34 配信部屋


「そ、その部屋って……配信してる部屋……?」


「そ、そうよ。ダメなの?」


「だ、だめっていうか……うーん……」


「じ、じゃあなんなのよ。見られちゃいけないものでもあるわけ?」


「別にそういうわけじゃ、ないんだけど……」


 司波さんは若干不機嫌そうな顔を浮かべながら煮え切らない僕に詰め寄ってくる。

 もちろん配信をするためだけの部屋なので、見られたらまずいものが何かあるわけではない。

 しかしまさか自分が配信をしている場所を誰かに見せることがあるとは思っていなかったし、しかもそれが他の誰でもない司波さんだなんて、予想の斜め上を行き過ぎだ。


「なら別にいいじゃない。ほ、ほら早く」


「わ、わかったよ」


 僕は半ば司波さんの勢いに押される形で、渋々部屋を出ると階段を降りる。


「あれ、二階じゃないの?」


「うん、普段は一階でやってるんだ」


 個人的に二階でやるよりも一階でやるほうが音が外に響きづらいし、それに重たい機材をわざわざ二階まで持っていくのも骨が折れる。

 僕は司波さんを先導しながら、リビングの部屋を過ぎて一回廊下の一番奥に向かう。

 少しだけ暗くなってきてはいるが電気を点けるにもタイミングを逃してしまった。

 廊下の奥に行くに連れて暗さが増していくが、僕は一番奥の部屋の手前までやって来る。


「えっと、ここかな」


「ここ……?」


 司波さんが少し意外そうに呟く。

 それも無理はない。

 ドアを一見しただけではこの中で配信をしているようには見えないだろう。

 僕はそんな司波さんを一度だけスルーして、そのまま扉を開ける。


「……っ」


 やはりと言うべきか、部屋の中を見た司波さんは驚きを隠せていない。

 部屋の中には僕が普段『涼-Suzu-』として使っているパソコンやマイク、そして防音材などがたくさん置いてある。

 そこはまるでどこかのスタジオのようだと自分でも思わなくはない。

 しかしそれでも、配信を聞きに来てくれる皆のためだと思えば、まだ足りないとさえ思える。


「は、入っても……いい?」


 司波さんのごくりと唾を飲む音が聞こえる。

 かと思うと僕の顔を窺うようにして、上目遣いでそう聞いてくる。

 そんな司波さんのお願いを断れる訳もなく、僕はぎこちない動きで頷く。


「……っ!」


 すると司波さんは興奮したように部屋の中へ入ると、色々と置いてある機材をじっくり見ていく。

 無闇矢鱈に触ったりしないあたりさすが同じ配信者ということだろう。

 僕としては別に触られても問題があるわけではないのだが、それでも司波さんが意識しているのを見るとやっぱり嬉しくないわけではない。


 それに普段見せてくれないような表情で目を輝かせる司波さんを見ていると、この部屋に連れてきたのも間違いじゃなかったかもしれないという気になるから不思議だ。

 そして司波さんのこの表情は他のクラスメイトたちが知っているのか知らないのか、どちらにせよ今だけは僕が独占しているようで、僕は自分の頬が何故か熱くなるのを感じた。


「こ、興奮しすぎた……」


「べ、別に大丈夫だよ?」


 満足いくまで堪能できたのか司波さんも恥ずかしそうに顔を逸らしながら小さく呟く。

 しかし狭いこの部屋であればそんな小さな呟きでさえ逃がさず捕まえてくれるのだから、こっちも変なことを言わないようにしなくては。


 これで一応全ての用事も済ませた僕たちは部屋を出て玄関へ向かう。

 司波さんが学校指定の黒靴ローファーに足を入れて、馴染ませるためにトントンと床で調節している。

 普通なら何気ない仕草なのだろうが、何となく目が引き寄せられたような気がした。


 玄関の外へ出る司波さんに合わせて、僕も靴を履いて玄関を出る。

 外では僕を待ってくれていたのか、こちらに身体を向けた司波さんが立っている。


「家まで送っていくよ」


「……ん」


 既に陽も沈み始め、陰の割合も高くなってきている。

 こんな中を司波さん一人で帰らすなんてことが東雲さんにでもバレたら後で何て言われるか分からない。

 それにこのまま司波さんとさよならというのも少しだけ寂しい気がする。


 普通の女の子は自分の家を知られるのを嫌がるのかもしれないが、僕の場合もう司波さんの家にお邪魔したこともあるので、そういうことに関して司波さんも何も気にしていないのかもしれない。

 今この状況から考えてみればそっちの方が好都合だ。

 僕は静かに隣を歩く司波さんを横目で少しだけ窺いながら、司波さんの家までの道を歩き続けた。




 二十分ぐらいだろうか。

 割とゆっくり歩いてきたので普通に歩けばもうちょっと早く着くかもしれないが、僕たちはようやく司波さんの家にたどり着いた。

 特にここまで目立つ会話はなかったけれど、たまにはそういうのも良い。

 僕は嫌いじゃない。


「じゃあまた明日」


「……あ、うん」


 僕は一度だけ司波さんにそう言うと、今来た道を戻るように司波さんに背を向ける。

 それにしても未だに今日僕の家にクラスメイトの女の子が来たなんて現実味が沸かない。


「ね、ねえっ」」


「ん、どうしたの?」


 すると突然、後ろの方から声をかける。

 間違えるはずがない、司波さんの声だ。

 振り返ると司波さんは視線を下に下げていて、何を言いたいのか、そもそも僕が呼ばれたのかどうかさえ怪しい。

 それでも今ここには僕と司波さん以外はいないということは、恐らく僕のことを呼んでくれたと思っても良いだろう。




「……今日は、ありがと」




「……どういたしまして」


 今のは、マイクのことについてか、それとも部屋を見せたことについてか。

 どちらにせよ、今の僕の顔は司波さんには絶対見せられない。

 絶対に、だ。

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