24 間違い


「じゃあ、また今日から改善点を一つ探していくよ」


「……」


「? 司波さん?」


 昨日の配信の分の改善点は無いにして、また今日の配信から僕は配信の改善点を探さなくてはならない。

 だが司波さんはどこか浮かない顔をしている。


「……放課後、大丈夫なの?」


「ど、どういうこと?」


「だから、二人きりでこんなことしてていいのかなって」


 司波さんは小さな声で呟くが、誰もいない教室ではその声でさえも妙に反響し僕の耳に届いた。

 僕は首を傾げる。

 何で司波さんはそんな今更なことを言い出すのだろう。


「今日の昼休み、杏子とどこか二人で行ってたでしょ」


「え、あー……うん」


 僕は司波さんの言葉に一瞬動揺してしまう。

 あの時司波さんは教室にはいなかったはずなのに、どうしてそのことを知っているんだろうか。

 もしかして屋上に行く途中のどこかで司波さんの目に入っていたのだろうか。


「でも、それがどうしたの?」


「……っ」


 確かに司波さんに隠れたところで杏子さんと話したことは事実だ。

 だがそこで何か特別なことがあったわけでもないし、それが今の放課後の時間にどう影響するのか全くわからない。




「あ、あんたたち、付き合うことになったんでしょ?」




「…………はい?」


 意を決したように口を開く司波さんが一体何を言うかと思ったら、一体全体どうしてそんなことになっているのだろうか。

 い、いや確かに朝のHR前の時間に司波さんの前で、東雲さんから告白されたことは認めるが、あれは東雲さんが僕と司波さんをからかうための嘘の告白だったのだ。


「……だってあんた、杏子と教室に帰ってきたときも妙に機嫌が良さそうだったし。あれって付き合うことになったからなんでしょ……?」


「なっ!?」


 僕は司波さんの言葉に昼休みのことを思い出す。

 確かあの時僕は東雲さんに、司波さんが僕のことを親しい人として見てくれていると教えてもらって浮かれていた。

 恐らく司波さんはその時の僕を見たのだろう。

 あの時の僕の浮かれ具合を客観的に見てみれば、確かに付き合うことになったと思っても仕方がないのかもしれない。


「あ、あの時は別の事情があって浮かれてただけで、別に付き合うことになったから浮かれていたわけじゃないんだよ」


「別の事情?」


「う、うん」


 僕は何とか本当の理由を誤魔化しながら司波さんに説明する。

 本当のことを言ったらその後絶対気まずい雰囲気になるのは必至だし、僕自身死ぬほど恥ずかしい。


「じゃあ、あんたたちは付き合ってるわけじゃないの?」


「うん、付き合ってないよ」


「……ふーん」


 どうやら司波さんもそれ以上は聞かないでくれるのか、興味なさそうな返事を返してくる。


「それにしても、逆にもし僕が東雲さんと付き合ったとしてどうして放課後の時間にこうやって二人で話すのに影響があるの?」


「はあ?」


 ……どうやら僕は聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。

 さっきからずっと気になっていたことだったのでつい聞いてしまったのだが、司波さんの顔は怒りなのか呆れなのかよく分からない表情だ。


「あんた、親友の彼氏と二人きりで話したりなんて浮気って疑われても仕方ないでしょ」


「な、なるほど」


 それは盲点だった。

 僕がこうやって司波さんと二人で話しているのは配信についてのことなのだが、それは僕と司波さんだから認知していることでもある。

 だが他の人から見たらどうだろう。

 僕と司波さんの今の関係はどう見えるのだろう。


 少なくとも仲が悪いようには見えないはずだ。

 むしろ二人きりで話すなんてそういう関係だと思われても仕方がないだろう。

 つまり司波さんはそういうことを言っているのだ。

 それに関しては僕が浅慮だったとしか言い様がない。


「ま、まぁでも僕が誰かと付き合ってるわけじゃないから、これからも放課後は気にしないで大丈夫だよ」


 そう言ってから自分中心で考えて居たことに気づく。

 僕には付き合ってる人がいないにしても、それが司波さんも同じだとは限らない。

 だ、だけど東雲さんもそのことに関しては何も言ってなかったし、多分、いないはず……。


 別に司波さんが誰と付き合おうと僕が何か言える立場ではない。

 でもこうやって僕と司波さんの時間がある中で、相手の事情でその時間がなくなるというのはあまり良い気分じゃない。

 きっとこれと同じような気持ちを司波さんも抱いていたのかもしれない。


「……ごめん」


 そう思うと僕は一度謝らずにはいられなかった。

 司波さんは一度だけ驚いたような顔を浮かべたが、そのすぐ後、その口元を緩めて、


「あんたはこれからも私のリスナーでいなさいよ」


 そう言った。

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