7 問題

 それからしばらく、僕たちの妙な関係は続いていた。

 放課後の教室で皆が帰るのを待ち、二人きりになった瞬間から僕たちの関係は姿を見せ始め、四葉さんのライブ配信の改善点を出来るだけ一日一個見つけだす。

 最初は改善点と言われてもどんなものがあるだろうかと悩んだが、注意して聞いていると意外に色んなことに気付けるようになった。


「マイクの設定とか、どんな感じにしてる?」


 今日も、昨日気付いた改善点を一つ、順を追いながら説明していく。

 司波さんも僕の説明に真摯に耳を傾けてくれて、話している身からしても、これ以上に嬉しいことはない。


 さすが四葉さんの中の人。

 色んなことが僕の期待を裏切らないでいてくれる。

 勝手に期待しすぎるのもどうかと思わなくもないが、期待に応えてくれる司波さんを前にしては、期待せずにはいられない。


「今日は何時くらいから配信する?」

「んー、たぶん夜九時から一時間くらいするかな」

「りょーかい」


 初めは緊張していたこの関係も、今となっては心地いいとさえ感じられる。

 ただ一つ何か言うのであれば、出来れば振られた過去をどうにかしてほしい。

 あの黒歴史はいつになっても僕に襲いかかってくる。


 特に司波さん本人と話している時なんて、思わず叫びたくなる衝動にも駆られるほどだ。

 あ、やばい。

 こんなことを考えてたらまた叫びたく…………し、静まれ僕。

 まぁそんな弊害が少しはあるにしても、僕はこの妙な関係が嫌いではなかった。




「今日も楽しそうに配信しているなぁ」


 暗い部屋の中で、ヘッドホンの奥から元気な四葉さんの声を聞いていた。

 それは四葉さんらしい配信で、リスナーの皆が書き込んだコメントに対して、出来るだけたくさん反応している。


 元気な四葉さんと同じように、リスナーたちのテンションも高く、まるで四葉さんの配信なのに、それを聞いている皆で作り上げているような背信だと思った。

 そしてそれこそが、僕が四葉さんの配信が好きな理由でもある。


 配信というのは、配信者だけで成り立つものじゃない。

 その配信を聞くリスナーがいて初めて、『配信』というものが出来上がる。


 今のライブ配信者の多くはそんなことも忘れて、まるで自分がいるからこそ配信が出来上がっているのだ、なんていう傲慢を抱いているのではないだろうか。


 もちろんそのやり方全てを否定するわけじゃない。

 そういうのひっくるめて人気を取ったり、面白い人だって確かにいる。


 でも、そういう人たちに限って、陰では自分のリスナーを一番大切にしている。

 それをリスナー自身が察しているからこそ、リスナーを突き放すようなライブ配信をしているにも関わらず、次第に人気が集まっていくのだ。

 そんなこと露知らず、ただ自分のやりたいように暴れるだけのライブ配信なんて僕は見ようとは思わないし、見るだけ時間の無駄とさえ思える。


 そして、配信者が何より大事であるということはもちろんだが、それを聞くリスナーにも、配信の善し悪しが大きく関わってくる。

 今の四葉さんの配信のようなリスナーもいれば、ただ配信を荒らすだけ荒らして去っていくようなリスナーもいるのだ。

 だから『配信』に必要なものを二つ挙げるとするならば、僕は「配信者」と「リスナー」を選ぶだろう。


「……ん?」


 最近の四葉さんの配信は僕たちの放課後が功を奏したのか、次第に閲覧者数も増えてきている。

 改善点を探し始めた時は大体500人前後だった同時閲覧者数も、今となっては900人前後を記録するようになっていた。


 ただ、ここが一つ目の関門でもある。

 同時閲覧者数、四桁。

 それは三桁のそれとは明らかに一線を画すと思っていい。

 一つ上の桁にいくということは、並相応の努力ではいけるものじゃないのだ。


 それなのに今、四葉さんの配信の同時閲覧者数はその四桁を越えていた。

 もちろん四葉さんの配信が、四桁の配信に見合わないと言うわけでは決してない。

 徐々に閲覧者数も増えていたし、この調子でいけばもう少しでその域にも達するとは思っていたのだ。


 ただそれがあまりにも急すぎる。

 ついさっきまでは900人程度だったはずなのに、いきなり1000人を越えるのはあまりにも不自然で、違和感を覚えずにはいられない。


「…………」


 嫌な予感がした。

 第六感とかそんな大層なものじゃないけれど、僕のこれまでの経験の中の何かが警笛をあげていたのだ。

 そしてその不安は物の見事に的中することとなる。




『この配信、つまらなくね?』




 コメント欄に、一つの火種が投げ込まれた。

 それは批判というにはあまりにも直接的で、単純なコメント。

 普段ならそんなコメントがあったとしても、直ぐに鎮火できるようなものでしかない…………はずだった。


『クソみたいな配信』


『なんでこんなに人がいるかが謎』


『配信者が配信者なら、リスナーもリスナー(笑)』


『見るだけ時間の無駄』


 その直後、こんなコメントでコメント欄が荒れ始めたのだ。

 四葉さんの配信はコメントに反応していくという配信のカタチをとっている。

 それなのにコメント欄が誹謗中傷で埋め尽くされてしまっていた。

 これでは四葉さんの配信が徐々に成り立たなくなってしまう。


 だが幸いと言うべきか、偶然にも今回の配信はもう終わりかけ。

 四葉さんはいつもの締めの言葉を残して、配信を終了させた。


 ただその言葉が本当に普段通りだったかと考えたら、明らかにそうではなかっただろう。

 コメント欄が荒れているということに配信者本人が気付かないはずがない。

 終わらせ方は少しだけぎこちなさが残っていた気がする。


 でも、問題はそこではない。

 今回問題視すべきことは、コメント欄が荒れたということだ。


 そして不自然なまでの閲覧者数の増加。

 これが関係しているのかしていないのか、それはまだ断定は出来ない。


「司波さん……」


 彼女は大丈夫だろうか。

 司波さんは配信を始めてからまだ一年経っていない。

 そしてその間、今回のようなコメント欄が荒れるということは無かったはずだ。

 そんな中で起きた、初めての炎上。


 明日も放課後の予定があることには変わらない。

 僕は拭いきれない不安に、ヘッドホンを外した。

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