38 司波さんの歌声


「……ふんっ」


「え、えぇ……」


 あまりにも理不尽な司波さんに僕は思わず何か言ってやりたくなるがさすがにそんなことをしたら僕の命が無事で済むか分からないので、今回は大人しくしておく。

 するとちょうどその時を狙ったようにして、また新しい曲が流れだしてきた。


「……っ!?」


 その曲のメロディーは僕がよく知っている曲のものだった。

 知っているというか、馴染みが深いというか。

 まさかこの曲を入れられるとは思っていなかった僕は、いったい誰がこんなのを選んだんだとマイクの行方を探す。


「し、司波さん……!?」


 僕は自分の目を疑う。

 どうして司波さんがこの曲を選んだのか全くわけが分からないが、それでも確かな事実としてマイクは司波さんの手に強く握られていた。


 普通の曲より少しだけ長い前奏のリズムに合わせて、司波さんの肩が揺れる。

 まるで僕の動揺など知ったことではないとでも言いたげに、その視線は歌詞が表示されるディスプレイに向けられていた。


『————————』


 前奏が終わり、スピーカーから綺麗な歌声が聞こえてくる。

 そういえば少し前司波さんが配信で歌枠というものをやってみたいと言っていたような気がする。

 もしかしたら密かに練習していたのかもしれない。

 そう思ってしまうほどに司波さんの歌声は凛としていて思わず聞き入ってしまいそうになる。


「…………」


 出来ればこの歌声はもっと別の曲で聞きたかったと思ってしまうのはきっと僕だけなのだろう。

 現に僕以外のお二人さんは司波さんの綺麗な歌声に魅了されて、自然と笑顔を浮かべていた。




「凛すごいっ!」


「おぉ! 司波めっちゃ歌上手いんだな!!」


「そ、そう? 普通じゃない?」


 司波さんが歌い終え、東雲さんと坂本くんが司波さんの歌を褒め称える。

 司波さんはこんなことを言っているが実際はそう言われて普通に嬉しいのだろう。

 二人から視線を逸らしつつもその頬は僅かに朱に染まっている。


「それに司波ってその曲知ってるんだ」


「っ……」


 僕は坂本くんの言葉に自分の肩が微かに揺れてしまったのが分かった。

 出来ればこのままその話題に触れることなく進めたかったのに、どうしてわざわざそれを掘り下げるのだろう。

 本当にやめてくれ、坂本くん。


「あれ、坂本もこの曲知ってるの?」


「あぁ、知ってるぞ」


「へー、意外ね」


「それはこっちの台詞だ」


 しかし僕の願いとは裏腹に二人の会話はどんどん進んでいく。

 

「ん、どうしたのー?」


 唯一の救いはどうやら東雲さんが今の曲を知らずにいてくれたらしいということくらいなのだが、今度は逆にそれが仇となり、東雲さんが二人の会話に入り込んでしまった。


「いやな? 今の曲って有名な配信者が作詞作曲とか他諸々全部手掛けたものなんだよ。司波が配信とかそういう関係のやつを知ってるのかって驚いただけ」


「配信かぁ。あたしは聞かないから分からないけど、その曲って有名なの?」


「超有名。もともと凄い配信者だっただけにその影響力も大きかったらしい。そして曲自体も凄く良くて、そのおかげでまたその配信者のファンが増えたって聞いたぞ」


「へぇー……、そんなに凄いんだぁその人」


「まぁたまにでも配信を聞いたりする奴ならほとんど一回くらいは聞いたことあるんじゃないか? なぁ司波?」


「そうね、そんな感じ」


 どういう感じ?

 ねぇ、どういう感じ?

 僕は思わずそう言いたくなるのをぐっと堪えながら、必死に無言を貫き通す。


「その人の名前はなんていう「『涼-Suzu-』よ」……す、すず?」


 それは東雲さんの言葉を遮るくらいの即答ぶりだった。

 東雲さんも普段はそんなことはないだろう司波さんの様子に若干驚いた表情を浮かべている。


「…………」


 だがそんなことよりも重要なことは、今坂本くんと司波さんが言ったことの両方だ。

 そう、ちょうど今司波さんが歌い終えた曲というのは僕に馴染みのある曲だ。

 もっと言ってしまえば……ぼ、僕が作った曲だ、うん。

 うん、うん、……うん。


 ま、まぁそんなことはやっぱりどうだっていい。

 何かほかにやるべきことがあるだろう?

 ほら、ちょうど今僕の目の前には何やら機械が差し出されている。


「…………?」


 これは確か歌いたい曲を選曲して機械の本体に送信する奴だったはずだ。

 それがどうして僕の目の前においてあるのだろうか。

 他の人たちを窺えば、他の人たちにとっても不思議なことなのか首を傾げてこちらを見てきている。


「なにやってんの、あんた」


「え、し、司波さん?」


 これまで一言も聞いてくれなかった司波さんがようやく僕に声をかけてくれる。

 マイクを握った手をこちらに差し出しながら。


「早く曲入れて、そして歌いなさい」


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