魔王殺害計画(仮)

また太び

第1話 それはある日突然に…

「つまらん」



 王座に座る男はそう呟いた。周りは薄暗い王の間には豪華な装飾が施され、石造りのタイルには燃えるようなレッドカーペットが敷かれており、そのカーペットは王座の階段を下って大きな扉まで続いていた。



「どったの?お兄ちゃん」



 王座に座る男の隣に控えてぼけーっと天井を仰いでいた少女は暇だったのか、男の呟きに対して聞き返した。

 少女の姿は異質だった。見たところ確かに人間なのだが、少女の背中には竜のような大きな翼とお尻に刺々しい尻尾が生えており、竜と人間を混ぜたような姿だった。身長は150cm程度とやや平均より小さく、肌は褐色で白く美しい髪は腰まで流している。だが、小さくとも出るとこは出ているようで、豊満な胸は衣服を押し上げており、悩ましく谷間を作っていた。


 そんな少女の名はイヴァリス・ヴォルクマイスターと言い、この王座に座る男の妹である。

 さて、イヴァリスに『お兄ちゃん』と呼ばれたこの男こそ魔界全度を統べる魔王であり、名はヴェルグス・ヴォルクマイスターと言う。


 妹のイヴァリスと違い、ヴェルグスは竜化をコントロールできるのか、ドラゴン特有の角や翼や尻尾などが出ておらず、肌も至って人間らしい肌色で一見目つきの悪い人間の青年と言ったところなのだが、彼から放たれるオーラは全ての生命を畏怖させる力があった。


 ジャラジャラとネックレスを首につけ、黒衣のマントを纏うヴェルグスの服装は全体的に黒色で統一され、髪も目の色も全てが真っ黒だった。

 そんな彼だが、最近いささか暇を持て余していた。というのも、彼は確かに魔物たちを統べる最強の魔王ではあるのだが、ヴェルグスは争い事を嫌う魔王で、自分の指揮下にある魔物達には人間と争わないことを盟約してあり、ヴェルグス自身人間界の国王とも協定でお互いの領域に侵略しないことを決めていた。



「妹よ、俺はいささか暇だ」


「そう言ってもねえ……お兄ちゃん、何か趣味あったっけ」


「ない」


「人間界の女性を見てにやにやするくらいだもんね~」


「違う!!それは趣味ではない!」


「まぁどっちにせよ、つまらない趣味を持っていることに変わりはないわけで……何か新しい趣味でも見つけたら?」


「そうは言うが……妹、お前は何か趣味でもあるのか?お前は四天王統括という立場上俺の傍から離れられない毎日だが、暇ではないのか?」


「暇だけど、私はお兄ちゃんが好きだから顔さえ見れればそれでオッケー!」



 満面の笑みを見せるイヴァリスにヴェルグスは心底気持ち悪い表情を浮かべてしっしと手を振る。



「はいはい、冗談だってば。そだね~最近はカジノに行っているよ」


「カジノ…?あぁ、数か月前に申請書が来ていたあの件か」


「そそ、最近出来たんだ~。人間世界にあるギャンブルらしくて、これがなかなか面白いんだ。景品も人間世界でも魔界でも希少な景品を取り揃えていてね、結構ガチだよ」


「ほう…?お前がそう言うのならそうなんだろうな」


「あ、それで思い出したけど、これお兄ちゃんにあげる」



 イヴァリスはそう言って小さな箱をヴェルグスに差し出した。オルゴールでも入っているような本当に小さな箱で、中に何が入っているのか全く想像出来なかった。



「なんだこれは?」


「さぁ?」


「さぁってお前な…」


「いや、カジノの景品で一番高いもの交換してきたんだけど、お店側もさっぱりなんだってさ」


「そんなもの俺によこしてどうするつもりだ」


「他意はないよ?ただお兄ちゃんの暇つぶしになるかな~って」


「……一番高いと言ったが、俺に渡して良かったのか?」


「うん。これでもお兄ちゃんの部下だしね。トップがむすーっとした表情でいられるとこっちも困るし、何かしてあげたくなるじゃない?」


「……………イヴァリス、ありがとうな」


「お!お兄ちゃんからお褒めの言葉をいただいたよ!これは永久保存ものですな~」


「全く調子がいいやつめ」



 小さく礼を言ったヴェルグスの言葉を聞き逃さなかったイヴァリスは嬉しそうに身体をくねくねさせて喜ぶのであった。



 その夜、ヴェルグスは寝室で傍付きのメイドを下がらせ、今日リヴァリスに貰った小さな木箱を手で弄んでいた。

 開く気配はない。鍵穴もなく、これが一体どういう仕組みで開くのかがさっぱり分からなかった。力任せに開けてしまっては己の力が強すぎてこの木箱を破壊してしまうだろう。そう考えたヴェルグスは一旦木箱のことを棚に上げて今は寝ることにした。どうせ暇なのだ、明日起きた時に妹と一緒にこの木箱を開ける手段を考えよう、そう思いながらヴェルグスは眠りの世界へと落ちていった。







