32 配信者の給料


 しかし今度はまた物凄い状況になってしまったものだ。

 まさか僕の家に司波さんが来ることになるなんて全く予想していなかった。

 そもそも僕の家なんて女の子が来ることもなければ男友達でさえ連れてきたことがない。

 僕に友達が少ないのが大きな原因ではあるものの、まさか第一訪問者が司波さんになるとは思うまい。


 既に僕の家の近くまでやってきている以上、もはや後戻りなんかしてみようものなら司波さんの拳が迫ってくるのは確実だ。

 僕は徐々に見えてくる自宅の屋根に思わず唾を飲んだ。


「つ、着いたよ」


「ここ? あんたの家って一軒家だったんだね」


「ま、まぁね」


 一軒家の方が配信をする上でも色々と融通の利くことのほうが多い。

 マンションで色んな配信をやろうとしたらほぼ確実と言っていいほどに、声の大きさには神経を使わないといけなかったり、配信をする時間帯も限られてくる。

 司波さんの家も一軒家だったし、そういう点では司波さんの配信の環境自体はかなり良かったのだろう。


「あれ、家の人はいないの?」


 司波さんが空の駐車場を見ながら聞いてくる。


「いないっていうか、もともと僕以外住んでないけど」


「……え?」


 僕の言葉に司波さんは少しの間のあと口を空けたまま変な反応を返してくる。


「えっと、それは……」


 そしてどこかばつの悪そうな感じで何か言葉を言おうとしている司波さんを見てようやく僕は自分の言葉が変な誤解を生んでいることに気がついた。

 恐らく司波さんは僕の家族が既に他界しているのではないかと考えているのだろう。

 しかしそれは違う。


「大丈夫だよ。僕がもともと一人暮らしをしてるだけだから」


 僕は高校進学と共に家族のもとを離れ一人暮らしを始めていた。

 中学のころにある程度自分の行きたい学校や、やりたいことを見据えた上での判断だったので別に後悔も何もしていない。

 もちろん家のことを全て自分でしないといけないというのは中々に苦だと思う時も少なくはないが、それに関しては一人暮らしをする時に覚悟はしていたし、そのために炊事や洗濯など色々と母親にも教えてもらったので、今のところちゃんとした生活を送れていると思う。


「ひ、一人暮らししてるの? 一軒家に?」


「うん、そうだけど」


「ち、賃貸よね?」


「いや、高い家賃払うよりかは買った方がこの先良いかなって思って」


「なっ……!?」


 司波さんが驚くのも無理はない。

 高校生で一人暮らしをしているということに関しては、稀ではあるがいないこともないだろう。

 そしてたかが高校生の一人暮らしなんてアパートやマンションに部屋を借りるのが普通だ。


 それなのに僕の場合は一軒家でしかも賃貸じゃない。

 確かに傍から見れば普通じゃないことなんてすぐに分かる。


「お、お金とか大丈夫だったの?」


「まぁそれに関しては全然大丈夫だったよ」


「そ、そうなの?」


 僕は頷く。


「……い、家の人はどんなお仕事してるの?」


 司波さん自身、他人のそういった部分に対して聞きすぎるのは良くないと思ったのかもしれない。

 ただそれでも聞かずにはいられなかったという風に、少しの沈黙の末そう聞いてきた。


「普通のサラリーマンだけど」


「……へ?」


 しかし僕の答えがそんなに意外だったのか、司波さんは呆けたように口をあけている。

 普段しないその顔は面白くてどこか可愛いと思ってしまう。

 だがいつまでも司波さんにそんな顔をさせておくわけにはいかない。


「この家は僕が自分で買ったんだよ」


 こんなこと他のクラスメイトとかには絶対言えないが、司波さんになら言っても別に大丈夫だろう。

 というか司波さんはもともと知っていてもおかしくないと思っていたんだけど……。


「……はい?」


 どうやらそんなことは全く無かったらしく、司波さんの頭の上にはクエスチョンマークがいくつも見えるのではないかと疑ってしまうほどだ。


「あ、あんたがこの家を買ったって?」


「うん、そうだよ?」


「ど、どうやって……?」


「え、普通に自分のお金で」


「じ、自分のお金……?」


 司波さんだって普通の高校生以上には自分のお金を持っているはずなのに、何を不思議がることがあるんだろう。

 僕たちが「配信者」であるということを忘れているんだろうか。


「僕の――『涼-Suzu-』に対しての給料みたいなものがあるでしょ?」


「……あ」


 司波さんはそこでようやく僕の言っていることを理解してくれたのか、納得の色が見える反応をする。

 恐らくやっぱり司波さんも僕と同じように――――額に違いはあるだろうけど――――配信に対しての給料みたいなものを貰っているのだろう。


 僕たちは配信者だ。

 配信をするということはいわば『ライッター』という会社の宣伝をしているということでもある。

 今の配信者の中にそんなことを考えながら配信している人がいるかどうかは怪しいが、ライッターから配信という名の宣伝に対する宣伝料を貰っているのは事実だ。


 もちろんその『宣伝料』は『宣伝量』に依存しているのは言うまでもない。

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