33 宣伝量


 自分で言うのは何だが『涼-Suzu-』はそれなりの宣伝量があると思う。

 閲覧者数も当たり前のように五桁を超えてくれるようになったし、そして総閲覧者数に関しては六桁も超えている。

 ライッター上の配信者で自分が一番なんて自惚れるつもりは毛頭ないが、それでも普通の配信者の人たちに比べたら、かなりたくさんの人が配信を見てくれていて支持されているという自覚は少なからず持っているつもりだ。


 その結果として、ライッターから月に一回振り込まれる金額は高校生が稼ぐにはあまりにも多すぎるものになっている。

 僕が一人暮らしをしたいと親に伝えた時も、貯金もそれなりにあったので親も何も言わずにこうやって一人暮らしすることに納得してくれたのだ。


「司波さんも貰ってるでしょ?」


 宣伝料を貰うにしても当然最低限のラインというものがある。

 閲覧者数が三桁を超えるというのが恐らくそのラインだろうか。

 そしてそこからは閲覧者数やチャンネル登録者数に比例するようにして、宣伝料も多くなるのだ。


「ま、まぁね」


 司波さんはどこかぎこちなさげな反応だけすると、それ以上その話題に触れられたくないとでも言うように家の中に案内しろと僕を急かす。

 そんな司波さんを不思議に思いつつも僕は司波さんに従い、玄関の扉を開ける。


「……えっと」


「なに? あんたの部屋に行くんでしょ?」


「は、はい」


 僕としては司波さんには玄関で待っていてもらいヘッドホンを渡すというのを考えていた。

 そっちのほうが司波さんも早く帰れるだろうと思っていたのだが、どうやら僕の部屋にまでやって来るつもりらしい。


 しかし司波さんにそう言われてしまった以上、今更僕が玄関で待っていてほしいとも言えない。

 僕は玄関で靴を脱ぐと、大人しく司波さんを先導しながら自分の部屋へ向かう階段を上る。


 もうすぐ自分の部屋へたどり着いてしまう。

 少し前、僕は初めて女の子の部屋というものに足を踏み入れた。

 しかし今回はその逆で、女の子が僕の部屋に足を踏み入れる番である。

 そう考えると、司波さんの部屋に入ったときと同じように緊張してしまう。


「…………」


 後ろには無言で司波さんがついてきている。

 さすがにこの状況で後ろを窺うことは出来ないが、司波さんはどんな表情をしているのだろうか。


 もしかして僕が司波さんの家にお邪魔したときと同じように強張った表情を浮かべていたりして…………いや、ないな。

 司波さんがそんなことになるイメージが全く沸かない。

 普段の司波さんから考えるとたとえ僕の家だとしても我が物顔で家の中を闊歩する姿が簡単に想像できる。


 そんなことを頭の中で適当に思い浮かべていると、あっという間に僕の部屋の前。

 僕は一度だけごくりと唾を飲むとゆっくり部屋の扉を開けて司波さんを先に部屋の中へ案内した。


「……へえ……案外片付いてるのね、意外」


 僕の部屋の中を見た司波さんの第一声は少なくともマイナス的なことではなかったのでひとまず安心する。

 確かに司波さんの言うとおり僕の部屋は、僕の考える男子高校生の平均的な部屋から鑑みても片付いている方だとは思う。

 必要最低限の物しか置いてないしつまらない部屋であることも自覚している。


「ほら、これマイクね」


「あ、ありがと」


 これ以上この空気に耐えられないと思った僕は机に置いてあったおさがりのマイクを取ると、司波さんに渡す。

 司波さんは一度だけ肩を揺らすと、おずおずという風にそれを受け取る。

 一応これで今回の司波さんの目的は達成されたはずだ。

 これ以上別に司波さんが僕の部屋にいる意味もないし、そもそもいたいとも思っていないだろう。


「……あれ、パソコンは?」


「パソコン?」


 司波さんは一度僕の部屋を見渡すように回転したかと思うとぽつりと呟く。


「パソコンよ、パソコン。あんたが普段配信で使ってるやつ」


「? それならここにはないけど?」


「は?」


 質問に対し特に考えることなく答えたつもりだったのだが、司波さんは何かが不服だったのか僕を若干睨むようにして腰に手を当てている。

 一体どうしたというのだろうか。


「じゃああんたはいつもどこでやってるの?」


「べ、別の部屋……?」


「…………ふーん」


 僕は普段、自分の部屋で配信をしていない。

 まぁ他に誰かが住んでいるわけではないので、どこが自分の部屋とかいうのはないのだけど、少なくともベッドが置いてある部屋では配信はしていない。


 というのも僕の場合、配信のための機材が色々と揃っているので、それを自分の部屋に置こうとしたらかなりごちゃごちゃしてしまうのだ。

 だから僕は普段使う部屋と配信をする部屋という風にちゃんと使い分けている。

 配信をする部屋に関してはそれだけじゃなく出来るだけ周りに音が響かないようにと防音材も用意しているほどだ。


「ね、ねえ」


「ん、どうしたの?」


 僕の答えを聞いた司波さんはしばらく黙ったままでいたと思うと、ふいに声をかけてくる。

 だが振り向いた先では司波さんはこちらを向いておらず、その視線は木製の床を彷徨っている。


「……そ、その部屋見せなさいよ」

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