17 涼-Suzu-
『僕は
涼が簡潔に自己紹介を済ませる。
だがそんなこと今更で、知らないわけがなかった。
凛にとって涼という配信者の大きさは測り知ることが出来ないほどだ。
そんな涼が自分とコラボをしている。
これは本当に現実なのだろうか。
『えっと……初めてコラボするからどんなことをしたらいいのか分からないんだけど……』
「わ、私もです」
ヘッドホンから聞こえてくる苦笑いを浮かべたような涼の声。
凛は未だに今目の前で起きている現実が信じられずにいた。
だがそんなことお構いなしに、着実と時は進んでいく。
涼が誰かとコラボしているという噂が一瞬にしてネット上で拡散でもされたのか、閲覧者数が勢いよく増え続けている。
止まる気配など一向に見えない。
まるで止まることのない時間のように、ただ増え続けている。
そして遂に同時閲覧者数が――――五桁を超えた。
こんなことがありえるのだろうか。
凛は自分の配信とは思えない閲覧者数の多さに圧倒されている。
これまでもラジオ配信からしてみれば十分に多いほうの数ではあった。
だが涼には遠く及ばない。
そもそも比べることが間違っているのではないのだろうかと思ってしまうほどだ。
それが『涼-Suzu-』という配信者。
今までも分かっていたはずなのに、改めて格の違いというものを実感させられた。
そんな彼がどうして自分なんかの配信にコラボを申請してきたのか、凛には想像もつかなかった。
リスナーたちも今の状況に戸惑っているようだ。
コメント欄はパソコンが読み込めないほどの速さで流れていき、騒然となっている。
そしてそれは偶然か必然か、批判のコメントさえ見えない。
「あ、あの……」
『うん?』
「どうして、コラボを……?」
普段の凛であればもっと上手く尋ねることが出来ただろう。
だが現実ではあり得ないような状況の今、それを凛に求めてるのはあまりにも酷というものだ。
それでも凛はどうして自分の憧れの配信者が自分なんかの配信に、と思わずにはいられなかったのだ。
『…………』
涼の言葉が聞こえなくなり、沈黙が生まれる。
普段の涼の配信からではそんなことまずあり得ない。
でも凛はそれをあえて考えず、ただ涼の言葉を待った。
『……僕は、四葉さんの、四葉 鈴の配信が好きだ』
「……え」
思いがけない言葉に凛は固まる。
『僕が聞いている中でも一番のお気に入りの配信者なのは間違いない』
「っ……」
まさかそんなことを言ってもらえるとは思わなかった。
凛は声をあげてしまいそうになるのを手で必死に押さえながら、ヘッドホンだけに意識を集中させる。
『そんな彼女の配信が汚されていたんだ――――アンチグループという組織によって』
凛は目を見開く。
まさか涼がそれを知っているとは思っていなかったのだ。
だが涼は配信に関しては恐らく凛なんかよりもずっと詳しいはずで、アンチグループの存在を知っていたとしても何らおかしいところはない。
けど、妙な違和感を感じずにはいられなかった。
だがそんな凛の疑問に気づくことなく、涼の言葉は続く。
だが四葉のリスナーとして初めからこの配信にいた人たちにしか、その言葉を理解することは出来ない。
涼のリスナーとして後からやってきた大量のリスナーが閲覧者の大多数を占める中で、コメント欄は疑問の声で埋め尽くされている。
涼はそんなコメントたちに対して、事の顛末をゆっくり話していく。
突然コメント欄に批判のコメントが書かれたこと。
閲覧者数が不自然に増えたこと。
その日からコメント欄が荒れていること。
その全てにアンチグループという数百人規模の組織が関与していること。
何一つ違わない情報に凛はただ静かに黙り続けていた。
涼の説明に、リスナーたちからコメントが書き込まれていく。
そのどれもがアンチグループに対しての批判コメント。
暴言などはほとんど含まれず、やっていることの悪質さを指摘するコメントが多い。
