6 惑

 さて、どうしたものか、とぼくが惑う。

 距離も時間も大して離れず経っていない。

 それで白い衣装の人の後を追いかけようと決心する。


 ストーカー心理とはこういうものなのだろうかと訝りつつ、少し進むと向こうから人がやってくる。

 白い衣装の人のことを問うと知らないと首を横に振る。

 違う道を行ったのだろうか。

 とにかく、ぼくが後を追う。


 階段状の木の通りは、その先も木(木板)となっており、パンプスで歩けばカツカツカンカンと音が聞こえるはず。

 が、耳を澄ませても、まったくそんな音がしない。

 分岐があったが、平坦で歩き易い道をぼくは選ぶ。

 夜にはホタル見物の人で道が溢れるのだろうか、と思う余裕もない。

 やがて公園の『ホタルの里』区画の行き止まり、坂下の小広場まで辿り着く。

 が、白い衣装の人の姿はない。

 それで諦めて階段を昇る。

 ホタル保護のためなのか最初は木だが、途中から階段がコンクリートに代わる。


 ちなみにコンクリート階段の方が滑り難い。

 だから気を張らず、坂を昇れる。

 十メートル以上の段差を昇り切ると舗装路に出る。

 右手側に門

 当然開門されている。

 その方向が緩い昇り。

 反対の左手側が下り。

 土地勘はないが、右手方向に進めば大学があると知っている。


 ……ということは左手側が公園の出入口に向かっているはず。


 喉が渇いてきたので自販機を探す。

 大学側に、それが見える。

 初めて気づくが公園案内所が、その近くにある。

 時間的に、まだ閉まっていたが……。


 考えた末、ぼくは公園出入口方面に向かうことに決める。

 白い衣装の人は公園近隣の住人ではなさそうなので、家に向かうには電車に乗るだろうと考えたのだ。

 舗装路の坂をぐるりと下り、そこから緩い勾配の坂をさらに下る。

 それで漸く公園の出入口だ。

 十分近くかかっただろうか。

 公園出入口の先に続く道路を見渡すが、白い衣装の人の姿はない。


 ……とすれば、まだ公園内にいる可能性もある、ということか。


 そう思い、ぼくが公園内を振り返る。

 そろそろ午前八時になるから人の数が増える。

 もっと早い時刻だと犬の散歩組が多いが、この時刻だと、ぼく同様リュックサックを担ぐ男女が多い。

 不意に気づき、公園内に引き返えそうと決める。

 白い衣装の人の白い衣装がコスプレならば、その姿で電車に乗ることはないはずだ。


 ……とすれば公園内で着替えるはず。


 着替えるとすればトイレくらいしか場所がない。

 少なくとも、ぼくには他を思いつけない。

 そういう推理を、ぼくがする。

 が、推理をしても、女子トイレを見張る勇気がぼくにはない。

 時折目を向けるくらいなら平気だろうが、このご時世、不審者と間違えられれば将来が壊れる。

 もっとも厳密にいえば、ぼくは既に不審者なのだが……。

 あるいは不審者予備軍か。


 取り敢えず、ぼくは園内に戻り、芝生広場のベンチに座る。

 園内には幾つものトイレがあるが、その一つが道を隔てた広場の外にあったから。

 その日だけのことかもしれないが、女性より男性の方がトイレに入る回数が多い。

 殆どはすぐに出てきたが、中にはお腹を壊した人もいたようだ。

 自分がお腹を壊した立場で誰かに観察されていたら厭だなと思いながら観察を続ける。

 が、十分ほど続けると、もう飽きてしまう。

 白い衣装の人が使っていたリュックサックと同じリュックサックがトイレ近傍に現れない。


 白い衣装の人が使っていたリュックサックは背に当たる部分とショルダーストラップ(背負うためのベルト部)が緑、背は白地に茶色ポケットで結構可愛い。

 白い衣装の人は趣味が良いのだ。

 けれども考えてみれば、良くあの大きさがあったものだ。

 海外の可愛いモノ扱い系店舗で手に入れたのだろうか。


 物は試しと園内の別の場所に目を向けるが同じこと。

 白い衣装の人と似たような配色のリュックサックは現れない。

 ぼくが使っているのは良くある黒地のリュックだが、園内の人が背負うリュックサックは色様々。

 原色系、パステルカラー系、迷彩色、プリント系。

 けれども緑白茶のリュックサックは見当たらない。


 ……と思っていたら、遠くで動く。

 しかも二つ。


 遠目だから似た配色なら同じ感じに見えるだろう。

 けれども、どちらかは非白い衣装を纏った白い衣装の人のはず。


 ぼくがリュックサックに向かい、走り出す。

 リュックサックは二つあるが、方向的にはかなり近い。

 が、ぼくが走り始めたところで二つのリュックサックの動きが分かれる。

 一方は出入口に向かい、もう一方は舗装路に向かう。

 先ほど、ぼくが下った舗装の坂。

 そこを足早に昇り始める。

 だから、ぼくが困ってしまう。

 思わず足も止めてしまう。

 どちらを追いかければ良いのだろう。

 弱ったことに二人の身長に大差がない。

 すぐ近くで見れば違うだろうが、距離があるので判別不可。

 着ている服は違うが……。


 一方がパンツスタイル(薄いオレンジ)、もう一方が膝下丈のスカート(白)。

 それぞれ舗装坂と出入口に向かっている。


 ……と、ぼくがあることに気づく。


 片一方の人が履いているのは黒い靴。

 パンプスかどうかはわからないが色が黒い。

 もう一方の靴の色は白。

 こちらも種類はわからないが……。

 だから、ぼくは舗装坂を昇るパンツスタイルの方を追いかける。

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