20 あり得ない現実

「……え?」


 僕は今言われたことの意味が咄嗟に分からなかった。

 いやそもそも本当に言われたのかさえ怪しいところだ。

 もしかしたら以前司波さんに振られた思い出がこんな幻想を生み出してしまったのかもしれない。


 うん、きっとそうだ。

 それ以外にあり得ない。

 じゃないと東雲さんみたいな子が僕なんかに告白してくる状況を説明出来ないだろう。


「…………」


 僕はちらりと東雲さんの表情を窺う。

 東雲さんは妙に含みのあるような笑みを浮かべ、無言のままこちらを見つめてきている。

 ぶっちゃけあまり目を合わせたくない……。


「…………」


 だがそんなことを言ったところで、僕はこの状況をどうやって抜け出せばいいのだろう。

 HRの時間まではまだ結構時間が残っているし、恐らく担任もしばらく来ないだろうし、それまでの間このまま無言の空間に耐えられるとも思えない。


 こんな時、僕にもっとコミュ力があれば……!




「随分と、仲がよろしいようで」




「っ……!」


 突然、背後から降ってきた言葉に僕はバッと振り返る。

 そこにはまるで魔王のように腕を組む司波さんが立っていた。

 見ただけで分かる。

 どうやら司波さんは今、途方もないほどに不機嫌であるらしい。


「し、司波さん……」


 別に何か疚しいことをしていたということがあるわけじゃないのだが、不思議なことに今の司波さんを前にすると、まるで自分が何か悪いことをしてしまったかのような錯覚を覚える。

 道を歩いている時にパトカーを見かけたときのあの微妙な心理と同じかもしれない。


「あんた、私以外に仲がいい女の子とかいたんだ」


「ま、まぁ……?」


 本当は別に仲が良いのかどうかは怪しいところなのだが、東雲さんが目の前にいるこの状況で、そこを否定して良いものかどうか。

 そしてわざわざ僕が司波さん以外に誰か仲の良い人がいないと宣言する必要もないだろう。

 い、いや別に司波さん以外に仲の良い女子がいないというわけではないのだけれど。


「あれー? 凛なんだかご機嫌斜めー?」


 そんな魔王に茶々をいれる勇者が一人。

 東雲さんは突然現れた司波さんに臆することなく、先程より何倍も嬉しそうな笑みを浮かべながら司波さんに話しかける。


「別に? そんなこと全く、これっぽっちも、一ミリだってないわ」


 絶対嘘だ! と突っ込みそうになるのを何とか堪え、僕は魔王の恐怖に震えている。

 そして司波さんの拳は怒りに震えている。

 あはは、面白くない。


「そうなんだぁ。じゃあ別にアタシが亮くんと話してても問題ないよねっ」


 どうしてだろう。

 東雲さんの言葉はどうにも司波さんを煽っているようにしか聞こえない。


「り、亮くん……?」


 しかし司波さんは怒るというよりも驚愕の色を見せる。

 もしかしたら東雲さんの僕に対する距離感に驚いているのだろうか。

 確かにそれには僕も驚かれた。

 女子に下の名前で呼ばれるなんて何時ぶりだったか、しかもいきなり。


「あれ……今司波さん……」


「っ!」


 もしかしなくても今、司波さんが僕の名前を呼んだ……?

 しかも下の名前で。

 そんなこと僕と司波さんが話すようになってから一度もなかったはずだ。

 司波さんにはいつも「あんた」と呼ばれていて、苗字だって今まで呼ばれたことがあるかもよく覚えていない。


「あ、あんたなんか、あんたのままでいいのよ!」


 司波さんは凄まじい剣幕でそうまくし立てると顔をそっぽに向ける。

 だが司波さんの言うとおり、そのままの方がいいかもしれない。

 さっき司波さんに名前を言われたときから、妙に動悸がおかしい。

 東雲さんに名前を呼ばれたときはそんなことなかったのに、どうしてだろう。


「それに杏子もどうしてこいつなんかと話してるのよ!」


 まるで話題を逸らすように、司波さんは東雲さんに食ってかかる。

 だがそんな司波さんにも東雲さんは全く動じない。




「アタシ今、亮くんに告白してたの」




「…………は?」


 あれ、おかしいな。

 それは確か僕の失恋の思い出が作り出した幻想だったはずだ。

 確かにもう一回聞こえたような気もするが、どうしてその幻想に司波さんまでもが反応しているのだろうか。


「…………え」


 これってもしかして、幻想じゃない……?

 僕はその時初めてその可能性に気がついた。


「そしてアタシは今その返事待ちってこと」


「な……っ!?」


「ねえ亮くん、アタシと付き合ってみない?」


 目を見開く司波さんには目もくれず、東雲さんはもう一度その言葉を僕

に聞いてくる。

 その目はこれまでの笑みとは比べものにならないくらいに真剣だ。

 ずっと僕をからかっているのだと思っていたのだが、もしかして冗談じゃないのか……?


 当然のことながら、僕はこれまで女の子と付き合ったことがない。

 だからといって男と付き合ったことがあるわけでもないので勘違いしないでほしい。

 そんな僕が今クラスメイトの女の子に告白されている。

 しかも僕なんかとは釣り合わないような可愛い女の子から。

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