中には恐らく四葉のリスナーだったのだろう人からの、四葉に対する擁護コメントであったり、応援コメントも含まれている。
そんなコメントで埋め尽くされたコメント欄を見て、凛は、ここ数日忘れかけていたリスナーの温かさに触れた気がした。
『アンチグループの皆――――聞いてる?』
涼の無機質な声が響く。
その声に含まれた怒りに気付けたものは少なくはないだろう。
『君たちが大人数という武器を振りかざすなら、僕たちは大人数でそれに立ち向かうよ』
アンチグループの大人数――およそ数百。
涼と四葉側の大人数――およそ数万。
その差は明らかだった。
コメント欄にちらほらと見られていた四葉への批判コメントは次第にその数を落としていき、遂には全くその影を見せなくなった。
『リスナーの皆、ありがとう。本当に助かった』
涼は自分たちを味方してくれた皆に対して頭を下げる。
画面越しなのだから頭を下げているとか分かるはずがないのだが、凛には不思議とそう思えて仕方が無かった。
本当は凛がその役目を担うべきなのに、涼はそんな暇さえ与えてくれない。
凛はただただ涼の声に聞き入っていた。
『そしてリスナーの皆にも伝えておきたいことがあるんだ』
涼は小さく呟く。
『配信は、配信者だけじゃ絶対に成り立たない。リスナーの皆がいて、僕たち配信者がいて、その二つが揃って初めて配信というものが成り立つんだと思う』
涼の言葉に、不思議とコメント欄が止まる。
凛もその言葉の意味を考える。
『だからこれからも、よろしくお願いします』
それは誰に向けての言葉だったのかは分からない。
今ここにいるリスナー皆に向けられたものだったのか。
それとも涼自身のリスナーに向けられてのものだったのか。
はたまた四葉凛のリスナーに向けられたものだったのか。
凛には、分からなかった。
だがその言葉の重みだけは確かに感じ取っていた。
『四葉さん』
「……はい」
『僕は四葉さんの配信が好きだ。こんなことを言われても嬉しくないかもしれないけど、それは本当』
「……あり、がとうございます」
『もしかしたらまた今回みたいなことが起きるかもしれない。もしかしたら、今回以上のことが起きるかもしれない』
「っ……」
凛は涼の言葉に息を呑む。
それはそうだ。
何故ならここはネットの世界。
現実ではそうそう起こらないことが頻繁に起こる世界なのだ。
今回みたいな、今回よりも大きな問題が立ちはだかる可能性だって少なくはない。
『それでももし……』
「…………?」
涼の声が徐々に小さくなり聞き取りづらくなる。
それでも凛はヘッドホンを両手で抑え、必死に耳を澄ませる。
四葉さんが、配信を辞めない諦めないって言うなら――――僕はずっと四葉さんのリスナーだよ。
そして、聞こえた。
どこか聞き覚えのある言葉が。
そこで全てが繋がった。
妙な違和感も、どこか落ち着く声の正体も。
「……ふ、ふふ」
笑ってしまわずにはいられない。
驚くというかなんと言うか。
とにかく笑いが止まらない。
「ふふ…………ふぅ……」
それでも何とか落ち着け、
「やめませんよ」
凛はそう宣言した。
『……ならよかった』
ホッと安心したような涼の声。
一度分かってしまうと、その声を聞くだけでまた笑ってしまいそうだ。
でも何とか堪える。
そろそろ今日の配信も終わる時間だ。
それを分かっているのか、涼も何も言わず凛の言葉を待っている。
「皆さん! 今日はありがとうございました!」
そして凛のいつもの締めの言葉が始まる。
「一杯コメントしてくださり、感謝感激です!」
特に今日はいつもの何倍のコメントが書き込まれたのだろう。
まぁそんなことはこの際良い。
最後の最後の一発勝負。
ぶっつけ本番でも心配いらない。
だって、お互いのことを良く知っているから。
「今日は、四葉 鈴と――」
『涼が――』
「『お送りしました!!!』」
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