 チュンチュン――――魔界では決して聞くことがない鳥のさえずりを聞いてヴェルグスは目を覚ました。身体全体で感じる粗悪な作りのベッドの感触、ホコリの臭い、感じるもの全てが彼を不快な気持ちにした。



「なんだこれは…!」



 怒りと共に身体を起こすとそこは見慣れない部屋だった。ガラスの窓から差し込む光は大気中に漂うホコリを映し、先ほど怒りを覚えていたヴェルグスの怒りはどこかへ行ってしまったようで、彼はぽかーんと数分間呆気に取られていた。


 一瞬イヴァリスの悪戯かと睨んだが、外の景色は魔界とは全く違う。少ない雲が浮かぶ青空に緑いっぱいの草原。風車はゆっくり回り、遠くに見える牧場には人間たちが食すと言われる何十頭もの牛が放し飼いにされていた。

 一体何が起きたのかさっぱり分からなかった。それもそうだろう、目が覚めたらいつもの魔王城ではなく人間世界のこんな地図にも載っているのかすら怪しい辺境の地にいたのだから。



「なッ!?」



 部屋にあった鏡を覗けばそこには知らない青年の顔があった。平凡と言うに相応しい特徴のない顔つきで短い茶髪と覇気のない目。服もなんとまぁ手作り感満載のぼろそうな布の服。ヴェルグスは自分がこんな服を着ていることに怒りを覚えた。



「俺が!何故!!」



 ヴェルグスの怒りに反応して両手の握りこぶしからドス黒い炎が巻き起こる。前の自分と比べて魔力は半分程度になってしまっているらしい。本来なら家ごと燃えてしまうくらいだが、ヴェルグスは改めて自分が置かれた状況を再確認することで怒りを収めた。



「まぁいい。外に出て魔王城と連絡を取らねば」



 自室を抜けるとそこには朝ご飯を用意していた自分より3歳くらい下の少女がいた。



「あ、兄さん。おはようございます。今シチューとパンが出来ましたので、食べてください」


「ん?お前は………誰だ?」


「え…?」



 人間界の中では美人に分類される茶髪を一つにまとめてお下げにした少女の身体が凍り付いた。



「あ、あの…兄さん、私です。妹のミリアです。ミリア・ハーベンです…」


「知らないな。しかし、ここは一体どこだ…?見たところ人間界のようだが…」


「うっ…!」


「あ、おい!俺の質問に答えろ!」



 ミリアは目に涙をいっぱいにして浮かべるとそのまま顔を両手で覆ったまま家を出て行ってしまった。一瞬の出来事でヴェルグスは置いてけぼりを食らってしまい、どうしたものかと考えていると彼のお腹が空腹を訴えた。



「む、あまり出来がいいとは言えない食事だが、これで腹を満たすとするか…」



 今しがた分けたばかりの熱々のシチューへちぎったパンを付けて口に運ぶ。



「―――!?う、うまいではないか…!」



 初めて食べたシチューに感動を覚えたヴェルグスはあっという間に完食してしまうのであった。





「………」



 腹を満たしたヴェルグスは家の裏庭で魔法陣を描いていた。城にいる妹のイヴァリスに届く魔法を描いており、最後に自分の魔力を魔法陣に通すと魔法陣は淡く紫色に輝きだす。



「妹よ、聞こえるか」


『え?誰アンタ?は?え?あれ?私の魔法陣知っているのは世界でただ一人のはずなんだけど…あえ?』


「俺だ、ヴェルグスだ」


『はぁ!?そんなモブっぽい声で私のお兄ちゃんの名前を言うな!貴様!何故私の魔法陣を知っている!返答次第では今すぐ貴様が発している魔力を逆探知してぶっ殺しに行くからな!』


