18 正体
「やってしまったあああああああああああああああああああ」
僕は部屋の中で一人頭を抱えながら大きく叫んでいた。
恐らく最初は気付かれていなかったのだろう。
それなのにわざわざ自分から正体をバラすようなことを言ってしまった。
最後笑っていたのは恐らくそういう意味だったのだ。
「なんで僕はあんなことを……」
実は僕は司波さんと同じようにネットで配信をしている。
『涼-Suzu』という名前で。
自分で言うのも何だが、結構人気な配信者だとは自覚しているつもりだ。
総閲覧者数が六桁を超えることもしばしばあるし、同時閲覧者数が五桁を超えることも全然珍しいことではない。
しかもどうやら司波さんのあ……憧れの配信者でも、あったらしい。
かといって、そう言う理由で今回四葉さんとコラボをしたわけでは決してない。
もちろんその理由が全くないと言えば嘘になるが、第一の理由としては、僕が
四葉さんの配信を好きだったからだ。
そこは間違えないでほしい。
僕は数年前から配信をしている。
あれは確か中学二年の夏休みだっただろうか。
色々あって、誰かと話したいと思った僕はその時『配信』という手段を選んだ。
もちろんちゃんと話せるわけではないが、自分の話を聞いてくれる人がいるならそれだけで良いと思っていた。
そして今、高校に入学してから三ヶ月が経とうとしている。
僕は、配信を始めてから今日の今日まで、たった一度のコラボもしたことがなかった。
でも今日僕は、自分のお気に入り配信者の『四葉 鈴』とコラボをしたのだ。
コラボが初体験だったのは僕だけではなくどうやら四葉さんもそうだったみたいで、結局ちゃんとコラボ出来ていたかは微妙なところではある。
ただ今回僕のやろうと思っていたことはちゃんと全て出来たので、一応満足はしている。
四葉さんの配信を荒らしに来ているアンチグループの人達を追い払うことも出来ただろう。
しかしここで問題だ。
僕の正体というか、僕が配信をしていたことがクラスメイトにバレてしまった。
非常に不味い。
僕はこれまでも沢山の配信をしてきているが、当然その中で歌を歌ったりとか、ゲーム配信をしてみたりだとか色々なことに手を伸ばしている。
ラジオ配信だけならまだしも、恐らく司波さんにはそのほとんどの配信を知られている可能性が高い。
となると当然、僕の汚い歌声なんかも聞かれたりしているわけで……。
「う、うわぁあぁぁぁぁぁぁぁああああああ僕の馬鹿ぁぁあああああああああああ」
恥ずかしいなんてものじゃない。
僕は明日からどんな顔をして司波さんと会えばいいんだろう。
会わないように避けたとしても、結局放課後にならばまた二人きりの時間がやってくる。
どうしても逃げることは出来ない。
こんなことになるのならコラボなんてしなかったほうがよかったのか。
そんなことは決してない。
僕が今後悔しているなら、さっきまでの言葉が全部嘘になってしまう。
パソコンの画面に表示されている四葉さんの配信ページを見てみると、そこのコメント欄にはこれまでアンチグループがいた時からは考えられないほど優しいコメントで埋め尽くされている。
『おもしろかった!』
『お疲れ様! また楽しみにしてる!』
『アンチグループなんかに負けるなー!』
『俺たちは四葉ちゃんを応援してるよ!!』
その一つ一つがリスナーの言葉なのだ。
涼と四葉の配信に来てくれたリスナーたちの気持ちなのだ。
配信が終わる前、僕はちらっと閲覧者数を確かめていた。
同時閲覧者数は二万と数千。
そして総閲覧者数は、八万を超えていた。
恐らくもう少し配信を続けていれば六桁を超えることもできていただろう。
『それ』は紛れもない、現実だ。
だが頭では分かっていても、どこか自分の中で受け入れられていない自分がいるのもまた事実なのだ。
恥ずかしいものは恥ずかしいし、それはどうやったところで変わることはない。
「…………はぁ」
結局のところ、考えるだけ無駄なのかもしれない。
どれだけ悩んだところで明日はやって来るし、学校を休みでもしない限り司波さんと顔を合わせないなんてことは不可能だ。
いやもしかしたら学校を休んでも、家まで司波さんがプリントを届けに来てくれたりする可能性もある……かもしれない。
ちょうど昨日の僕のように。
「……ないな」
僕は思わず手を振りながら苦笑いを浮かべる。
あの強気な司波さんが僕なんかのためにそんなことをすることはないだろう。
もし仮にプリントを渡すようにと担任から渡されても「めんどい」とか言って、次の日の学校で僕に直接渡しにきそうな気がする。
「…………寝よ」
いつも寝る時間からしたらまだ全然早いが、今日は色々と疲れた。
僕は外し忘れていたヘッドホンを頭から外し、静かに机に置いた。
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