30 おさがりマイク
『今日は四葉がお送りしました!』
お馴染みの配信終了の掛け声とともに、四葉さんの声が一度聞こえなくなる。
そしてその直後ヘッドホンから聞こえてくる着信音。
画面に表示されている通話の相手は見るまでもなく、司波さんだ。
「もしもし」
『もしもし、あんた今大丈夫よね?」
「うん、大丈夫だよ」
『そっか、じゃあ早速改善点について聞かせてもらおうかな』
どうして突然通話がかかってきたのかなんてここ数日のことを振り返ればなんてことはない。
僕たちは少し前までの放課後に配信について話すというのをやめて、改善点については配信が終わってすぐ通話で伝えるという方法にやり方を変えたのだ。
それならば学校で配信の話をせずに済むし、そのせいで僕たちの秘密の関係がバレることもない。
本当ならそこで僕たち二人きりでの放課後の時間はなくなるはずだったのだが、どうにもそれが受け入れ難かった僕の苦肉の案に司波さんが「それでいい」と言ってくれたおかげで、放課後の空いた時間は教室で司波さんと期末テストに向けて勉強をするということになった。
配信の話をしていたこれまでであればHRが終わってから他のクラスメイトたちが教室から出て行くまでのしばらくの間、待ち続けるだけの無駄な時間があったのだが、今となってはただ二人で勉強をするだけなのでHRが終わったと同時に近くの席に座って勉強を教えあっている。
教えあっているとは言ってもほとんどは僕が司波さんの分からないところを分かりやすいように解説しているという感じだ。
「今日は改善点というか普通に配信を聞いていて思っただけのことなんだけど」
『うん? なに?』
「配信の途中でちょくちょく声が途切れるところがあったんだよね」
『えっ! うそっ!?』
「ほんとほんと。いやもしかしたら僕のネット環境が悪いだけだったのかもしれないけど」
『ど、どうなんだろ。そんなコメントは見かけなかったから全く気付かなかったけど』
僕は首を傾げる。
恐らく画面の向こうで司波さんも同じ事をしていることだろう。
だが僕の言っていることは嘘でもなんでもなく、本当に配信の途中で司波さんの声が途切れることがあったのだ。
「途切れるっていうか……ぷつぷつって声が小さく切れるみたいな……」
『うーん、あんたのネット環境が悪いっていうのもあるかもしれないけど、確かに今使ってるマイク別にそんな高いのとかでもないし、結構使ってるからなぁ』
「そうなの?」
『うん、配信始めたときからずっとこれ』
「あー……」
司波さんが配信を始めてからまだ一年経っていない。
普通の配信者だったらそんな短期間であれば、とんでもない粗悪品のマイクなんかでなければ故障したりすることはない。
だが司波さんの場合、四葉として毎日配信をしているのを考えると、故障している可能性もなくはないだろう。
それに仮に今故障していなかったとしても、これからのことを考えるとあまりよろしくない。
「僕が今使ってるマイクの一個前のマイクなら余ってるけど……」
僕の使っていたマイクはそれなりの値段したやつだしある程度長持ちはすると思ったけど、司波さんは誰かの使ったマイクなんて使いたいとは思わないだろう。
『えっ!』
しかし僕の予想に反し、司波さんは驚きの声をあげる。
『…………っ』
そして一度声をあげた司波さんはそのまま黙り込んでしまう。
だがさっきの声に含まれていた期待の色に気付けないほど僕も馬鹿じゃない。
司波さんはこういう時妙に遠慮したりするところがあるのは知っていたし、堂々とマイクがほしいなんて言うのは恥ずかしいのだろう。
「えっと、おさがりなんかで良ければだけど……いる?」
『っ! ま、まぁ? あんたがもう使わないっていうなら、だけど』
「う、うん。僕はもう別のがあるし、このまま放っておくよりも四葉さんの配信に使われる方がマイクも喜ぶと思うよ」
司波さんの言い方の可愛さに思わず動揺してしまうが、何とかそんなことないように振舞いながら僕はそう言う。
僕にしてみても、自分が使っていたマイクを司波さん――四葉さんが使ってくれるというのはなんだか妙に感慨深い。
『ね、ねぇ』
「? どうしたの?」
僕がにやにやしながらそんなことを考えていると、突然司波さんが声をかけてくる。
『そ、その……さ」
何か言いにくいことなのか司波さんは言葉に詰まっている様子がヘッドホンの向こうの音から窺える。
なんというか、少し既視感があるようなないような――――いつだったか司波さんが配信をしているという事実に僕が気付いた日に見せてくれたあの後ろに手を組んでいた――――そんな司波さんがふと頭に浮かんだ。
『そ、そのマイクって、あんたが配信で使ったり……した?」
「そりゃあ、ねえ? というか案外結構最近まで使ったりしてたけど……それがどうかした?」
もしかして配信で使っていないマイクのほうがよかったのだろうか。
そうだとしたら僕も他にマイクを持っているわけではないし、どうにも困る。
『な、ならいいの! なんでもない! 大丈夫!』
「……? だ、大丈夫ならいいけど」
だがどうやら杞憂だったようで、司波さんは慌てた様子でそう言ってくる。
司波さんが何を言いたかったのかは分からないが、ひとまずは僕のマイクを遣ってくれるということで間違いないだろう。
「じゃあ出来るだけ早くに探しておくね」
僕は少し前に片付けたマイクをどこに片付けたかなと頭を捻りながら、今日の分の改善点のノルマを達成したことに指を鳴らしそうになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます