2 配信ノート
「はい、しん……?」
そこには確かに「配信」と書かれていた。
いやもしかしたら「はいしん」というだけで「配信」という漢字ではないのかもしれないし、そもそもそういう英単語があったりするだけかもしれない。
これが「配信」と決まったわけではないだろう。
「持ち主の名前は……書いてないな」
一応、表紙も裏表紙も全部確認してみたがそれらしき表記はなく、やはりただ「HAISHIN」の文字だけがでかでかと書かれている。
「も、持ち主を探すためにちょっとだけ……」
僕は恐る恐る表紙をめくる。
もしかしたらそこに何か持ち主を特定するヒントが隠されているかもしれないと思ったからだ。
しかし一ページに書かれてあるのはどうやら何かの目標っぽかった。
というのも箇条書きでいくつか達成するべき項目というのが書かれている。
「えっとなになに……一年間は毎日頑張る?」
一体何を頑張るというのだ。
これを書いた人はもうちょっと具体的に書こうとは思わなかったのだろうか。
「自分でも楽しみながら頑張る?」
だから何を!?
あんたは一体何を頑張ろうとしてるんだ!?
「来てくれた人に幸せな時間だったって思ってもらう……?」
どこに来てくれた人なの!?
ここに書かれてあること全部、どこか情報が足りない。
僕は文字を読み進めていく。
「憧れの人に追いつく……」
それが目にとまる。
ついさっき好きで憧れていた人に振られたばかりの僕には、この目標はもう叶えられない。
これを書いた人は誰に追いつこうと頑張っているんだろう。
出来れば、頑張ってほしいな。
頑張れなくなった僕の分まで、一生懸命頑張ってほしい。
「って僕は何を考えているんだろう」
好きだった女の子に振られて傷心中だったから、柄にもないことを考えてしまった。
思わず頬を掻く。
「というかこのノートの持ち主の手がかり探さなきゃ!」
それとこれまでの目標が一体なんのことかということも出来れば知りたい。
僕はページの下へと視線をずらしていく。
それだけでも色んな目標が書かれているのが分かる。
ただやはり肝心の難に対しての目標なのかがいまいち分からない。
しかしそれは意外にもあっさりと見つかることとなる。
『私の配信道』
それまでの丸文字とは打って変わって殴り書きしたように力強い文字だった。
「って配信道!?」
思わず目を見張る。
つまりこれまでの目標は全部『配信』に対してものだったということ。
つまりつまりこのノートを書いた人は『配信』をしているということ。
つまりつまりつまり表紙の「HAISHIN」の文字は「配信」だったということだ。
「ま、まじか」
まさかクラスメイトに配信者がいるとは思わなかった。
よくよく考えれば目標にある『来てくれた人』というのも『
「い、いったい誰が……?」
「あ、あんたそれ……」
「え……? し、司波さん……?」
どうやら僕はノートを読むのに没頭しすぎていたらしい。
教室の扉が開いたことも、誰かが入って来ていたことも全く気付いていなかった。
ただ今、僕の目の前に立っているのはついさっきまで僕と二人きりで教室にいた司波さんだった。
そしてその司波さんの視線は僕に少しも注がれることなく、僕の手元――拾ったノートに向けられている。
「し、司波さーん……?」
「っ、な、なによっ」
僕の呼びかけにようやくこちらを向く司波さん。
なんだか明らかに様子がおかしい。
しかもこちらに視線が向けられている中で、それでもちらちらと僕の手の中にあるノートを窺っている
こ、これはもしかして……。
僕は持っているノートを少しずつ動かしてみる。
それに釣られるようにして司波さんの視線がついてくる。
「こ、これって司波さんの?」
「ち、違うわよっ!!」
そ、そんなこと言われても、さすがにあからさますぎるだろ……。
これは一種のボケのつもりなんだろうか。
そして僕のツッコミ待ちなんだろうか。
「じゃあ家に持って帰って持ち主が誰かちゃんと探そうかなー」
「はぁっ!? な、なんでよ!!」
「い、いやだってこれ司波さんのじゃないんでしょ?」
「それは……! そうだけど……」
「だったら僕が持って帰って、持ち主の手がかりを探してもいいよね?」
「う、うぅ……!」
涙目で恨めしそうに僕を睨んでくる司波さんは普段とのギャップがあって、ものすごく可愛いです。
思わずもっといじめたくなってしまう。
だけどさすがにこれ以上やっていたら拳が飛んできそうなので自重しておくのが良さそうだ。
「じゃあはい。これ返すよ」
「え……?」
「これ司波さんのなんでしょ?」
「ち、違うって言ってんでしょ!?」
「あーはいはい、じゃあもうそういうことで良いから」
僕は拾ったノートを司波さんに押し付ける。
「それにしても司波さんが配信してるなんて意外だね」
「だ、だから……!」
「?」
――――違うって言ってんでしょ!
くらいの言葉が返ってくると思っていたのだが、司波さんは悔しそうに下唇を噛みながら拳をわなわなと震わせている。
やば、からかいすぎたかな。
しかし今更言ったことを撤回することも出来ない。
ここは早々に退散させてもらうことにしよう。
「じ、じゃあ僕はこれで」
「…………」
僕は一度手を振りながら司波さんの横を通り過ぎる。
思えば告白した時もここまで近づいていなかった。
やはりというべきか、すごくいい香りがする。
女子高生の匂いとは違う、何と言うか好きな人だからこその匂いみたいな感じだろうか。
って振られたし、別にもう好きじゃねーし!?
「……待って」
自分で自分に言い訳しているとき、その声が聞こえる。
それはもちろん司波さんの声ではあるんだけど、今までの強気な彼女の声とは打って変わって、普段からは想像も出来ないほどに弱弱しい声だった。
無視してしまおうものならこのまま散っていってしまうようで、僕は振り返る。
「……私が、もし配信してたりしてたら、どう思う……?」
「どう、って?」
「だから、引いたりしないのか、ってこと……」
「別にしないよそんなの」
心配そうに聞いてくる司波さんに、僕は答える。
だって配信するのが気持ち悪いなんて僕が言える立場ではないし、それに僕だって毎日色んな人の配信を楽しませてもらっている。
そんな人たち全てに対して僕がどうこう言うつもりはないし、言えるわけもない。。
「ほ、ほんと……?」
「う、うん」
だからそういうギャップはずるいんだってば。
女子慣れなんてしているわけもない僕だよ?
好きな人のそういう面を見ちゃって、振られたのにまた再燃しちゃったりしたらどう責任とってくれるんだ。
それともあれか。
この一瞬の間に僕の隠された魅力に……うん、なんでもない。
「ほんとにほんと……?」
「だから本当だってば!」
「そ、そっか……」
後ろでに手を組みながら、恥ずかしそうに目を逸らす司波さん。
あー……そのポーズは胸が強調されて大変よろしいと思います。
普段は慎まし気な司波さんのお胸様も頑張っておられるようです。
目薬というのは本当はこういうものを言うんじゃないだろうか、と思ってしまうほどに眼福な眺めだった。
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