28 改善点


 僕は今のが聞き間違いではないということをこれまでの経験上理解している。

 だがそうは言ってもさすがに今の司波さんの発言は僕にとって衝撃的すぎた。

 今僕の目の前にいるのは容姿や交友関係においてクラス内カースト上位を誇る司波さんである。


 そんな女の子がクラスでぼっちの僕なんかにお誘いの言葉を向けるなんてあっていいのだろうか。

 今のが聞き間違いじゃないとするならもしかしてこれは夢なのではないだろうかと思ってしまうくらいである。


 だけど今が本当に夢だったとしたら今日全てが夢だったということになる。

 さすがにそれがあり得ないことくらいは僕にもわかるし、つまりは今どうやら僕は夢の世界にいるというわけではないのだろう。


 いや、もしかしたら昼休みなんかに昼寝していてそれが放課後の夢を作り出しているとしたら……あり得る。

 むしろ今の状況を説明するならばそれが一番ふさわしいだろう。

 というか出来ればそうであってほしい。

 そうだとしたら今陥っている危機的状況がほとんど覆ってくれる。


 司波さんに伝えなくちゃいけない改善点を考える時間も少し出来る。

 さらには東雲さんから教えてもらった僕と司波さんの噂も全て夢の中の出来事として片付けられて万々歳ではないか。


「…………っ」


 だがそんなうまい話があるはずもなく、頬を抓ればやはり痛いし、どうやら僕は夢の世界にいるというわけではないらしい。

 ではつまり僕が今聞いた司波さんのお誘いは事実だったということになる。

 それはそれで僕からしたら歓喜のあまり飛び跳ねてしまいそうなものなのだが、どうにも信じ難い。


 僕はジッと司波さんを窺うが本人は至って普通で、むしろ何が問題なのか分かっていない様子でもある。

 まさか司波さんはこうやって誰かを誘うことに慣れているのだろうか。

 確かに司波さんの周りには大体イケメンのクラスメイトや運動部でレギュラーをしているクラスメイトだったりが集まっている。


 もちろんそこには東雲さんのようなイケイケ女子も少なくはないが、集まっている人たちに男子が多いのもまた事実だ。

 そんな彼らの内の誰かを司波さんが家に誘うことだって可能性としては大いにある。


「…………」


 僕自身そのことに何か口を出せる立場でないことは重々承知しているつもりだったのだが、どうにも胸がもやもやする。

 喉の奥で何かがつっかえているような気持ち悪さがある。

 その理由が司波さんに関係しているのは状況的にも理解できるが、どうしてそうなってしまっているのかは僕にも分からなかった。


 しかしそういえば以前僕が司波さんの家にプリントを届けに行った時、東雲さん曰く、司波さんは誰か男子を家の中に入れるところを見たことがないらしい。

 もちろんいくら親友とは言っても東雲さんが司波さんの交友関係の全てを知っているなんてことは思わないが、それでも少しはその可能性が否定されたような気がして、胸のモヤモヤも少しは晴れたような気がした。


 そしてどんな理由にせよ、今誘われているのは僕で間違いない。

 この機会を逃せばきっともう二度と誘われない可能性だって全然ある。


「そ、それはだめだよ」


 それでも僕は首を振った。

 確かに司波さんの家で今の時間を再現するというのは魅力的な提案であることに間違いない。

 さらに教室で話すよりも、盗み聞きなんかの可能性も皆無だ。


 だがそれ以上に僕があの空間で司波さんとまともに会話できるかと考えれば話は別である。

 結論から言えば否だ。

 まず間違いなく僕は緊張して固まってしまうだろう。


 それにもし司波さんが僕を家に招き入れたなんてことが噂として広まってしまったら「じゃあ俺も」などと言って司波さん宅にお邪魔しようとする輩が現れるかもしれない。

 僕がそのことに口出したりなんて無粋なことが出来るはずはないのは分かっているが、わざわざそんな状況を自ら作り出す必要もないだろう。


「じゃあどうすんの?」


「た、例えばしばらく放課後の時間はなくす、とか……?」


「はぁ? それじゃあ改善点は?」


「は、配信が終わったら一つは伝えられるし……」


「改善点は一日二つって話になったでしょ?」


「それはそうだけど、さ……」


 恐らく僕の提案が一番効率よくこの問題を解決するにはいいのだろうがどうにも司波さんは納得できないらしく不機嫌そうな表情を浮かべている。

 そんな司波さんに昨日の「改善点一日二個」の話題を持ち出されると正直弱い。

 ぶっちゃけ今日の分の改善点もろくに用意していない状態なのでもしそのことが司波さんにバレてしまったら、今回の提案が全てそれを隠すためなのではないかと疑われてしまうだろう。

 そんなことになったら普通に怒られるよりも二倍の恐怖が待っているのは言うまでもない。


「ほら、こんなこと話してる暇ないんだから。今日も学校から帰ったら配信の準備で忙しいし、早く昨日の配信分の改善点教えて?」


「…………え、えっとー」


「? どうしたの?」


「あー……いやーちょっと……」


「…………ねえあんた、もしかして」


「な、なんでしょうかー……?」


「改善点、見つけてないわけじゃないわよね……?」


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