42 東雲さんのお願い


 今日は終業式。

 そして既に残るは帰りのHRだけとなっていて、今は担任がやってくるのを待っている状態だ。

 いつもより少しだけ早く終わるというのは平凡な高校生からしてみればこの上なく嬉しい出来事である。


 件の司波さんとの放課後の時間もなくなったので、僕は司波さんと出会う以前のように帰りのHRが終わった直後すぐ帰れるようになった。

 ここ数日も同じように早く帰宅し、家に着いたら溜まっていたアニメの録画を一気見したりと色々と充実していた、と思う。


 放課後に一緒に過ごさなくなって以来クラスで僕たちの噂も聞かなくなったし、やっぱりこの選択は間違ってはいなかったのだろう。

 実際、司波さんの隣に立っているのは僕よりも東雲さんや坂本くんの方が似合っている。


「亮くーん、ちょっといいかな?」


「……東雲さん?」


 突然かけられた声に振り返ってみるとそこには東雲さんが立っている。

 何かに気を遣っているのか東雲さんは教室の中を見渡しているが、誰かを探しているのだろうか。


 そういえば教室に司波さんが見えない。

 大体いつもセットにいるのを見かけるのでもしかしたら司波さんを探しているのかもしれない。

 しかし東雲さんは逆にホッとしたような顔を浮かべたかと思うと、こちらを向いてくる。


「亮くん、最近、凛と話してないよね?」


「……えっと、まぁ」


 東雲さんの言葉に僕は曖昧に頷く。

 やはりと言うべきか東雲さんは僕たちの関係の変化に気付いたのだろう。


「凛も最近放課後の遊びによく付き合ってくれるようになった」


「へえ、それは良かったじゃないですか」


 僕は放課後真っ先に帰っているからそこら辺の事情はよく知らなかったのだが、司波さんも東雲さんと遊びに行ける時間が出来たのなら僕としても良かったと思う。


「良くない。全然良くないよっ」


「……? どうして?」


 僕は東雲さんの言葉に首を捻らす。

 東雲さんはそんな僕に可愛く頬を膨らませて机の反対側から身を乗り出してくる。


「……凛、誘ったら遊びに付き合ってくれるには付き合ってくれるけど、全然楽しそうじゃないの。最近は学校で話しかけても上の空だったり、これって亮くんが原因でしょ?」


「……それは、違うよ」


 あの放課後の時間がなくなったからと言って司波さんにマイナスなことは何もないはずで、そんな司波さんがどこか普段らしからぬというのが僕のせいというのはあまりにも見当違いだ。

 きっとまた別のことで悩んでいるのだろう。


 もしかしたら配信に関することで何か悩みがあるのだろうか。

 そうだったら今夜にでもそれとなく聞いてみるのがいいかもしれない。


「……むー」


 司波さんは僕の答えが不満だったのか頬を膨らませつつ、僕の顔を見つめてくる。

 しかし数秒ほどそうした東雲さんは一度息を吐いて、近づけていた顔を離す。


「……ねえ、亮くん」


 そして今度はそれまでの雰囲気を消して真剣な眼差しで僕の名前を呼ぶ。

 そんな東雲さんの表情が珍しくて、僕も目の前の視線から目を逸らすことが出来なければ、瞬きも出来ない。




「凛が、ストーカーされてるみたいなの」




「…………」


 果たして東雲さんの口から告げられた言葉に僕は反応することも出来ずただ東雲さんの視線と自分のそれを重ね合わせている。

 今のが単に僕をからかうためだけに吐いた嘘なのか、そんなことはなく本当の話なのか。

 少なくとも今この状況でそんな笑えない冗談を言うとは思えないし、東雲さんの視線からはそういった迷いのようなものが全く見られない。


「本当の、話?」


 だけど、だからと言ってそう簡単に「はいそうですか」と頷ける話じゃないことも事実で、僕は一度は確認せずにはいられなかった。

 願うなら今の言葉が僕の聞き間違いか或いは質の悪い冗談であってほしい。


「……うん」


 しかし僕のその願いは東雲さんのその一言によって簡単に瓦解されてしまったのだ。


「あたしも凛本人から聞いたわけじゃないけど、最近一緒に遊びに行く度に凛が何度も後ろを振り返ってはホッと安心したみたいに息を吐いたりしてて」


「…………」


「本当に何度も何度も振り返ってるの、何か怖いものがいるみたいにびくびくしながら」


「…………」


 それは、どうなんだろう。

 確かに司波さんがストーカーされていて、そのことに気付いた司波さんが周囲を警戒しているように思えなくもない。


「……でも、それを僕に伝えてどうなるの?」


「亮くん……」


 東雲さんが司波さんのことを心配しているのは良く分かった。

 でもそれならそれで警察に行ったりとか他に解決法だってあるはずだろう。

 わざわざ僕に伝えてくれたところで、平凡な男子高校生でしかない僕にを求めているというのだろうか。


「凛を、助けてほしいの」


「……僕に?」


 司波さんを助けるなんて、僕には荷が重すぎる。

 もちろん助けてあげたい気持ちなら幾らだってある。

 でも司波さんを助けるには、出来ないことが多すぎるのだ。


 助けるまでの周りからの信頼だったり、現実での立場だったり。

 一緒にいること自体が迷惑な僕に、今更司波さんを助けるなんて出来っこない。

 それこそ僕なんかよりもずっと坂本くんの方が白馬の王子にはふさわしい。

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