8 失
ぼくとノリの良い女性が上りホームに至る直前、電車が発車。
それで白い衣装の人(三色リュックサックの人)を取り逃がす。
「電車、行っちゃいましたね」
「ですが、追いかけることはできますよ」
「あなたは面白い方ですね」
「そのようです。友だちにも良くそう言われます」
ぼくとノリの良い女性が次の電車を待つ位置に移動。
ホームに風が吹き、火照った身体を冷ましてくれる。
「立ち入ったことを伺いますが、今日はどういうお約束を……」
「友だちと民家園を見に行くはずでした。その後は計画なしに遊ぼうと……」
「そうだったんですか。ドタキャンですか」
「ええ。友だちは大学の助教をしていますが、教授に呼び出されました」
「日曜日の朝にですか」
「そういう教授らしいです」
「大学はブラックなところもありますからね」
「用が済めば連絡をくれる約束になっています」
「なるほど」
「ところで、こちらも立ち入ったことを伺っても構いませんか」
「はい、どうぞ」
「あなたが追いかけている人は、もしかしてあなたの恋人ですか」
「いいえ、まるで知らない人です」
「まるで知らない人ですか……。では何故追いかけるのですか」
「本日偶然ですが、二度目に出会い、決めました。決めた理由はわかりません」
「それは恋ですね。一目惚れ。いえ、二目惚れかな」
「恋なのですか」
「もしかしたら違うかもしれませんが……」
「妖精のような恰好をしていたのです」
「それで、あなたは恋されたのですか」
「さあ、恋かどうかは……」
そこまで会話したところで急行が来る。
「さっきの電車が各駅停車でしたから追い越しますね」
「そうですね」
降車客が降りるのをドアの横で待ち、ドアの真ん前で待っていた人たちを先に乗せてから電車に乗る。
「最近、降車客が降りる前に電車に乗る人が結構いますよね」
「ええ、若い人にも、お年寄りにも」
「親が躾けなかったのでしょうか」
「その場合は、その親も躾けられなかったのでしょうね」
休日とはいえ、朝八時過ぎの急行だから開いた席はない。
だから、ぼくとノリの良い女性は立って話す。
「通過する駅のホームを見張っていた方が良いですかね」
「そうですね」
それで通過駅のホームに目を凝らす。
五駅乗ればターミナル駅。
いや、休日だから一駅増え、六駅か。
次の停車駅は隣駅だから通過駅はない。
また見通せる範囲、ホームに白い衣装の人(三色リュックサックの人)の姿はない。
その次の停車駅まで通過駅が三駅。
白い衣装の人(三色リュックサックの人)の姿はない。
次の次の停車駅まで通過駅が二駅。
白い衣装の人(三色リュックサックの人)の姿はない。
その駅で先の各駅停車を急行が追い越す。
だから、ぼくとノリの良い女性が急行を降りる。
「この先、どうしましょうか」
「各駅停車に乗り代えましょう」
ノリの良い女性が即断する。
ついで乗った車両内を一緒にまわる。
「結局いませんでしたね」
「確かにいませんでしたが、見落としの可能性もあります」
「……というと」
「この電車を降りて、各駅停車で戻る手があります」
「確かにそうですが、それで発見できる可能性は雲を掴むようなものです」
「まあ、そうですが……」
「ここまで付き合っていただいたお礼にお茶でも奢りますよ」
「そうですか。では遠慮なく奢られましょう」
それで駅の改札を抜け、商店街に喫茶店を探す。
日曜日の朝だから開いている店が限られる。
だから選べないが、数がゼロではなかったので、缶コーヒーをベンチでという展開にはならない。
頼んだのは、どちらも珈琲。
互いの名を名乗り合い、ノリの良い女性が特定個人に変わる。
ノリの良い女性にとっても同じだろう。
四方山話を数分していると彼女のスマホに連絡が入る。
「助教の友だちが教授から解放されたようです」
一言ぼくに告げ、通話に戻る。
通話を終え、
「この先の予定を決めました」
と、ぼくに言う。
「お友だちと遊ぶんですね」
「……ということで、久世さんとは、ここでお別れになります」
「これまでお世話になりました」
「いいえ、こちらこそ愉しい思いをさせていただきました」
そんな挨拶を交わし、ぼくと轡田さんが喫茶店を出る。
轡田さんは友だちとの合流点に向かい、ぼくは家に帰るつもり。
だから二人とも、もう一度電車に乗る。
しかもターミナル駅まで行き先が一緒。
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