48 聞き逃せば
やってしまった。
またやってしまった。
自宅までの帰り道を一人で歩きながら、凛は後悔の念に打ちのめされて頭を抱えている。
ついさっきまで隣に立っていたはずのクラスメイトの男子は遥か後方にいて、もはや視界の隅にも入っていない。
「あぁぁぁぁぁ…………」
凛は先ほどの自分の行動を思い出すと唸らずにはいられなかった。
本当だったら今もすぐ隣には一人のお人好しな男子が立っていたはずだったのだ。
それなのに凛は亮の放った一言にどうしても我慢することが出来ず、制止を振り切ってまでこんなところにまでやって来ている。
送ってもらっている分際でどれだけ自分勝手な行動をとってしまったのかなんてこと凛自身一番分かっていた。
だからこそ凛は今、せっかく亮が送ってくれたこの機会を最悪の形でぶち壊してしまったと後悔している。
「久しぶり、だったのに……」
そもそも凛がまともに亮と話したのは凛が亮たちと一緒にカラオケに行った日以来だろう。
あの日は亮の歌声を聞いた二人が自分たちの関係について少しは納得してくれれば良いと考えていて、結果から言えばかなり順調ではあった。
しかしその帰り道で亮と二人で”迷惑”がどうとかいう話になり、それ以来お互いに距離を取り合っていたのだ。
凛自身、自分がクラスでどういう立ち位置にいるのかというのは知らないわけではなかった。
そして亮のクラス内での立ち位置も。
そんな自分たちがクラスで一緒にいるということがどれだけ異常なことなのか考えるまでもないだろう。
凛だって当事者でなければおかしいと思うはずだ。
それを危惧したのが、亮だった。
自分と一緒にいると凛に迷惑がかかると言い、距離を置こうと提案してきたのだ。
でもそれは違う。
二人が一緒に居てより多くの迷惑を被るのは、亮だ。
嫉妬の目を向けられたり、陰口を言われたり。
凛はずっと前から、自分と一緒にいることで亮に迷惑がかかっているということを理解していた。
しかしそれでも凛が亮と一緒に居ることを選び続けたのは、二人でいる時間が何より楽しかったからだ。
配信の改善点を教えてもらって、四葉としての配信が良くなるのが楽しいとかそういうわけじゃない。
亮という存在が、凛にとって何気ない時間を明るくしてくれたのだ。
もちろん凛は凛なりに出来るだけ何かをやろうともしていた。
例えば放課後の教室で勉強を教えてもらうということになった時は、あえて目立つように亮に近づいた。
そうすることでクラスメイトの亮に対しての負の感情を少しでも取り払えるのではないかと思ったのである。
結果はあまり良くなかったにしろ、凛は凛なりに亮に迷惑をかけてしまっていることを気に病んでいたのだ。
それなのに亮はそのことに対して何も言わない。
あまつさえ凛に迷惑をかけているから申し訳ないとまで言ってきた。
そんな亮に対して、凛は何も言うことが出来なかった。
そして亮との放課後の時間がなくなってからは他の友達と一緒に遊びに行くことが増えていた。
もちろん危ない遊びをしたりしているわけではなく、高校生ならではの遊びばかりである。
今日のようにカラオケの日もあれば、ボウリングであったり、たまには買い物にも行った。
そんな風に毎日の放課後を時間を潰すように過ごしていた凛だったが、ある日知らない男に声をかけられたのだ。
これまでも街中などで凛に対して声をかけてくる輩は後を絶たなかったが、今回のはそのどれでもなく、なんと凛が配信をしているということを知っていたのである。
どうやら凛が亮と関わり始める以前一度だけ屋外で配信をした時に、偶然にも熱狂的な四葉のファンに気付かれてしまっていたらしい。
その時は人通りが多かったということもあって何とか事なきを得たが、それ以来、凛は変な視線を感じることが多くなった。
恐らくその時の男だろう。
自分の親友に相談しようにももしかしたら自分が配信をしているという事実を知られてしまうかもしれないと思うと一歩が踏み出せない。
それにストーカーのことを親友に相談したところで自分と同様に危ない目に遭わせるかもしれないということを考えると、どうしても相談することが出来なかったのだ。
こんな状態では恐らく警察に届け出たところで対応してもらえるとは思えない。
それならこの状況で頼れるのは自分だけ、そう思っていた。
だからこそ今日、突然現れた亮が家まで送ってくれると言ってくれた時、嬉しくて堪らなかった。
今日は安心して帰れる、今日は楽しく帰れる、今日は亮が隣にいてくれる。
そう思っていたからこそ、亮の一言が、聞き逃せなかった。
今こうやって隣を歩いてくれている亮は自分の意志でここにいるわけじゃないと気付かされた時、凛は自分の視界で火花が散ったような気がしたのだ。
たった一言。
それを聞き逃せば今も楽しい時間が遅れていたはずなのに。
「…………っ」
気付けばすれ違う人もほとんどいなくなっていた。
危ない道であるということは分かっているが、自分の家に向かうにはここを通るのが一番早い。
凛は募る後悔に吞まれるように、視線を下げたままゆっくり歩いていた。
「鈴ちゃぁん」
だから、目の前にいつかの知らない男が立っていることに直前まで気付けなかった。
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