26 一日二個
「……四葉、さん?」
そこに表示されている名前は今まで配信を聞いていた四葉さんのアカウント名だった。
突然かかってきた通話に僕は慌ててヘッドホンをはめなおす。
さすがにこのまま無視するのは出来ないので、僕は通話開始のボタンを押した。
『こんばんわ、司波です』
「こ、こんばんわ?」
通話に出るといつも聞いている声よりも少しだけ変わっている司波さんの声が聞こえてくる。
僕の動揺とは正反対に普段通りの声色で挨拶してくる司波さんに思わず疑問形で返してしまった。
「えっと、何か用?」
そもそも今日、配信が終わったあとで通話をかけてくるなんて一言も言っていなかったはずだ。
だが司波さんには司波さんなりの事情もあるのかもしれないし、ひとまずはそこを聞かなければ話が進まない。
『用がなかったらダメなの……?』
「――っ!」
なんだこの返し。
僕は思わず声が出るのを抑える。
甘いというか何というか、とにかく司波さんの今の一言は僕にとっては結構なダメージだった。
「そ、それで本当は?」
『……つまんないなぁ』
何とか平静を装う僕に司波さんが一度溜息を吐くが、出来ればこれからはちゃんと普通に本題に入って欲しいものだ。
さすがにこんなのが毎回続くようであれば僕の身がもたない。
ああいうのは彼氏と話せないのが寂しくてたまらない彼女だけが使っていい台詞なのだ。
わかったか司波さん!
『いつの間にかフレンドになってたから、この際通話で改善点聞いちゃおうかと思って。改善点なんだから出来るだけ早く聞いたほうがいいでしょ?』
「な、なるほど。そういうことか」
僕は確かに司波さんとフレンドになった。
いや、言い方がおかしいか。
『涼-Suzu-』は『四葉 鈴』とフレンドになったというほうが正しいだろう。
僕が涼として以前四葉さんとコラボする前、司波さんの部屋へお邪魔した時にこっそり四葉さんとフレンド登録を済ませておいたのだ。
そうすることでコラボの設定も、フレンドのみ申請可という風にしておけば変な邪魔も入ることなく楽しくコラボすることが出来たというわけである。
フレンドになればお互いに個人チャットであったり通話だったりと全てネットを介して行うことが出来る。
予想外の事態ではあったが、司波さんはそれを利用して僕に通話をかけてきたのだろう。
そして司波さんの言い分も最もである。
改善点があるなら自分が憶えている内に教えてしまい、修正する方が断然良いだろう。
そちらの方が四葉さんの配信にとっても利であるのは明らかだ。
でも、それじゃあ……。
「じゃあ、放課後の時間はもう必要ない感じ?」
改善点を伝えるために放課後残っているのだから、ここで改善点を伝えるということはつまりそういうことだろう。
そう考えると少しだけ胸が痛いような気がするのは気のせいだろうか。
『そ、それは……』
しかし司波さんの返事は僕の予想していたものよりも格段に曖昧で、まるでそんなことは考えていなかったかのような感じだった。
だがさすがに司波さんがそんなことを考えていないわけがないだろう。
きっと僕がそのことに気付いたことに驚いているのだ。
「あれ、違った?」
『…………』
確かに司波さんのこの提案は放課後の時間をなくしたいと言っていることと同じなので、ばつが悪いだろうことは僕にも分かる。
これは気付かないふりをして、この場を流してしまうのが良かったのかもしれない。
案の定ヘッドホン越しにも司波さんが黙り込んでいるのが窺える。
『……放課後は、いつも通りよ』
「え」
しかし司波さんは無言の末にそう言ってくる。
もしかしてこの気まずい空気を察して妥協案を出しているつもりなのだろうか。
別にそんな気を遣ってもらわなくてもいいのに。
それに放課後が無くなる分、配信が終わった後二人で話せるではないか。
顔が合わせられないというのは寂しいけど……。
「でもそれじゃあ放課後は何をするつもりなの? 改善点は今から話すんだよね?」
楽しくお喋りでもする気だろうか。
僕としては大歓迎だけど、ただでさえ配信で忙しい司波さんをそこまで拘束してしまうのは気が引ける。
『ほ、放課後にもう一個改善点を教えてくれればいいじゃない』
「……はい?」
『そうしたら私も一日二個の改善点を聞けるし、一石二鳥ね』
「え、えぇ?」
ごめん、話が良く分からないのだけど……。
今もしかしてとんでもないことを言われてる?
『じゃあ早速今日の分の改善点を聞きましょうか』
「え、え……?」
僕は司波さんの勢いに呑まれる形で、事前に用意していた改善点を司波さんに伝える。
それの改善方法や他にどうしたらもっと配信が良くなるかなど、一時間くらい話しただろうか。
僕が聞きたかったことを聞く暇もないほどに充実した時間だったのは間違いない。
『じゃあまた明日、もう一つよろしくね』
「ち、ちょっと司波さ――」
『おやすみっ』
「――――お、おやすみなさい」
司波さんは僕の制止の声を気に留めた様子もなく一度明るい声でそう呟いたかと思うと、そのまま通話を切ってしまった。
こういう時の司波さんは本当ずるいと思う。
これでは明日、僕は本当に改善点を一つ放課後に伝えなければいけない。
しかも何もなかったなんて言った日にはどんな罰が待っているか。
僕は溜息を吐く。
そしていつの間にか振っていた手に気付き、慌ててその手をポケットに押し込んだ。
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