36 見て見ぬふり


「そ、そうか。それならいいんだ」


 どうやら坂本くんも僕と司波さんが付き合ったりしているわけじゃないということは分かってくれたらしく、何度か頷いている。

 しかしまだ何かあるのか坂本くんは僕のそばから離れない。


「お前たちがそういう関係かもしれないっていうのは、何も俺だけが思ってるわけじゃない」


「…………」


「そしてお前が司波には似合わないと思ってるやつも少なからずいるってこと、忘れるな」


「…………」


 坂本くんは最後にそれだけ言い残すと僕の机から離れていく。

 机の上には食べようと思っていた弁当箱が乗っかっていて、でもその蓋はきっちりと閉じられている。

 僕はその蓋を開けることなく、今言われたことを頭の中で考えていた。


 僕と司波さんが付き合っている風に見える。

 しかもそれが複数人に。

 それがどれだけ問題なのか、分からないわけがない。


 分かってたのに、忘れていたんだ。

 僕が司波さんとは似合わない、釣り合わないことなんて最初から分かっていたことだったのに、今の時間が楽しくて見えないふりをしていたんだ。


 司波さんが僕と一緒にいるということは、司波さんの株を下げることに繋がるだろう。

 釣り合わない僕なんかと一緒にいるせいで司波さんまでもが下に見られてしまう可能性だって十分にある。

 実際今こうやって坂本くんが司波さんを心配して僕に声をかけてきた。


 坂本くんは良い人で僕に文句を言ったりするわけではなかったけど、もしこれが別の人だったらもっと色々と文句や罵倒を言われていたのかもしれない。

 それだけで僕にとっては幸せなことなのだ。


 だから僕に出来ることと言ったら、これ以上司波さんの株を下げる前に何か手を打たなければいけないということだけ。

 もちろん今の状況から考えても難しいことは分かっているけどそう簡単に諦めるわけにはいかない。


 僕にとって司波さんは一度告白した相手で、今は四葉としての配信を手伝っている相手だ。

 そこにマイナスな感情は全くない、と思う。

 むしろほとんどプラスだと思ってもいいくらいだ。

 そんな司波さんの日常生活を僕が邪魔するなんてこと絶対にあったらいけない。

 絶対に、だ。


 坂本くんに教えてもらった話からしてひとまず放課後のあの時間が一番の問題点であることは間違いない。

 一緒に勉強をしようと言っておきながらやっぱりやめようなんて言うのは忍びないことこの上ないがこの際仕方ないだろう。


 配信についても今は電話で改善点を伝えているしあの放課後の時間さえなくなれば、とりあえずはクラスメイト達に僕と司波さんがそういう関係だったり、仲がいいなんてことを思われることはないはずだ。

 もちろんしばらくは僕と司波さんが仲がいいと思われてしまうかもしれないが、人の噂も七十五日と言うし、次第に忘れていってくれると信じたい。


 ただそれを司波さんにどう伝えればいいんだろう。

 ありのままを伝えれば良いのかもしれないが、伝えることを考えると今から緊張しているのか少しだけ胸が痛い。


「…………ねえってば!」


「っ!?」


 その時突然、僕の机を一つの影が支配する。

 自分にかけられた声にばっと顔を上げると、そこに立っているのはどうしてかちょうど今ずっと頭を悩ませていた件の司波さんだ。


「あんたさっき坂本と話してたみたいだけど何か言われた? 顔色悪いよ」


 司波さんはどうやら僕なんかを心配してくれたのか顔を下げていた僕に声をかけてくれたらしい。

 普段は放課後くらいしか話しかけてこないのに、どうしてこういう時だけ話しかけてくるんだと思わず悪態をつきたくなる。

 その優しさに思わず手を伸ばしてしまいそうになる。

 でも、だめだ。


「…………べ、別に」


 自分でも態度が悪いと思いつつも、今僕に出来ることがこれなんだから仕方ない。

 僕は弁当箱を手に取り席を立つ。


「なっ!? ちょっと待ちなさいよ!」


 やっぱり僕の反応が不服だったのだろう。

 司波さんは怒ったように僕の肩を掴むが僕は振り返らない。

 仮にも男子と女子だ。

 そこにはちゃんと力の差があって、僕の振り切ろうとする力のほうが勝っている。


「わ、私なにかした!?」


「…………」


 司波さんは、何もしていない。

 今の状況になったのは間違いなく全て僕のせいだ。

 だからわざわざ僕なんかのことを気にする必要なんて何もない。


 それにこんな態度をとるようなやつと一緒にいたいとは思わないだろう。

 これだったらわざわざ放課後の時間を無くそうと僕が言うまでもなく、向こうから無くそうと言ってくれるかもしれない。


 ただそうしたら放課後の時間だけでなく配信の手伝いも、もういいからと言われてしまうだろうか。

 もしそうなったら僕と司波さんの関わりは本当に何もなくなってしまう。


 少し、いやかなり寂しい。

 でもそれが司波さんにとって迷惑にならないなら、司波さんの株を下げずに済むのなら僕は迷わずそれを選ぶ。

 選ばなくちゃならない。

 これまで色んな楽しい時間をくれた司波さんに少しでも恩返しをするために。


「おい、司波」


「……なに、坂本」


 大きな声を出す司波さんを見兼ねたのか、さっきまで話していた坂本くんが司波さんを止めに入る。

 良かった、助かった。

 出来ればそのまま司波さんにさっき言ったことを話してくれればもっと嬉しい。

 そうしたら自分のみっともなさをわざわざ自分で言わなくて済む。


「……じゃ」


 坂本くんに気を取られて力の緩んだ司波さんの手を振り放すように、僕はその場を離れた。

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