27 予想外


 まずい。

 今の状況を一言で説明するならまさにそれだ。

 昨日の夜に「一日二個改善点」を宣言されてから、僕は既に伝えた一つの改善点に加えて、もう一つの改善点を必死に探していた。

 しかし一日一個の改善点だけでもよく見つけられていると自分でも思うくらいなのに、いきなり二つと言われてそう簡単に見つかるはずがない。

 だが約束の放課後の時間は刻一刻と迫ってきている。


 帰りのHRはもう終わってしまっていて、後は他のクラスメイトたちが帰るのを待つだけ。

 いつもなら司波さんと二人の時間のために早く帰れと念じているところなのだが、今日に限っては出来るだけ遅くまで残ってほしいと思ってしまう。


 だがそんな僕の気持ちとは裏腹に、どういうわけかいつもより早くにクラスメイトたちが教室から出て行っていく。

 いやもしかしたらそれは僕の焦りから来る錯覚なのかもしれないが、とにかく僕は今まずい状況に陥っていた。


「あれ、亮くん」


「し、東雲さん」


「もしかして今日も二人で残るの?」


「……え」


 突然僕にそう声をかけてきたのはいつかお世話になった東雲さんだった。

 今日もどこか小悪魔のような微笑を浮かべた東雲さんだが、僕はそんなことよりも東雲さんの発言に気を取られていた。


「ふ、二人って……?」


「え? 毎日、凛と二人で放課後残ってるんじゃないの?」


「な……っ」


 まさかとは思ったが、どうやら東雲さんは僕たちの秘密の時間を知っているらしい。

 一体どうしてそのことを知っているのだろうか。

 ……そういえば東雲さんは司波さんと仲が良かった。

 もしかしたら何かの拍子に司波さんが東雲さんに話してしまったのかもしれない。

 考えられる可能性といえばそれくらいだろう。


「というかアタシもちょうど今日、噂で聞いただけだから本当かは知らないんだけど」


「う、噂……!?」


「うん。クラスの男子が話してるのを聞いたよ?」


「な、なんてこった」


 これはまずい状況になってしまった。

 ただでさえまずい状況だったのに、さらにまずい状況が重なってしまっている。

 僕と司波さんが放課後残っているということは、僕たちだけの秘密のはずだった。

 それがいつの間にかバレていて、しかも噂にまでなっているというのはさすがに無視できない。


 僕と司波さんが一緒にいることのなにが問題かと聞かれれば、一緒にいること自体が問題なのである。

 そもそも僕と司波さんは本来ならクラス内カーストから考えても、本来なら関わることのないはずの二人だ。

 一時だけならまだ知らず、毎日放課後二人きりというのはあり得ない。


 実際こうやって僕たちが関わるようになったのもクラス内や学校での出来事ではなく、「配信」という例外があったからこそだ。

 それを取ってしまえば僕たちには何も残らない。

 逆に言えば僕たちの関係を探ろうとすれば、配信に行き着く可能性だって無きにしも非ずなのだ。


 せっかく軌道に乗り始めた四葉さんの配信の足をこんなところで引っ張るわけにはいかない。

 司波さんは僕たちのことがバレているということを知っているのだろうか。

 もし知らなかったとしたら出来るだけ早く僕たちの噂のことを伝え、噂が収まるまでしばらく放課後の時間を中止にでもなんでもしなければいけない。


 幸い改善点を伝える方法は昨日の時点で別の方法を見つけてある。

 それならば司波さんも文句言うことなく快く僕の提案を呑んでくれるはずだろう。


 僕は情報を提供してくれた東雲さんに感謝の意を伝えると、これから司波さんに言わなければいけないことを頭で思い浮かべながら、クラスメイトが教室を出て行くのを待った。




「別に大丈夫じゃない?」


 僕は今回の問題を出来るだけ分かりやすく司波さんに伝えた……つもりだったのだが司波さんは特に気にした様子もなく暢気にそんなことを言う。

 あまつさえ爪を弄りながら。


「大丈夫じゃないよ! クラスメイトに配信のことバレてもいいの!?」


 僕は出来るだけ声が教室外に響かないように気をつけながら司波さんに事の重大さを伝える。

 しかしそれでも司波さんの表情は変わることなく、何も心配などないようだ。


「普通に考えて、私たちがこうやって放課後に話してて配信のことがバレるはずがないでしょ? 前にあんたにノート見られたのを反省して、最近ではルーズリーフに改善点をまとめて家でノートに写してるんだから」


「そ、それは……そうだけど」


 確かに司波さんの言うとおりだ。

 それに最近あの配信ノートを見ないと思ったらそんな理由があったのか。

 司波さんなりにそういうことに気を遣っているのかもしれない。


「で、でも学校で話してるのを誰かに聞かれたりしたらまずいでしょ?」


 もしかしたら今この瞬間だって誰かに盗み聞きされているかもしれない。

 さすがにそんなことはないと思うが、それでも声は出来るだけ小さくしているのも事実だ。


「まぁそれは一理あるわね」


「で、でしょ?」


 そこで初めて僕の予想の範疇に収まるようなリアクションをしてくれる司波さんに思わず自分の考えが全て間違っていたわけではなかったのだとほっとする。


「じゃあ放課後に教室に残るのはしばらくやめたほうが良いかもね」


「う、うん」


 少しだけ寂しいが、仕方ない。

 これも配信のためだ。


「じゃあしばらくは私の家で改善点教えてよ」


「…………はい?」

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