21 小悪魔の嘘


「は、はぁぁぁあああああああああああああ!?」


 僕の後ろにいた司波さんが東雲さんに詰め寄る。


「な、なんでこいつなの!? こいつとかあり得なくない!?」


 何をもってしてあり得ないのかを三十字以内で説明して欲しいところだが、偶然にも僕もその意見に同意だ。

 東雲さんが僕と付き合うとかあり得ない。


「どうしてそんなに慌ててるの? 別に付き合ったりしてるわけじゃないんだから、アタシが亮くんに告白しても構わないでしょー」


「そ、それは……っ……そうだけど……。で、でも……!」


「でも、どうしたの?」


「う……っ」


 司波さんは東雲さんに完全に言いくるめられて言葉に詰まっている。

 もしかしたら普段から会話の主導権を握っているのは東雲さんだったりするのだろうか。

 少しだけ意外だ。


 ただ一つ問題を上げるとするなら、東雲さんに言い負かされた司波さんが物凄い形相で僕を睨んできているということくらいだろうか。

 これはしわ寄せが僕に来るのはまず間違いない。


「じゃあ亮くん、また後でねー」


 僕の不安なんか知ったことじゃないとでも言う風に手をひらひら振りながら、東雲さんは自分の席へと戻っていく。

 どうやらいつの間にかHRが始まりそうな時間になっていたらしい。

 もうすぐしたら担任もやって来るだろう。


「…………」


 残された僕たちの間は無言で支配されている。

 無言が痛いというのはこのことだろう。

 僕は上げ辛い視線を机に向けたまま、時が過ぎるのを待ち続ける。

 そんな僕の願いを察してくれたのか、HRの鐘よりも早くに担任が教室へやって来てくれた。


 鐘が鳴っていなくとも担任が来たら席に座るという暗黙のルールに支配されている僕たちのクラスでは、皆が徐々に自分の席へと戻っていく。

 そして近くに気配がしていた司波さんもさすがにその空気には逆らえないのか、ゆっくり離れていく足音が聞こえる。


 ひとまずはこれで安心だろう。

 まぁこんなのただの時間稼ぎにしかならないのは分かっているのだが、怒られるにしても怒られるなりの準備というものもある。

 限りのある時間の中でどれだけ僕の覚悟が出来るか、そして司波さんの怒りが収まるか。

 全てはそれに懸かっている。




「亮くーん、少し良いかな?」


「えっと……はい」


 昼休み、教室で弁当を食べようとしていた僕に東雲さんが声をかけてくる。

 一瞬また司波さんに怒られるかもしれないと身構えたのだが、どうやら今司波さんは教室にはいないらしい。

 もしかしたら東雲さんがあえてそのタイミングを狙ってきたのかもしれない。


 僕は東雲さんに連れられるようにして教室を出て、屋上にまでやって来た。

 七月になり、いよいよ本格的な夏がやって来たのか日差しが眩しい。

 そしてその日差しから隠れるようにして、僕たちは小さな陰の中に入った。


 結構長い階段を上ってきたこともあり少しだけ息が上がっていた僕は横に弁当箱を置いて腰かける。

 それに真似するようにして東雲さんも僕の隣に座ってくるのだが、如何せん影が狭いからか、必然的に僕たち二人の距離がかなり近くなってしまう。

 あと少しお互いに寄るだけでも肩と肩が触れ合ってしまいそうだ。


「……そ、それで東雲さん。僕に何か……?」


「ん? そりゃあ告白の件についての話だよ」


 僕が勇気に勇気を重ねて聞いたにも関わらず、東雲さんはあっさりそう答える。

 何というか、僕が緊張しすぎているだけなのだろうか。 

 だがそれも仕方ないだろう。

 なにせ生まれて初めて女の子から告白されたのだから。

 罰ゲームとしてでさえ、告白なんてされたことがない。


 恐らく東雲さんはこの整っている容姿からしても、何人もの男子生徒から告白されているのだろう。

 だからこういった空気に慣れているのかもしれない。


「あのね亮くん、実は」


「は、はいっ」


 今から僕は何と言われるのだろうか。

 もしかしてあれか。

 告白の台詞としては一、二位を争うというあの『実は――ずっと前から好きでした!』というやつだろうか。


 そう考えるとどうにも緊張で手が震えてしまう。

 当然横にいる東雲さんの顔なんて見れるわけがない。

 だが僕は一生に一度聞けるか分からないその言葉を聞くために、聴力だけは過去最大と言っていいほどに神経を集中させていた。


 だ、だがもし、もし仮に東雲さんから告白されたとして僕は一体どうするのだろうか。

 そりゃあ東雲さんは可愛いし、モテるだろうし、告白されること自体は凄く嬉しい。

 でも付き合うか付き合わないかで聞かれたら、どうだろう。


 そもそも僕が東雲さんのことをちゃんと知ったのは昨日だ。

 それまではただ司波さんと仲良さそうに話したりしている女子生徒、くらいの認識しかなかった。

 なのに告白されたから付き合う、というのは上手くは言えないが僕の中でストップがかかる。


 確かに世の中には告白されたからという理由だけで付き合う人がいるのだろう。

 それが悪いとも思わないし、そこから好きという感情が生まれるのかもしれない。

 ただ僕としては、出来れば好きになってから告白したりされたりして付き合いたいと思ってしまうのだ。


「えっと、言いづらいんだけど」


「は、はい」


 ただそれでも僕がそんなことを考えていることは東雲さんは知る由もない。

 東雲さんはいつもの小悪魔的な雰囲気ではなくどこか気まずそうに僕から目をそらし、少しらしくないような気がした。


「告白は、嘘だったの」


 そして東雲さんの口から、その気まずそうな表情のわけが告げられたのだ。

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