「聞けイヴァリスよ!」


『は、はい…ってなんでモブっぽい声なのにどこか威厳があるんだろう…』


「朝起きたら何故か人間世界の知らない場所で知らない男になっていたのだが、そちらはどうなっている」


『え、ガチでお兄ちゃんなの?え、でもそっちで四天王と仲良く話しているお兄ちゃんは…』


「なに!?俺がいるのか!?」


『う、うん……前より陽気になった感じのお兄ちゃんがいるよ…?」


「一体どういうことだ……おい、イヴァリスよ。今すぐ俺の元へ来い。俺が発している魔力で居場所は分かるだろう」


『あ、うん。行くのは構わないけど……あなた本当にお兄ちゃんなの…?』


「そうだと言っただろう。俺も認めたくはないが、どうやら俺は人間界の男と入れ替わってしまったらしい」


『えええええ!?お、お兄ちゃん大丈夫なの!?』


「今のところ問題はない。魔力は半分程度になってしまっているがな」


『あ、えと、何か持ってきてほしい物とかある…?』


「ふむ……俺の秘蔵の剣と服をもってこい。だが、人間界で歩く服だ。あの服は捨てがたいが、あまり目立たないような服が望ましい。お前のセンスに任せたぞ」


『分かった!大至急もっていくね!』


「では通信を切る」


『あい!また後程ー!』



 通信を切ると同時に魔法陣が消えていき、ヴェルグスは難しい表情をしながら今後のことを考えていた。そこへ一部始終を見ていたミリアが――――



「あ、あの兄さんそれは一体…」


「む?」



 彼女は怯えていた。



「あぁ、魔法だ。ミリア、と言ったか。君は魔法を見るのは初めてか?」



 小さい頃から見てきた兄の顔と声で違う誰かが喋る恐怖。ミリアはガタガタと震えながら頷く。ヴェルグスは最初も言った通り争いを嫌う魔王だ。よって出来るだけこの世界の情勢に詳しい人間に恐怖を覚えられることは好ましいことではない。



「ミリア、少し話をしよう。君も朝食はまだだろう?」


「は、はい」



 とりあえず彼女には真実を伝えることにした。今更隠せることでもないし、もう薄々彼女だって気付いているはずだ。もう自分の知る兄はいないと。



「これはシチューと言ったか。とてもおいしい料理だ」


「あ、ありがとう…ございます…」



 温め直したシチューを食べながらヴェルグスはどう話を切り出したらいいか迷っていた。



「………」


「あの、あなたは先ほど人間界と言っていましたよね…」


「そうだな」


「もしかして記憶がないんじゃなくて…」


「そうだ。君の知る兄の記憶は持ち合わせていない。この身体に宿る魂は、魔界を統べる魔王。ヴェルグス・ヴォルグマイスターのものだ。この名に覚えは?」


「はい……魔物を支配下に置き、遠い遠い異国の地で城を構えていると…」


「俺の名は知っているか………―――君の兄の名は?」


「アシュルク・ハーベンです」


「なるほど。後にこの家に俺の妹がくる。そこで彼女に聞いてみよう」


「あ、妹さんがいるんですか?」


「む?気になるのか?」


「あ、いえ…すみません」



 妹、という言葉に反射的に反応してしまったミリアは申し訳なさそうに顔を下に向けた。



「謝る必要などない。君の質問だが、俺には妹がいる。公の舞台に出たことは一度しかないが、イヴァリス・ヴォルグマイスターという」


「……そう、ですか…」


「…まだ憶測の段階なのだが、俺と君の兄の魂が入れ替わっている可能性がある」


「え!?」


「君の兄は陽気な性格だったか?」


「は、はい!とても明るくて誰にでも好かれるような、まるで太陽のような人なんです!」


「そうか。イヴァリスの報告と一致しているな。ふむ、本当に俺と入れ替わっているのか…?」


「あ、あの、兄は…兄さんは戻ってこないんですか?」


「分からない。俺も今自分の身体に戻る手段を模索しているのだが、こんな事態初めてなのでな。俺自身も混乱しているのだ」


「………」


「すまないな。君の兄に何の罪もないのだが、このような事態になってしまって」


「ヴェルグスさんは悪くないです……あの、おかわりしますか?」


「ん、あぁ!是非頼む。君が作るシチューはとても美味しい。メイド達が作る料理もそれなりのものだが、ここまで心が温まるような料理は初めてだ」


「お口にあうようで何よりです」



 至福の笑顔を浮かべるヴェルグスにミリアは彼と会ってから初めて笑みを浮かべた。




 それから2時間後。巨大な魔力の波動を感じてヴェルグスはミリアと共に外に出た。村の人々も大地を揺るがす魔力の波動を受けて何事だと外に出ており、ヴェルグスは空を見上げた。

