19 小悪魔な東雲さん
「……はぁ」
何度目か分からない溜息が口から溢れる。
教室の入り口に立っている僕は、少し前からずっとこのままだ。
もう何人のクラスメイトたちが僕を見て不思議そうにしながら横を通り過ぎていったか分からない。
「よし……!」
僕は一度小さく呟くと、教室の中に入った。
どうやらもうほとんどのクラスメイトが登校してきているようで、それぞれの仲の良い友達と話している。
その中に……司波さんはいない。
「な、なんだ……」
それなら僕のさっきまでの緊張は一体何だったというのだろうか。
僕はほっと息を吐くと、自分の席に座る。
机に突っ伏してHRまでの時間を潰そうにも、まださっきまでの緊張が忘れられない。
少なくとも鼓動が落ち着くまではどうやら眠ることは出来ないらしい。
すると僕のもとへ一つの足音が近づいてきているような気がした。
だがまだ司波さんは来ていなかったようだし、僕のもとへやって来るような人なんていないだろう。
恐らく気のせいだ。
「ねえねえっ」
そう思っていた矢先、背中が揺さぶられる。
ほとんど油断していた僕は慌てて飛び起き、変な反応をしてしまう。
体勢を戻しつつ声をかけてきた相手を確かめてみると、そこには昨日色々とお世話になった東雲さんが笑顔を浮かべている。
「亮くんおはよっ!」
「お、おはようございます」
朝から妙にテンションの高い東雲さんに戸惑いつつ、僕も何とか挨拶を返す。
しかし一体どうしたのだろうか。
僕が顔を上げてからもずっとニコニコしたままで、正直怖い。
もしかして挨拶をするためだけに僕に声をかけてきたというのだろうか。
いや、そんなことはないだろう。
「えっと……何か用、ですか?」
何時まで経っても何も言わない東雲さんに尋ねる。
「いやー、昨日はどうなったのかなと思って、ね?」
「どう、とは?」
「だから、ちゃんと凛にプリントを届けられたかってこと」
東雲さんは頬を膨らませながら僕に顔を近づけてくる。
その顔には少しだけ不機嫌の色が見える。
確かに僕と東雲さんの関係を考えればそれだけだし、もっと早くに察してしまうべきだったかもしれない。
僕は若干の申し訳なさを感じながら、昨日のことを話す。
「ちゃんと持って行きましたよ」
「そっかー」
しかし東雲さんは聞いてきたにも関わらずあまり興味なさそうな反応だ。
何か別に気になることがあるのか爪を弄っている。
「ポストに入れたの?」
「ポスト……?」
僕は東雲さんの言葉に昨日の司波さんの家を思い出す。
ポストなんてあっただろうか。
言われてみれば呼び鈴の近くにそんなものがあった気がしなくもないが、正直よく憶えていない。
「普通に司波さんに手渡ししましたけど」
「えっ!?」
僕の何気ない言葉に、東雲さんは驚きの声をあげる。
「そ、外に出てきたの!?」
「は、はい。そうですけど……」
それが何か問題でもあったのだろうか。
さすがに部屋に上がらせてもらったというのは変に詮索されるだろうから言わないが、たかがそれだけで一体何を騒ぐ必要があるのだろう。
「凛は自分の部屋着とかあまり人に見せたがらないんだよね。特に男には絶対」
「そ、そうなんですか?」
「良く話す男子でも絶対にプリントとか外まで出てこないから、いつもアタシが届けに行ってるんだよー」
「は、はぁ」
そういえば確かに昨日司波さんは部屋着だった。
普段見る制服とは違う新鮮さにどぎまぎしたのを憶えている。
何というか、うん。
最高に可愛かったです。
「相当気に入られてるんだね……」
「? 何ですか?」
「ん、んーん! なんでもない!」
「……?」
司波さんの部屋着姿を想像していて東雲さんが何を言ったのか分からなかった。
僕が首を傾げていると、再び面白そうな笑みを浮かべた東雲さんと目が合う。
「ねーっ?」
「……っ」
突然、東雲さんの顔が近くなる。
どうやら座っている僕に合わせて、机に体重を預けているらしいl。
だが間近で見る可愛い女の子の顔に、僕が緊張しないわけがない。
今だって僕の心臓はバクバクと緊急信号を上げている。
「亮くんって――――凛と付き合ってたりする?」
「なっ!? あ、ありえません!」
僕は東雲さんの言葉を即座に否定する。
そんなことあり得るはずがない。
確かに最近はよく話すようになったかもしれないし、一度は告白したりしたかもしれないが、僕たちが今付き合っているなんてことは絶対にない。
「そうなの?」
「そうですよ!」
「じゃあ好きな人は?」
「そ、それは……い、いませんよ?」
僕に好きな人はいない、と思う。
今司波さんに抱いている気持ちは、告白した時に抱いていたものとは違うし、純粋に配信を頑張って欲しいという気持ちだ。
それ以上でもそれ以下でもなく、そこに邪な気持ちなんてないし、あったらいけない。
「なんか怪しいなぁ。……まぁそれに関しては別にいてもらっても構わないんだけど」
東雲さんは僕の言葉に疑いの目を向けてくるが、そもそもどうして僕はこんなことを聞かれているのだろうか。
そしてどうしてバカ正直に答えているのだろう。
だがここで変な見栄を張ったところですぐにバレてしまいそうな気もするし。
「ねえ亮くん」
「……なんですか?」
呼ばれた僕は少しだけ慎重に答える。
東雲さんが一体何を企んでいるのか全くわからない。
そんな僕を知ってか知らずか、東雲さんは小悪魔的笑みを浮かべた。
「アタシと付き合ってみない?」
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