9 撮

 ターミナル駅で元ノリの良い女性と別れ、ぼくが実家に向かう。

 そのときになって初めて、元ノリの良い女性の連絡先を聞いていなかったことにぼくが気づく。

 が、後の祭り。


 ……となれば、やはり気になるのは白い衣装の人のことだ。


 けれども何も起こらないまま、その月が終わる。

 翌月も半分過ぎる。

 短い梅雨も終わり、季節は夏になっている。

 けれども、ぼくの散歩は変わらない。

 里山と城址公園を交互に訪れる。


 そのうち、ぼくはあることを思いつく。

 白い衣装の人の出没先を予想したのだ。

 朝早くから里山と城址公園にいたのだから遠くの住人ではないだろう。

 ぼくと同じか、あるいは隣接する地域に住んでいるはずだ。

 ぼくには白い衣装の人の考えはわからないが、妖精の格好をし、人のいない公園にいたいらしい、ということまではわかる。


 ……とすれば別の公園に現れるかもしれない。


 前に調べた通り、近隣に緑の地区は幾つもある。

 その中に白い衣装の人が現れる候補がないだろうか。

 どんな公園でも昼には大勢の人がいる。

 だから人がいない/少ない時間帯は朝だ(深夜を除く)。

 そして朝早く公園を訪れるのは近隣住人が殆ど。

 ぼくのような散歩者を除けばだが……。

 朝の公園訪問客で多いのは犬の散歩、老人の散歩(リハビリ含む)、ランニング(老若男女問わず)だろうか。

 もちろん絶対数は昼の比ではない。

 公園を訪れる人の数が少なければ時間のポケットも現れる。

 二回目に、ぼくが白い衣装の人と出会ったときのような。


 そんな考えに基づき、ぼくは幾つもの公園を試す。

 実際に行ってみなければわからないこともあり、朝でも人が多い場所がある。

 反対に里山や城址公園のように朝には人が少ない場所もある。

 が、それで白い衣装の人に会えたかといえば、答えは否定句。

 ぼくの焦燥が募っていく。


 転機が訪れたのは親の用事から。

 近くに住む親戚の家に品物を届け、帰りに近くの寺に寄ったときのことだ。

 前日の夜にぼくの母親が親戚の家に確認の電話をかけると、翌日は出かけるので、来るなら朝早くにしてくれ、と言う。

 母親が電話をかけた時間は夜もまだ早い頃だったので、それならば今から尋ねようか、とぼくが提案すると、もう寝るから無理、という返事。

 それで朝六時前、ぼくが親戚の家を訪ねる。

 ぼくには品物を届ける以外の用事がないし、親戚の方も出かける支度で忙しい。

 それで玄関先で品物を渡し、すぐに親戚の家を去る。

 こんなにバタバタと渡すようなモノがあるのか、とぼくは思うが、ぼくの母はせっかちで、することを先延ばしにするが嫌いだから仕方がない。


 ……それはともかく、親戚の家近くには有名なお寺がある。

 小説の登場人物にもなった有名人が祭られている菩提寺なのだ。


 特にすることもないので、ぼくが久し振りに寺に寄ろうかと考える。

 それで出向くと大きな山門が開いている。

 寺の朝は早い。

 が、人の姿はない。

 参道を通り、親戚の墓に向かう。

 そこで一度手を合わせ、有名人の墓に向かう。

 幕末の有名人だが、最後は暗殺されるので幸福とはいえない。

 そんなことを考えながら墓に手を合わせると背後に気配。

 振り返ると、白い衣装の人がいる。


 前二回ぼくと出会ったときのように目を見開き、ついで困ったように笑みを浮かべる。


(またしても、あなたなの……)


 顔つきがぼくにそう語る。


「お久しぶりです。いずれまたお会いできるとは思っていましたが、本当にお会いできるとは思っていませんでした」


 白い衣装の人は答えない。

 ただじっと、ぼくのことを見つめている。

 ついで意を決したように緑白茶のリュックサックからデジタルカメラを取り出す。

 それをぼくに渡す。

 自分のことを写せとジェスチャーする。

 ぼくには意味がわからないが、頼まれたからには引き受ける。


「何処を背景に写りたいんですか」


(あなたに任せるわ)


 とぼくには思える仕種。


「では幕末の有名人のお墓の前で……」


 カシャ。


「もっと撮りますか」


(そうしようかな)


「じゃあ、動いてください。あなたが動く姿を追いかけますから」 


 ぼくが頼むと白い衣装の人が歩き始める。

 その動きが優雅で、ぼくが見惚れる。

 が、写真を写すことも忘れない。


 カシャ、カシャ、カシャ。


 白い衣装の人をぼくが撮影し、暫くすると、ランニングスタイルの人が現れる。

 物珍しそうに、ぼくと白い衣装の人を見る。

 が、すぐに走り去る。

 自分がそこにいるのが場違いと感じたか、あるいは頭の可笑しな人たちに関わるのは止めよう、と思ったかのどちらかだろう。

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