29 妥協案
「……ごめんなさい」
ここは正直に謝っておくに越したことはない。
僕は頭を下げて、正直に改善点を見つけられなかったことを打ち明ける。
「……はぁ」
司波さんは一度大きく溜息を吐くと、呆れたような顔をこちらに向けてくる。
それは僕の予想していた怒りの形相とは違っていた。
「あんたね、今回は話が急だったんだからそれも仕方ないでしょ? それをわざわざ隠すために変な嘘の噂とかつかなくてもいいのに」
「う、噂に関しては東雲さんから本当に聞いたんだよ」
「そうなの? まあそれにしても別に放課後の教室で話しているのを盗み聞きとかさされる心配があるなら、どっか別の場所に変えてもいいし、わざわざ改善点が見つけられなかったのを隠さなくても」
「べ、別の場所……?」
「私の部屋とか」
「それ以外でお願いします」
さすがにそれは僕の精神衛生上よろしくない。
司波さんは僕の言葉にもう一度溜息を吐く。
「でもそれ以外のどこに行ったとしても、盗み聞きされる可能性がゼロになるっていうわけじゃないのよ?」
「確かに……」
司波さんの言うとおりだ。
仮にファミリーレストランなんかで配信についての話をすることにしたとする。
僕たちの噂が既に流れている以上、僕たちの後を追ってくる人たちがいるかもしれない。
そうしたらこうやって教室で話をすることとほとんど変わらない。
「それならやっぱり教室でいいんじゃない?」
「…………」
僕は司波さんのその提案に反論することが出来ず、静かに頷いた。
「で、でも司波さん」
「なに?」
「改善点を一日二個っていうのは、ちょっと辛い……かも」
配信の話をする場所についての話題が終わった後、僕はこの際言ってしまえと司波さんに改善点の数のことを言う。
ここで言わなければ恐らくこれからずっと言う機会がなく、僕は改善点を一日二個探す羽目になるだろう。
「そうなの?」
「う、うん。ぶっちゃけ一日二個だと長く続きそうにないし、配信も楽しみながら聞けない、と思う」
一日一個であるならまだ四葉さんの配信を楽しむことが出来るだろう。
しかし二個となったら探すことに必死で、折角の四葉さんの配信を楽しんで聞けなくなる。
それだけは避けたかった。
「まぁ……あんたがそう言うんなら、一個でもいい、よ?」
「ほんと!?」
案外簡単に僕の提案を呑んでくれた司波さんに驚きつつも、僕はこれで配信を楽しめるとホッとしていた。
「でもそうしたらこれから放課後はどうすんの……?」
「え……」
そうだ、僕たちは既に改善点を伝える場所を設けてしまっている。
話が二度三度と反転しているような気がするが、改善点が一日一個でよくなった以上この話題に戻ってくるのは当然だろう。
普通に考えて、放課後の時間を無くすのが一番良い。
少なくともそう出来る状況なのだから。
それは分かっているのに何かが喉に突っかかる。
さっきまでは放課後の時間を無くそうと何度も言おうと出来たはずなのに。
僕たちを沈黙が支配する。
司波さんはどう思っているんだろう。
恐らく司波さんも今回の最善手については理解しているはずだ。
だけど司波さんは無言のままで僕の胸あたりを見つめている。
そんな時間がどれくらい経ったころだろう。
司波さんがゆっくりとその視線を上げた。
「……あんたはどうするのが良いと思う?」
「そ、それは……」
僕としては、改善点を伝える時間を、配信が終わったすぐ後に変更したのは良かったと思う。
しかしその一方でこの放課後の時間を大切にしていた自分も確かにいるのだ。
どれだけ司波さんと僕が放課後に二人きりでいるという噂が流れていても、僕にとって大事な時間だったのは間違いないのだ。
でも、出来ることなら学校ではあまり配信の話をしたくはない。
それだけで僕たちの秘密がバレる可能性があるからだ。
話さなくて良い状況があるならきっとそれが良いんだろうし、放課後の時間をとる理由なんてない。
「…………テ、テスト」
それなのに僕の口からはそんな言葉が出てきた。
「も、もうすぐ期末テストがあるけど、司波さんは勉強捗ってる?」
「…………」
僕の予想で言えば、司波さんは恐らくほとんど勉強をしていないだろう。
なぜなら授業を受けている様子を見る限り、寝たりしているわけではないが、若干首を傾げる回数なんかが多いような気がする。
どうして僕がそんなことを知っているかと聞かれれば、そこに司波さんがいるから……だとしか言いようがない。
そして放課後の空き時間は大体配信のために使っていることなど容易に想像できるし、だとすれば恐らく司波さんはあまり今回の期末テストに向けての勉強をしていないということになる。
「……あんまり」
案の定司波さんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ首を振る。
「そ、それだったら僕が放課後に勉強を見るっていうのはどうかな?」
それが僕の提案。
放課後の時間を残しつつ、配信と言う話題が僕たちから漏れないようにするためのアイデアだ。
「……それがいい」
「そ、そう?」
司波さんも「それでいい」と言ってくれたのを聞いて僕はあまり感情が表に出ないようにしつつも、内心は自分の目的が一番良い方法で達成できたことに胸を躍らせていた。
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