 すると、突然時空が歪みはじめ、激しい稲妻をまき散らしながらイヴァリスが現れた。



「おお!よくぞきた我がいもう―――――何があった!!」


「お、お兄ちゃん…」



 転移が完了すると同時に傷だらけのイヴァリスが空中に投げ出され、持ってきた荷物が地面に落ちる中、ヴェルグスは気を失っている妹の身体を地面に激突する前に滑り込んで抱きとめた。



「おい!イヴァリス!イヴァリス!!」


「ヴぇ、ヴェルグスさん!村のお医者さんが!」


「おお!医者よ!我が妹を!」


「き、君は確かミリアちゃん家のお兄さんだよね…?ず、随分と性格が違っているような…」


「そんなことはどうでもいい!早くしろ!!!」


「は、はいいいい!とにかく医務室に!」



 魔王の波動を受けて気が飛びそうになる医者だったが、指示を飛ばして村人と協力してイヴァリスを病室に運んで行った。








「医者よ、どうなのだ!」


「大丈夫です。意識を失っているだけのようですから。しかし、先ほどまで致命傷を受けていたはずなのですが、この傷の治りの速さは一体…」


「当然だ。我が妹だからな。医者よ、妹はどれくらいで目を覚ます?」


「そんな根性論みたいな話では……ええっと、この傷の治りの速さからすると今晩中には目を覚ますでしょう」


「良かった……感謝する」


「いえ、これは医者として当然のことなので」


「では、妹が目を覚ましたら俺の名前を言い、じっとしているよう言うのだ」


「あ、はい。えっと、ヴェルグスさん…でしたか」


「そうだ」



 丸ハゲの小太りな中年の医者はヴェルグスの存在に終始目を白黒させていた。




「あ、おかえりなさい。にい―――ヴェルグスさん」



 病院を後にしたヴェルグスが家に帰るとミリアが昼食の支度をしていた。自分のことを兄だと言い間違えた彼女は、気まずそうに言い直し、昼食の支度に戻る。



「ただいま戻った。俺の荷物は?」


「あ、それならヴェルグスさんの自室に」



 ヴェルグスは何も言わない。兄との折り合いをつけるのはあくまでミリア自身で決めることであり、自分が口出しすることではないと思ったからだ。



「分かった」


「あ、あの……妹さんは大丈夫だったんですか…?酷い怪我をしていましたが…」


「問題はない。既に傷は消えていた。医者が言うには今晩中に目を覚ますそうだ」


「え!?」


「我が妹イヴァリスはああ見えて四天王を統括する俺の右腕だ。あの程度の傷で死なれては困る」


「それにしては結構な慌てぶりでしたが…」


「と、当然だろう!たった一人の家族なのだ。心配もする」


「す、すみません…」


「……ミリアよ。そのすぐ謝るのは君の悪いくせだ。早々に直すといい。せっかくの美人な顔もそんな沈んだ顔をされてしまっては台無しだ」


「え……」



 ヴェルグスはそう言って自室に戻った。彼のテーブルには白銀の鞘に入った長剣と青色の布のポーチがあり、ちゃんと注文したものは全て持ってきたようだ。ヴェルグスは青色のポーチに手を突っ込むと中から衣服、靴、指輪、ネックレスなどこんな小さなポーチに到底入りきらないような物をぽいぽい取り出し、そして身に着けていく。

