8 無法地帯
「…………」
「…………」
き、気まずい。
やはり昨日の一件が関係しているのか、司波さんの表情は暗い。
いつも強気な司波さんのそういった雰囲気にギャップ萌えのようなものを抱きそうになるが、それ以上に空気が重い。
普段なら司波さんから改善点について聞いてくるが、今日はそれもなくただただ無言のままだ。
司波さんが普段一緒にいるような格好いいイケメンのクラスメイトであれば、こんな時も優しく慰めてあげることが出来るのだろうか。
少なくとも僕にはそんなことは出来ない。
今、司波さんがどんな思いなのか少なからず理解できているからこそ、軽々しく慰めることが出来ない。
「あー……腹立つ」
「し、司波さん?」
その沈黙を唐突に破ったのは、司波さん本人だった。
「私が配信しているのをどうこう言おうが構わないけど、わざわざあんなタイミングでいう必要ある!? あんなの言い逃げじゃん!」
「ま、まぁ確かに」
「終わりかけのタイミングじゃなかったら一個一個の批判コメント全部拾って血祭りにあげてあげるわ!」
「えええっ!?」
「ほらっ、今日もさっさと改善点教えてちょうだい!」
「え、ええ……?」
改善点を教えられ気分良さそうに教室を去っていく司波さんは、先程までのことが嘘であったのだろうかとさえ疑ってしまいそうだ。
でも……あれはきっと司波さんなりの強がりなんだろう。
あの批判の嵐は、そう簡単に割り切れるものじゃない。
悩んで悩んで、結局答えが出るかも分からない地獄に脚を踏み入れることと同じなのだ。
司波さんは自分が普段どういう態度で、僕と接しているのかを思い出したのだろう。
だからこそ無理をした。
自分の本当の気持ちを押し殺してまで、この時間の意味をやり遂げるために。
「…………司波さん」
名前の彼女はもう僕の視界にはいない。
きっと今日の配信のために、さっき伝えた改善点を直しに向かったのだろう。
それが「
そんな彼女の日常が、心無いコメントによって犯されそうになっている。
僕が今考えていることは、もしかしたらただの杞憂なだけなのかもしれない。
偶然に偶然が重なって出来た不幸でしかなかったのかもしれない。
ただもし、僕が今考えている通りだったとするなら……。
僕に出来ることは、一体……。
◆ ◆
「僕の、考えすぎであってくれ……」
そう願わずにはいられない。
出来ることなら司波さんにこれ以上の負担をかけたくなんかない。
司波さん……四葉さんの配信は、僕のお気に入りの配信者なのだ。
ただの一人のリスナーでしかない僕がそれを言ってどうにかなるほどネットの社会が甘くないことも知っている。
でも、本当に、この空間だけは、犯されたくないのだ。
毎日の楽しみを、奪って欲しくないのだ。
だから、頼む……!
『つまらない』
でも現実はそう甘くはなかった。
不自然な閲覧者数の増加、そして荒れるコメント欄。
もちろん批判コメントに対して、四葉さんを擁護するコメントもいる。
だが今度はそんな擁護コメントに対しての批判コメントが相次ぎ、コメント欄は無法地帯と化していた。
「…………」
おかしい。
四葉さんが何か突拍子もないことをしていないのは、ここ数日ずっと彼女を見ていた僕が知っている。
それなのにここまで急に批判する人たちが増えるだろうか?
否、あり得ない。
このまま放っておいたら、きっと今以上に四葉さんの配信は炎上していくだろう。
何か早急に手を打たなければ、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
司波さんのことだ。
面白くないと言われれば、本当に自分の配信が面白くないからだと勘違いして、悩んで、落ち込んでしまうだろう。
だから一刻も早く、伝えてあげなきゃいけない。
今回の炎上は、
明日。
明日の放課後。
伝えるならそのタイミングしかないだろう。
きっとまた無理をして、僕の前では明るく振舞うんだろうけど、そんなことはもうさせない。
今回の相手がはっきりした以上、ちゃんと教えてあげなくちゃいけない。
「司波さん……」
僕は、明日までの時間が、少しでも早く過ぎ去ってくれないかと祈りながら、配信終了という文字の映る画面を見続けていた。
次の日、司波さんは学校を休んだ。
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