23 謝罪


「…………」


 き、気まずい。

 僕は放課後の教室で司波さんと二人きり、机に向かい合いながら座っていた。

 だが東雲さんとの一件もあり、司波さんのご機嫌は優れない様子である。

 下手なことを言えば叩かれるのは分かっている。

 僕は少しずつ進んでいく教室の時計の針を見る振りをしながら、司波さんの表情を窺っていた。


 しかしあまり時間を浪費してしまうのも勿体無い。

 今日も帰ってからお互いに何か用事があるかもしれないし、それに司波さんは今日も配信を休むことはないだろう。

 そう、今この時間は司波さんの配信を見ていて気づいた改善点を伝える時間なのだ。


 …………あれ、ちょっと待って。

 配信…………?


「……っ!!!」


 僕は昨日の配信のことを思い出し、思わず叫びそうになるのを必死に抑えた。

 つい目先の東雲さんとのことばかりに気を取られていて、本題をすっかり忘れてしまっていたのだ。

 司波さんは、僕が『涼-Suzu-』として配信をしていることを知った。

 昨日の配信で急に笑い出した司波さんのことを考えると、どうにもその可能性が高いように思えてならない。


「…………」


 そこで僕は今朝からの司波さんの態度を思い返す。

 朝東雲さんと話しているのを見られた時、司波さんはいつも通りの強気な司波さんだったと思う。

 それに休み時間とかも僕に声をかけてくることなく、普通に学校生活を過ごしていたはずだ。


 そう考えてみるともしかしてバレていないのだろうか。

 もし仮にバレていたとしたら司波さんがこんな風に見逃してくれるとも思えない。

 今日も質問攻めにされるかもしれないとビクビクしながら登校してきたくらいだ。


 実際のところ、どうなのだろう。

 僕は司波さんに視線を向ける。


「っ……」


 偶然か、その時僕と司波さんの視線は重なり互いの目が合う。

 思わず逸らそうとした僕だったがそんな僕よりも早く司波さんのほうが一瞬で僕から目を逸らしてしまった。

 そんな司波さんは――――らしくない。


 普段の司波さんならこんな時、僕が恥ずかしさに負けて目を逸らすまでジッとこちらを見つめ続けたりしてくるだろう。

 それなのに今目を逸らされた。

 司波さんが『僕』という存在に緊張しているのが分かる。


「……司波さん」


「な、なに?」


「配信をしていない時に関しては、僕はただの僕だよ」


「…………そっか。やっぱり、あんたが『涼-Suzu-』だったんだね」


 長い沈黙の末、司波さんの口から搾り出されるようにして言葉が発せられる。

 やはり司波さんは昨日の配信の時から、僕が配信者であるということに気付いていたのだろう。

 それが普段の僕とはあまりに違うものだから話すのに緊張していたのかもしれない。

 でも今は僕は僕以外の何者でもない。

 ただの無害な一般人だ。


 そんなことを伝えても、司波さんの緊張は恐らく全て払拭することは出来ないだろう。

 それが『涼-Suzu-』という配信者の持つ影響力と言うべきか、僕はそう思っている。


「隠しててごめん」


 僕としてはそもそも隠していたつもりではなく、言わなければいけないとも思っていなかった。

 僕が涼であるということを誰かにバラすことがあるなんて予想していかったし、ましてやクラスメイトの司波さんに知られることになるなんて思いもしなかったのだ。


「…………」


 司波さんは無言のままで一度だけ小さく頷く。

 その仕草に僕は思わず安心する。

 これで許してもらえなかったりしたらどうしようと思っていたところだ。

 こうやって放課後二人きりで過ごす時間が無くなるなんてことに繋がるかもしれないと思うと、手に汗握らされた。


「……昨日は、ありがと」


「全然。僕は何もしてないよ。人を呼んだだけ」


 途中から来てくれた人たちが僕――涼のリスナーだったとして、そんな彼らが四葉さんの配信を聞いて放っておくはずがない。

 恐らく彼らの一部はこれからも四葉さんの配信に足を運ぶようになるだろう。

 僕からしてみればそれくらい四葉さんの配信は面白くて魅力的なのだ。

 だから遅かれ早かれ、四葉さんの配信で起きたアンチグループの一件も自然消滅していたかもしれない。


「初めてのコラボ……だったんでしょ?」


「まぁ、ね」


「私なんかで良かったの……?」


「そもそも僕は別にコラボしないのを信条にしたりしていたわけでも無かったし、ただ機会がなくて出来なかっただけ。それに僕が四葉さんとコラボしたいって思ったからコラボしたんだよ」


「…………」


「昨日の配信、本当に楽しかった」


 初めてということもあって慣れない部分も確かにあった。

 それでも誰かと配信をするというのは、想像よりもずっと楽しく、あっという間の時間だった。


「…………それで昨日の配信の改善点についてなんだけど」


「待って」


 改善点について話そうとした時、突然司波さんが僕の言葉を遮る。


「昨日の配信についての改善点は、なくていい」


「…………え?」


「あれは、最高だったから。改善点なんてあるはずない」


「…………了解」


 僕は司波さんの言葉に頷く。

 実は僕も同じようなことを言おうとしていた。

 あの後どれだけ改善点を探しても、見つからなかったのだ。

 見つからなかったというよりも、見つけられなかったというほうが正しいかもしれない。

 だからきっと昨日の初めてのコラボ配信は完璧だったのだろう。

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