43 司波さんの親友


「凛を助けられるの、亮くんだけなんだよ」


「僕、だけ……?」


 一体東雲さんは何を言っているのだろうか。

 司波さんを助けられる人なんて東雲さんや坂本くん、そして他にも一杯いるだろう。

 きっとその人たちの方が僕の何倍だって司波さんを助けられる。


「凛が、あたしたちを頼ってくれないんだよ――――”迷惑になるから”って」


「…………」


「もちろんあたしだってそんなこと気にする必要ないって、もしそれで本当に危ない目にあったらどうするのって聞いたんだけど、凛は全く聞く耳を持ってくれなくて……昨日だって本当は危ないはずなのに一人で帰っちゃうし」


 僕は、どうして司波さんはそんな危ないことをしているんだと強く拳を握る。

 それに”迷惑”とか、このタイミングでその言葉を使うのはあまりにもずるい。


「……だからって、僕が司波さんを助けられるわけじゃないよ」


 司波さんが東雲さんたちを頼らないというのは分かった。

 だがしかしそれが司波さんが僕を頼ることになるわけじゃない。

 むしろ東雲さんたちが頼られていないのに、僕なんかが頼られるはずがないだろう。


「…………」


 僕の言葉に東雲さんは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべたかと思うと、視線を下に下げられてしまい、それ以上東雲さんの表情を窺うことは出来ない。

 しかし東雲さんの拳は強く握りしめられていて、よく見れば肩も小さく震えている。


「凛が、危ない目に遭うかもしれないんだよ……? それなのに亮くんは、なんとも思わないの……?」


「それ、は……」


 そんなことあるはずない。

 司波さんが危険な目に遭うなんて許せるはずがないのだ。

 それでも僕じゃ駄目だから、わざわざ一歩引いて見ているというのに、どうして東雲さんはそれを分かってくれない。

 僕だって、僕が助けられるなら助けたい。


「あたしだって、助けられるんなら助けたいよ」


「っ……」


 僕は東雲さんの言葉にハッとして顔を上げる。

 上げた視線の先で東雲さんはその目に涙を浮かべていて強くこちらを睨んできていた。

 僕たちの声に気付いたクラスメイトたちの視線が集まってくるのを感じる。


「でもあたしじゃないから、助けられるのは……」


 東雲さんはそれだけを言うと再び顔を下げ、息を整えようと大きく息を吐いている。

 僕はそんな東雲さんに何か一つとして向ける言葉が見つからず、ただ立ち尽くす。


「……今日、この前のカラオケに遊びに行くから」


 少しの間の後、東雲さんはそれだけを言い残すと僕の机から離れていき、周りの視線を気にすることなくそのまま自分の席にまで戻っていく。

 一体何事なのかと普段東雲さんと絡む人たちが机に突っ伏す東雲さんに近寄ろうとするがそのタイミングを狙い定めたように担任が教室に入ってくる。

 担任は一度教室の中を見回すと皆に席に着くようにと声を張り、結局クラスメイトたちは東雲さんのもとへ行くことは出来なかった。


「…………」


 僕は帰りのHRを始める担任の声を聞き流しながら、さっきの東雲さんの言葉を思い出していた。

 司波さんの親友でもある東雲さんのあの言葉。


 自分が何をしたらいいのか。

 そんなことをはとうの昔に分かっていたはずだった。

 でも今、それが分からない。


『助けられるなら、助けたい』


 クラス内カーストでも上位の東雲さんが、僕と全く同じことを思っていて、そして僕を頼ってくれた。

 分からない、今自分が何をするべきなのか。

 僕はたださっきまで東雲さんの手のひらが押し付けられていた自分の机を見つめていた。




「…………」


 結局、帰りのHRが終わっても僕の気持ちの整理は付かず、そうこうしている内に司波さんや東雲さんを含むグループは教室から出て行ってしまった。

 東雲さんが教室を出る間際に一度だけ祈るような視線でこちらを見つめてきていたような気がする。

 それでも僕は自分の席を立ちあがることが出来ずに、皆が帰り、静まり返った教室の中でようやく帰り支度を始めることが出来たのだ。


 家に帰ってきても、僕の答えはまだ見つからない。

 一人でに何かを呟いてみても僕の答えを見つけてくれる人はいない。


 録画していたアニメが大きなテレビ画面で流れている。

 大好きなアニメなはずなのにまるでそれがBGMであるかのように僕の意識はアニメに向けられていない。

 自分の意識がどこに向けられているのかは分かっているつもりだ。

 何度意識を逸らそうとしてみても僕の意識は司波さんに吸い寄せられるようにして、さっきの東雲さんの言葉に向けられている。


「……もう、19時」


 気づけばそんな時間。

 窓から見える外の景色は夏といえども暗さを増し、恐らく完全な夜の世界になるのも時間の問題だろう。


 もう、放課後の遊びは終わっただろうか。

 終業式自体終わったのが昼頃だったので、さすがにこんな遅い時間帯までは遊んだりしたりはしないはずだ。


 でもどうしてだろうか、もしもの時を考えると胸が押さえつけられるように苦しい。

 司波さんに何かがあった時のことを考えると苦しくて仕方がない。


「…………コンビニ、行こうかな」


 だから気分転換にちょっとコンビニまでアイスでも買いに行こう。

 せっかくだから家の近くじゃなくてもいい。

 散歩がてら、少しだけ遠いコンビニまで行ってみよう。

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