらいつの間にかリビングにあるソファーで眠ってしまっていたらしい。
よほど疲れていたのか、昨日のことも良く思い出せない。
というかしっかり寝たはずなのに、ソファーで眠ってしまったからかまだまだ全然眠たい。
さすがにこれでは何も出来ないので僕は一度顔を洗いに行くことにする。
「ふわぁ」
洗面所までの廊下がやけに長く感じるし、欠伸も止まらない。
それでも何とか睡魔に耐えて洗面所の前まで辿り着く。
僕は一種の達成感を感じながら、眠りたがっている意識を起こすために洗面所のドアを開けた。
「……え」
扉を開けた途端、洗面所の中から湯気が立ち込めてくる。
まさかお湯を出しっぱなしにしたりしていたのかとも思ったが、さすがにそれはあり得ない。
だとするとどうして。
湯気が洗面所の外に逃げていき、徐々に視界がクリアになっていく。
「……は」
そしてクリアになった視界の先で、一糸纏わぬ女の子————司波さんを見てしまった。
司波さんはお風呂上りなのか傷一つない綺麗な肌にはいくつもの水滴がついており、恐らくその身体を拭くためだろうバスタオルを取ろうとしている。
ただ僕が咄嗟に状況を理解できず、思わず声をあげてしまったのがいけなかった。
それまで洗面所のドアが開いたことにも気付いていなかった司波さんだったが、さすがにこちらを振り返って来る。
「……え」
僕の存在に気付いた司波さんは固まってしまう。
しかもまずいことにバスタオルを取ろうとしているせいで、ろくに身体も隠せていない。
「っ!?」
みるみる内に司波さんの顔が赤くなっていく。
僕は僕で、どうしてここに司波さんがいるのか分からない上に、司波さんの一糸纏わぬ姿はあまりにも刺激が強すぎた。
だがさすがにこのままではいけないことだけは分かる。
「ご、ごめんっ!」
僕は咄嗟に回れ右をして、洗面所から飛び出す。
すぐにドアを閉めると、あまりにも非現実的だった光景がようやく現実的なものになったような気がした。
しかしドアの後ろから聞こえてくる布が擦れる音は紛れもなく、現実だ。
「ど、どうして僕の家に司波さんが…………あ」
そこまで言って思い出した。
今日は夏休み初日で、司波さんは昨日色々と事情があったせいで家に泊まったんだった。
僕自身、結構疲れていたせいですっかりそのことを忘れていた。
恐らく司波さんは昨日の疲れを癒すためにも朝一でお風呂に入っていたのだろう。
僕が起きている間は緊張するだろうから、きっとわざわざ僕が寝ている間を狙ったのだ。
しかし結果として司波さんにとんでもないことをしてしまった。
ただでさえ昨日の件もあって、司波さんは男の人に対して少なからず良い感情は持っていないだろう。
それなのにこんなことをしてしまって、また司波さんにトラウマでも植え付けたりしていないか不安だ。
「と、とりあえず朝ごはんでも用意して待っておこう」
恐らく司波さんはまだしばらく身支度に時間がかかるだろう。
僕は出来るだけ司波さんを刺激しないよう、物音を立てないように気を付けながらリビングへと向かった。
「何か言い訳とかあるなら聞くけど?」
「な、何もありません……」
僕がちょうど朝食の準備を終えた時、司波さんはリビングへとやって来た。
テーブルの向かい側に座る司波さんは怖いくらいの満面の笑みで僕に聞いてくる。
もしかしなくても相当ご立腹なようだ。
本当は、司波さんが
僕は早々に諦めて、素直に司波さんに謝る。
それにいくら言い訳をしたところで、僕が司波さんの裸を見てしまったのは紛れもない事実なのだ。
「す、すみませんでした」
僕はひたすら謝り続ける。
あの司波さんにこんなことで許して貰えるとは思ってないが、偶然だったとは言え、女の子の裸を見てしまった僕の責任は大きい。
「と、とりあえずあんたは早くさっきの忘れなさい。それが第一よ」
僕が素直に謝るのが意外だったのか、司波さんはそれ以上何か言ってくることもなく顔を逸らす。
その顔は若干だが赤く染まっている。
「さっきの……」
僕は司波さんの言葉に、先ほどの洗面所での光景を思い出す。
綺麗な肌、上気した頬。
恐らくこれから先、絶対に見ることが出来ない光景とはああいうものを言うのだろう。
「……一体何を思い出してるのかしら?」
「え……」
そんなことを考えていた僕だったが、気が付けば司波さんが明らかに怒っているのが分かる表情で拳を構えている。
もしかして僕、表情に出てた……?
だがそれに気付くのはあまりにも遅すぎたようで、怒りか羞恥かで顔を赤く染めた司波さんの拳が物凄い勢いで僕に迫って来ていた。
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