6 改善点

「ふぅ……」


 誰もいない真っ暗な部屋の中で僕は小さく息を吐く。

 初めは緊張していた僕も、今ではすっかりこの空間に慣れてしまっている。

 まぁそんなことはどうでもいいか。


 今はこれから始まる『四葉 鈴』のライブ配信だ。

 普段ならこんなに身を引き締めて挑むようなことではなく、リラックスしつつ楽しみながら聞くその配信だが、これからは違う。


『あんた、これから私の配信の改善点を探しなさい』


 放課後の教室で司波さんに言われた言葉だ。

 どうやら僕が以前から四葉さんの配信や、その他の配信者たちのライブ配信を聞いていたのを見込んで頼んできたらしい。


 そこに四葉さんの配信が一番お気に入りといった理由が含まれているのか含まれていないかは分からないが、可愛いクラスメイトからそんなことを恐ろしいくらい笑顔で命令されたら断れるはずもないだろう。


 しかもご丁寧にこれから毎日放課後に一個は改善点を伝えなくてはならないということにまでなっている。

 指定された時間が放課後だったのは普段暇な僕からしてみればありがたいことではあったが、司波さんはいつもなら仲の良いクラスメイトと帰ったりしているはずだ。

 それなのに大丈夫なのかと聞いてみたところ、どうやらちゃんと一緒に帰れないという旨を伝えておくらしい。


「じゃあ早速、頑張って改善点でも探しますかね」


 僕はそろそろライブ配信が始まりそうな予感に、机に置いてあったヘッドホンを頭にはめた。




『本日は、四葉 鈴がお送りしました!』


 透き通る声で配信終了の宣言がされる。

 僕は焦っていた。

 お気に入り配信者のライブ配信ということで、改善点を探したりすることもなく、つい聞き入ってしまったのだ。


 もちろん改善点なんて一つも見つかっていない。

 これでは明日、司波さんに何と言われるか分かったものじゃない。

 ただ絶対に不機嫌にはなる、と思う。


 今日の四葉さんの配信は、どこか普段より楽しそうだったのだ。

 それが聞き入ってしまった理由の一つでもあるのだが、もし。

 もし、その楽しそうだった理由が、明日自分の配信の改善点を教えてもらえるからというものだったらどうだろう。

 四葉さんのライブ配信は結構な人数が来ている。

 本日の閲覧者数は合計5000人を超えているし、瞬間の同時閲覧者数で見れば4、500人といったところだろうか。


 どういう理由で司波さんがライブ配信をしているのかは分からない。

 ただ改善点を探しているということは、もっと閲覧者を増やしたり、配信者としてもっと人気を集めたいというのがあるのだろう。

 そんな彼女に、改善点を探すのを忘れていましたなんて……とてもじゃないが言えない。


 何か一つでも、今からでも改善点を見つけられないだろうか。

 じゃないと明日の僕の命が危うい。

 僕は配信終了という画面から一度、四葉さんのホームページまで戻る。

 改善点を探すなら、ここか。


「……ん?」


 しかしそれは偶然にも一瞬で見つかってしまった。

 ライブ配信の閲覧者数を増やし、かつ人気も取りやすくなる。

 と、個人的にはそう思うことがやられていない。

 それは――――録画。


 録画とは、自分が行ったライブ配信を、リアルタイムで聞けなかった人たちが後から聞くことが出来るようにする機能のことである。

 これは新規のリスナー確保にも直結するだろうし、録画するのは人気を取るには必要だと思う。


 たまに録画を全くしないくせに人気になる例外の配信者もいるが、やってみる価値もあるはずだ。

 明日の放課後に伝えられる改善点、見つけられて良かった。

 僕はずっと頭にはめたままでいたヘッドホンを静かに外した。




「――――ダメ。録画はしない」


 放課後の教室で、司波さんはそう告げた。

 そこには一片の立ち入る隙さえ無いように思えた。

 でも僕だってそう簡単に諦められるわけじゃない。

「四葉 鈴」は僕の一番お気に入りの配信者だ。

 そんな人がもっと人気になって欲しいと思うのは当然だろう。


「で、でも録画をしたら新規のリスナーさんとかも集まるだろうし」


「そんなのは分かってる」


「それなら!」


「でもダメなの」


 僕の提案に、司波さんは首を縦に振る気配を見せない。

 今思いつく中で、もっと閲覧者数を増やし、人気を取るための手段としては一番の策だということは司波さんも分かっているはずなのだ。

 それなのに何で頑なに「録画」をしないのか。


「何か理由でもあるの?」


 あるいは何か事情があったりするのかもしれない。

 僕が彼女について知っていることといったら、クラスメイトとしての司波さん、配信者としての司波さんくらいだ。

 今思えば僕は司波さんのこと、ほとんど何も知らなかったんだろう。

 もしかしたら僕の知らないところの何かが、司波さんが録画をしない理由につながっているのかもしれない。


「どうしても、録画するつもりはない?」


「……うん」


 そう言われれば僕に言えることは無い。

 勿体無いと思わなくもないが、それが本人の意思なのだとしたらそれを外野が何時までもあれこれと言っても仕方がないだろう。


 結構良い案だと思ったんだけどなぁ……。

 お気に召さなかったのなら、また別の案を探していけばいいだけだ。

 どうせ僕はこれからもずっと、司波さんの配信が続く限り、聞いていくつもりなのだから。


 ただどうして司波さんが録画しないのか、その理由を教えてもらえたわけじゃない。

 まだ僕たちはこうやって話すようになってから全然経ってないし、そんなことを話せる相手として見られていないのだろう。

 でも、やっぱり今の一件は僕の喉元あたりから身体のずっと隅々まで行き渡って、妙なもやもやを植え付けた。


「録画」――その有用性はもはや語るまでもない。

 それを頑なに受け入れようとしない司波さん。

 もちろん司波さんの他にも、録画をしない配信者は多くはないがいないこともない。

 ただあそこまで頑な様子を見ると、どこか不思議に思えてくる。

 それじゃあまるで――――みたいで。


「じゃあ僕は今日も司波さんの配信楽しみに待ってるからね」


「ごめんね。せっかくあんたが改善点を考えてくれたのに」


「気にしなくていいよ。どちらにせよこれからしばらく毎日、こうやって放課後拘束されるんだから」


「こ、拘束って何よ!」


「あ、もうこんな時間だ! 早く帰らなきゃ!」


「あ、ちょっと!」


 自分の探してきた改善点に、こうも真っ向から向き合ってくれようとする司波さんには申し訳ないけど、可愛いクラスメイトと二人きりで放課後の教室にいれるこの時間がこれからも続くと思うと、思わず頬が緩みそうで仕方なかった。

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