31 欲しがるわけ
「ねえ、……あれ持ってきてくれた?」
「あれ?」
放課後の教室でここ数日間と同様に司波さんが近くの机にやって来ながら、僕に耳打ちするように囁く。
教室内でそんなに顔を寄せていいものかと心配ではあるが、それ以上に司波さんの言葉の方が気になった。
しかし司波さんはまるで僕の反応が不服とでも言うように僕に分かる程度で眉間にしわを寄せると、何やら自分の口当たりで拳を握り始める。
そしてその拳を上下に動かしながらアピールする様子からして、どうやらそれで僕に何か伝えたいらしい。
「……あ、マイク――――痛っ!?」
そこでようやく司波さんの伝えんとしていたことに気付いた直後、僕は司波さんに頭を思い切り殴られる。
女子とは思えない力の強さに驚きというよりもひたすらに痛い。
教室に残っているクラスメイトたちの視線を感じつつ、僕は頭を抑えながら司波さんに抗議の視線を送る。
「そういうのが配信に繋がるかもしれないでしょ……!」
その発言に関してはどうなのかと聞き返したい気もするが、そこでそんなことを言うのは火に油を注ぐようなものだろう。
それに確かに司波さんの言うとおり今回は僕の方が浅慮だったかもしれない。
今僕たちがいるのはクラスメイトたちの居座る放課後の教室だ。
僕たちの関係に気付かれそうなことは出来る限り避けるべきだろう。
僕は首を回すふりをしながら教室の中を見渡す。
数人のクラスメイトがこちらを窺うような視線を向けてきているが、恐らく配信という話題に行き着くことはなさそうだ。
こちらを見てきているのは主に司波さんと普段関わりのあるグループの人たちで、その中には当然東雲さんも含まれている。
ただ東雲さんの視線は他の人たちとはちょっと違っていて、何だか面白そうな玩具を見つけてしまった小悪魔的なものだ。
そんな視線でさえ事情を知らなければ可愛く見えるのだろうから東雲さんはやはり根っからの小悪魔なのだろう。
「えっと、あれはまだ持ってきてないよ?」
司波さんの忠告どおり、配信に繋がりそうな単語を伏せながら答える。
「はぁっ!?」
その瞬間司波さんがまるでゴミ虫を見るかのような視線で僕を射抜いてくる。
しかも大きな声付きで。
当然僕たちには一層の視線が集まり出すが、今はそんなこと言っていられない。
それよりもまず目の前の司波さんを何とかしなければ僕の命が危ない。
「昨日探すって言ってたじゃん!」
「そ、それ自体はもう見つけてるんだよ」
昨日、司波さんとの通話が終わってからすぐに僕は以前使っていたマイクをどこに片付けたかとすぐに探し始めていた。
そして小一時間程かけてマイクはちゃんと見つけることが出来た。
何もそこまで急がなければいけないとは思わなかったが、もしギリギリになってから見つからないなんてことになったらそれこそ司波さんの機嫌を損なうことになってしまうことは目に見えていたので、わざわざその日の内に見つけておいたのだ。
「けどあれを学校で渡すのはさすがにまずいんじゃないかなぁ……って」
それこそさっき司波さんが言ったように配信に繋がる可能性が高いのは明らかである。
だから僕はあえて今日はマイクを学校に持ってこず、また今度機会がある時にちゃんと渡そうと考えていたのだ。
「……うぅ」
自分でも似たような発言をしている手前あまり強いことは言えないのか、司波さんはそれ以上何も言わずただ呻くようにして僕を睨んでくる。
身長差もあってどうしても下から見上げてくるようになってしまう司波さんのその表情に思わずニヤけてしまいそうになるが、既に結構な視線が集まっている以上変なことをするのはやめておいた方が良いだろうと必死に堪える。
「まぁ、そういうことだからまた今度渡すよ」
わざわざ休日に会うのは司波さんも大変そうだし、どこか平日で折を見て届ければ良いだろう。
ただそれがいつになるのかはまだ分からないし、最悪夏休みになってしまうかもしれないが今回に限っては司波さんにもそれで納得してもらうしかない。
だが司波さんの表情を見る限りではあまり良い予感はしない。
「……じゃあこれからあんたの家に取り行くから」
「なっ!?」
案の定悪い予感が的中したようで司波さんはそんなことを言い出す。
辛うじて今の発言がクラスメイトには聞こえていないということだけが不幸中の幸いだった。
「い、いやいやさすがにそこまでしてもらわなくても、今度僕が届けるよ」
「だめ、今日」
たったそれだけ言うと司波さんはそれっきり僕と目を合わせようとしてくれない。
その姿はまるで自分の意思を変える気はないと宣言しているようだ。
だがどうしてそこまで僕のマイクにこだわるのかが分からない。
確かに配信でマイクは重要なものではあるが、別にそこまで急ぐことでもないだろうに。
「で、でも今から勉強するんじゃ?」
「今日はなし、今からすぐ取り行く」
「ま、まじですかー……」
僕はその時点でこの状況になってしまった時点で、司波さんが今日僕の家にマイクを取りに来ることが避けられないと悟った。
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