 いわゆるこれは魔法のポーチという奴で、魔界の賢者に作らせた魔法の道具である。指輪もネックレスも魔法の加護があり、彼の意志に反応して様々な効果を発揮する。



「よし、こんなところか。人間界ではこの程度の服装がいいだろう」



 どうやらイヴァリスは自室にあったもの全て片っ端から持ってきたようで、まだまだポーチの中にアイテムが眠っているようだった。



「流石我が妹だ。期待以上の働きを見せてくれる」



 自分の中の妹の評価を上げつつヴェルグスは自室を出た。







「あれ……ここは…」


「おお、目が覚めたかい。ええっと、ヴェルグスさんがここに来るそうだから、それまで大人しく待っていてくれとのことだよ」


「あぁ……そうか、私は…」



 日も暮れ始めたところでイヴァリスは目を覚ました。まだ意識が完全に覚醒しきれていないが、自分の兄の名を聞いてイヴァリスは大人しく大好きな兄が来るのを待った。

 それから数十分後、ヴェルグスはミリアを連れて妹の病室を訪れた。



「目を覚ましたか」


「あなたがお兄ちゃん?」


「そうだ。お前の兄だ」


「あぁ……うん、確かにこの魔力はお兄ちゃんのだ…で、そっちの人間は?」


「俺の入れ替わった男の妹だ」


「ミリア・ハーベンです…」


「ふぅん……―――あ!!!それでお兄ちゃん大変なんだよ!」


「なんだ騒々しい。まずは順を追って話していけ」


「えっとね!もう1人のお兄ちゃんが人間世界と戦争をするつもりなんだよ!!」


「なんだって!?」


「え、それは一体どういう…」


「イヴァリス、詳しく話せ」


「あのね、お兄ちゃんと通信を終えた後に急にもう1人のお兄ちゃんの様子がおかしくなって、人間は滅ぼすとか言い始めてさ、そりゃもう雰囲気的にやばいもの感じた瞬間、魔王の気に当てられた四天王たちも戦争する気になって軍を動かし始めたの。私は仮にも魔王の娘だからそんなに影響はなかったんだけど、もう1人のお兄ちゃんが私を反逆罪で監禁するとか言って四天王をけしかけてきたから、傷だらけになりながらも荷物まとめて命からがら転移してきたってことなの。分かった?」


「……大体理解できたが、四天王とやりあって大丈夫だったか?」


「4対1は初めてだったけど、何とかなるもんだった」


「随分あっさりしてんな」


「まぁね。それでお兄ちゃんどうするよ。このままじゃ魔界の平穏が失われちゃう」


「………」


「ヴェルグスさん…」


「どうやら元の身体に戻るどころではなくなったようだな」


「お兄ちゃんまさか―――」


「イヴァリス、もう1人の俺を倒しに行くぞ」


「まぁそうなるよね」


「え、もう1人の自分を倒すって…」


「ミリア、すまない。どうやら君の兄は俺の魔王としての魔力に耐えきれず意識が破壊衝動に乗っ取られてしまっている。このまま放っておけば魔界と人間界の大戦争が起こってしまうのだ。だから、俺は君の兄を殺さなくてはならない」


「そんな…!でもそんなことしたらヴェルグスさんの身体が!」


「この女の兄を庇うわけじゃないけど、お兄ちゃんは自分の身体はどうでもいいの?」


「ふ、この際構わんさ。自分の身体より魔界の平穏だ。出立だ、イヴァリス」


「あいあいさー。で、どこ行く?」


「まずはこのことを聖都にいる国王に言わねばなるまい。もしも俺達がもう1人の俺の殺害に失敗した場合に備えなくてはならない」


「おーまるで私達勇者だね」


「たまにはこういうのも悪くはないだろう?途中魔物達と戦闘になる恐れがあるが、腕は鈍っていないな?イヴァリスよ」


「さっき四天王と戦闘した分には問題なかったよ。そういうお兄ちゃんこそその身体でやれるの?」


「問題はない。イヴァリス程度片手で捻り潰せるわ」


「言うねえ」



 ベッドから降りたイヴァリスは背伸びをし、両手を組んでポキポキ指を鳴らすと突然ヴェルグスへ右こぶしを振りぬいた。


 パアアアン――――!!!


 ヴェルグスがイヴァリスの拳を左手で受け止めた瞬間病室内を凄まじい衝撃が駆け抜けた。突然の出来事に心構えが出来ていなかったミリアや医者は恐怖で目を瞑ってしまい、一体何が起きたのか分からないようだ。



「おお、結構力込めたんだけど、流石魔王様ってところか~。私程度の魔力じゃ足元にも及ばないようだね」


「当たり前だ。さぁ、くだらないやり取りもここまでだ。行くぞ、イヴァリス」


「ほ~い」


「………短い間だったが、世話になったな。ミリアよ、世界が今一度平和になったその時、また君に会いに来よう」


「…………あんたミリアって言ったっけ」


「はい…」



 振り返らず出て行った自分の兄に何か思うところがあったのか、イヴァリスは赤色のポーチから竜の角で出来た角笛をミリアに渡した。



「今の状況的に考えてあんたは私の義妹ってことだから、簡単に死なれても困るし、それ渡しておく。もしこの村に魔物が襲ってきたときはそれを吹きなさい。私の眷属があんたを守ってくれる」


「イヴァリスさん……ありがとうございます」


「いいっていいって。それじゃ、ばいばい」



 竜の翼をひょこひょこ揺らしながらイヴァリスもまた病室を出て行った。



「か、彼らは一体何者なんだ……」


「………お兄ちゃんとお姉ちゃん…です」



 嵐のように去っていった2人を見て医者は茫然と呟いたことに対し、ミリアは角笛を握りしめながら2人の安全を祈った。

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