41 迷惑


「……それ、は……っ」


 さすがにそれは司波さんにとっては意地悪なものだっただろうか。

 それでも今回のことで司波さんに納得させるにはこれがいいと思った。


「別にあの時を今更何か思ってるわけじゃないよ」


「…………」


「でもあの時の司波さんの言葉が、現実での僕そのものなんだよ」


 告白に対して『無理』、そして『きもい』。

 それ自体がきっと一番最初に僕のことを何も知らなかった司波さんの僕に対する印象だったのだ。

 そして恐らく他のクラスメイトが現在僕に対して持っている印象と同じなのだろう。


「そんな僕が司波さんと一緒にいるっていうことは、やっぱり司波さんの株を下げることに繋がるし、絶対に迷惑をかける」


「あれ、は……っ」


 司波さんが何かを言おうとして首を振る。

 まるで僕の言葉に言い訳はしないという風に。


 僕だって分かっているつもりだ。

 あの告白の返事の酷さはいつもの司波さんらしくないなんてことはとっくに分かっている。

 そしてそれはきっと僕の勘違いなんかじゃないってことも分かってる。


 何があったのかなんてことは分からないけど、恐らくきっとあの時司波さんの周りで何かあったりして、司波さんの気が立っていたのかもしれない。

 そのタイミングでよく知りもしない僕が告白をして、改善点なんかをしつこく聞いたりしたから、あんな返事だったんだと思う。


 少なくとも僕が告白をした女の子はあんなことを言う人じゃない。

 それだけ聞いたらただの幻想だと思うかもしれないけど、配信のことでよく一緒にいるようになり司波さんをよく見るようになって、僕は以前よりももっと司波さんのことを知ることが出来た。


 確かに司波さんは我儘で人の話を聞かないところがないことはない。

 それでも最終的には司波さんが良い人だから、僕は司波さんとの時間を大切にしたいって思えているのだ。


 だからもしかしたら司波さんは今、あの時の告白の返事について何か言及するつもりだったのかもしれない。

 でも自分が言ったことは事実だからと、その言葉を吞み込んだのだろう。

 僕の知っている司波さんとはそういう人だ。


 でもこんなことは言ってあげない。

 そんなことを言ったら結局また司波さんに迷惑をかける結果になることは分かりきっていることだから。


「…………」


 お互いに何も言うことがなくなり無言が僕たちの間を支配する。

 早く司波さんを家まで送り届けなければならないというのにこんなところで立ち話をしているせいか、陽はほとんど沈み切って、今僕たちを照らしているのは道に疎らに置かれている電灯と建物の明かりだけだ。


 僕たちを横切る人たちは口を開けているはずなのに何故かその声は聞こえない。

 そして司波さんの声も、僕の声も。

 いつもは聞こえる胸の鼓動も止まってしまったのかと思うほど感じることが出来ない。


「……ひとまず、テストまでは勉強に付き合うから」


 放課後に一緒にいるというのが迷惑をかけるのは分かっているけど、一度約束したのだからやっぱり最後まで付き合ってあげたい。

 だがそれが終わればあの放課後の時間は司波さんに迷惑をかけるものでしかない。

 それならやめるべきだ。


「……じゃあ、帰ろっか」


「…………」


 司波さんはもう、何も言わなかった。


 ◇   ◇


 それから僕たちは必要以上に話すことはなくなり、話すのは放課後のテスト勉強と配信が終わった後の改善点についてだけだ。

 放課後の方は司波さんも前みたいに目立つような感じではなく静かに僕の机に来るようになったし、それでも何か言ってきそうなクラスメイトたちに関しては東雲さんや坂本くんの態度が歯止めになってくれたらしい。


 夜の通話に関しても、改善点を伝えるだけでそれ以上は特に何か話すこともなくなった。

 前はちょっとした世間話や何か面白い話でもをしあっていただけに少し寂しい気もするけどあんなことがあったのだから仕方ないと諦めるほかないだろう。


 そして今日は期末テスト本番、しかも最終日。

 放課後のテスト勉強に関しては実質昨日が最後だった。

 といっても昨日はそのことについて特に何か触れるわけでもなくいつもみたいに黙々と勉強を進めていくみたいな感じだったのだけど。


 帰り道も別に同じ方向ではないので学校以外で話すこともない。

 それに夏休み前ということもあって日の入りも遅く、僕たちが別れるときはまだまだ全然明るいのであの日みたいに送る必要性もないだろう。


 今回の期末テストは何日も前からずっと司波さんと一緒に勉強していたこともあってかいつもよりも全然すらすらと解ける問題が多かった。

 恐らく学内順位も上がっているだろう。


 きっとそれは喜ぶべきことなのだ。

 なのにどうしてだろうか、心から喜べない自分が確かにいる。

 もしかしなくても、司波さんのことを引きずっているんだろう。

 だって僕の本心なんて初めからずっと、もっと司波さんと一緒にいたかったんだから。


 ただそれも昨日まで。

 今日からはもう学校で話すことはなくなるだろう。

 僕と司波さんの接点は”配信”だけなのだ。

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