22 卵焼き


「え……嘘……?」


「ほんとにごめんなさい!」


 呆然とする僕に東雲さんは勢いよく頭を下げる。

 その勢いのままいけば、そのまま一回転してしまうのではないかと疑ってしまうほどだ。

 そんな僕らしくもない冗談を思いついてしまうほど、今の僕は『嘘』という言葉に動揺していた。


「えっと……じゃあ別に東雲さんは僕のことが好きとかそういうんじゃないんだね……?」


 それでも僕は混乱する頭の中で、何とかその言葉を呑み込む。

 つまりはそういうことだったんだろう。

 案の定東雲さんも、僕の言葉に気まずそうに俯いている。


「……本当は、すぐに冗談だって言うつもりだったの。でもちょうど凛が来て、もう少しだけこのままからかおうなんて……本当にごめんなさい」


 東雲さんの声は申し訳なさに溢れていて聞いているこっちの方が思わず可哀想になってしまいそうだ。

 それにそもそも僕はそんなに気にしていない。


「な、なんだ……よかったぁ……」


「え……?」


 僕の小さな呟きに東雲さんは首を傾げる。


「いや、だってもし告白されたりなんてしたらなんて答えようってずっと悩んでたから、告白されないならされないでそっちの方が正直ありがたいよ」


 告白されないなら別に告白の返事を考えずに済むし僕も悩みから解放される。

 それに可愛い女の子から告白される思い出を作ることが出来たと考えたら、それほど悪いものでもないだろう。

 むしろ一生ものの宝物だ。


「…………」


「ど、どうしたの東雲さん」


「いや、何ていうか……凛が気に入る理由が分かったかもなーって」


「え? ど、どういう意味?」


「それは秘密っ」


「えええええええええええええ」


 唇に人差し指を当てて「しーっ」のポーズをする東雲さんはいつもの小悪魔的雰囲気に戻っている。

 正直変に気まずそうにしてたり申し訳なさそうにしているよりも今の東雲さんの方が東雲さんに合っているような気がして僕は気に入っている。

 それに一々仕草があざといが、それもまた可愛いのだ。


 だが司波さんが僕を気に入る理由というのは一体何だろう。

 自分のことは自分が一番知っているというのは良く聞く話だが、他人から見た自分のことは自分が一番知らないことでもある。


「……というか僕は別に司波さんに気に入られているというわけじゃないんじゃ」


 今朝東雲さんから聞いた部屋着の話だったりは、もしかしたら僕が二回も呼び鈴を鳴らしたから仕方無しに外に出てきただけかもしれないし、僕が気に入られる理由なんてそもそもないだろう。

 なのにどうして東雲さんは僕が司波さんに気に入られているなんてことを思ったのだろう。


「え? かなり気に入られてると思うけど……」


「ど、どうしてですか?」


「アタシ一応これでも凛の親友のつもりだし、そのアタシから見ても異性であんなに気を許してるのは亮くんだけだと思うよ?」


「そ、そうですか……?」


 僕は東雲さんに言われて、司波さんのことを思い出す。

 いつもただ乱暴に扱われているだけのような気もするが……。


「それに凛だって自分で言ってたじゃん」


「え?」


「ほら、今朝だよ今朝! アタシが亮くんと話してたとき!」


「な、何か言われましたっけ……?」


「もう! 『あんた、私以外に仲良い女の子なんていたんだ』って言われたでしょっ」


「そ、それが……?」


 確かにそう言われたのは僕もちゃんと覚えているがそれがどうしたのだろうか。


「つまり凛は、自分が亮くんと親しくしてるって自覚があるってこと! それくらい分かりなさいー!」


 ぶんぶんと手を振り回しながら叫ぶ東雲さん。

 そんな東雲さんの言葉に僕は思わず黙り込む。

 確かに司波さんの言葉をちゃんともう一度考えてみれば、そういう意味が含まれているかもしれない。


「……まぁ親しいってだけで気に入られてるっていうのは違うのかもしれないけど、それでもアタシから見てれば凛と一番近い異性は亮くんだと思うよ?」


「そ、そうですか……?」


「うん」


 僕の言葉に即答する東雲さんは嘘を吐いているようには見えない。

 東雲さんの言葉全てを鵜呑みにするのはまずいかもしれないが、少なくとも司波さんが僕と親しくしていると思ってくれているのは本当なんだろう。

 僕からしてみれば別に気に入られていなくたって、それだけでも十分嬉しい。

 普通なら関わるはずのなかった僕が司波さんにそう思われているだけでも、きっと関係が一歩進んだのだ。


 べ、別に関係を進めたいとかそういうんじゃない。

 ただ可愛い女の子と仲良くなれるのはほら……男としては嬉しいってだけだ。


「あれー? 亮くん何か嬉しそう?」


「そ、そんなことはありません! 気のせいです!」


 妙な恥ずかしさを覚えた僕は顔を逸らしつつ、気を紛らわせるために弁当箱の蓋を開けた。

 でも、僕は本当にそんな嬉しそうな表情をしていたのだろうか。

 いや多分、東雲さんの見間違いか何かだろう。


「……あれ?」


 箸を取り出して昼食にしようとしたところで僕は不思議に思い、手を止める。

 朝に三つ入れたはずの卵焼きが二つしかない。

 些細なことではあるが一度気になってしまったものはどうにも見逃せない。


「……んー! これおいしー!」


 ゆっくりと隣を見てみると、そこでは小悪魔が弁当箱も開けていないはずなのに何かを美味しそうに頬張っていた。

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