2 由

 文字通り、あしらわれ、あの場から追い払われたぼくだが、想いは募る。

 白い衣装の人への想いを引き摺りながら、道なりに里山内の丘を降りる。

 途中蜘蛛が道を跨いで巣を張っていなかったから、白い衣装の人がその道からあの広場に向かったとわかる。

 さらに道を下ると分岐したが、蜘蛛の巣の状態を判断材料に白い衣装の人が通ったと思われる道を選ぶ。

 五分もかからず里山メインストリート2(前のものとは異なる)に丘道が合流。

 少し戻れば、ぼくが最初に昇って来た舗装路がある。


 そもそも、ぼくは何故里山に出かけてみようと思ったか。

 深い考えはない。

 会社が休みの朝に散歩をする習慣をぼくは持っている。

 学生の頃から継続された習慣だ。

 ぼくが新卒で今の会社に勤めて二年。

 社会不況の影響でまだ後輩はいないが、来年は設計部門に入る予定だと課長から聞く。


 会社の所在地がぼくの住む実家から通える距離にあったので、ぼくはまだ実家住まいだ。

 社会人三年目にはアパートに移ろうと考えているが、まだ先のこと。

 具体的な行動には出ていない。


 ぼくはこれまでいろいろな散歩を試みている。

 実家から歩いて出かける徒歩の散歩が基本だが、今ではあまり試みない。

 ではどうするのかというと、まず家から最寄りの電車駅まで歩き、そこから別の電車駅に向かう。

 降車する駅は大小公園の最寄駅だったり、有名なお寺や神社の最寄駅だったり。

 降車駅から公園などに向かい、一周か半周し、実家に向かう。

 そこから実家までの距離が遠過ぎるときは、また別の電車駅に向かう。

 それが第二の基本。


 珍しい例では送電鉄塔を追いかけた散歩がある。

 あのときの最初は自転車だったが、鉄塔の終わりを見つけ、あっ、と驚く。

 要するに小さな変電設備に引き込まれ、送電線が終わっていたのだが、それまで送電線は幾つもの変電所を経由し、全国何処までも続いくものだと思っていたから驚いたのだ。

 あのときの送電線は鉄道用。

 以来暫くの間、十以上の送電鉄塔を追いかける。

 送電鉄塔にそれぞれに名前が付いていることを知ったのも、そのときのこと。

 最後には都心から郊外(丘陵部)まで続くTという送電鉄塔を第一番から第七十七番まで数回に分けて辿る。


 話が跳んだが、散歩をする場所(経路)に突然飽くことがある。

 慣れた同じ道を何も考えることなく歩くのは愉しいが、不意に飽いてしまうのだ。

 そうなれば新しい散歩場所(経路)を探さなければならない。


 ぼくは大抵地図に頼る。

 今度の場合は実家から電車で数十分の距離にある大きな緑を探したのだ。

 幾つも見つかるが、その中には当然自分の知る場所が多くある。

 二十四年も住んでいる地区でのことだから当たり前。

 けれども知らない場所もある。

 理由は簡単で日頃電車で向かわない位置にあったのだ。

 だから向かうには電車の乗り換えが必要になる。

 その路線はぼくの知らないものではないが、乗った回数が生涯で数えるほど。

 ぼくが会社で営業職に就いていたなら、あるいは近くに出向くことがあったかもしれない。

 けれども、ぼくは開発部員。

 出張やセミナーには出かけるが、基本内勤者だから、出向く範囲が限られる。


 話を戻すが、地図に見つけた知らない緑の中から、ぼくは比較的大きく、また家から近い場所を選ぶ。

 造成地(非緑)とゴルフ場(緑)が隣接した一区画。


 それで散歩に出かける先は決まったが、その週末は久し振りに高校時代の友人と遊ぶことになる。

 だから実際に里山に出かけたのは翌週末。


 最寄駅で降り、少し迷うが、明らかに緑が連なっていたので、そちらに向かう。

 通い慣れてからは里山への入山法(?)が三つあるとわかるが、あのときはひたすら入山道を探す。

 程無くそれを発見する。

 まさかの猫たちに導かれ……。

 飼い猫が数匹屯している日陰に向かうと、その先が登り口。

 特に看板もないので、猫がいなければ通り過ぎたかもしれない。


 ぼくは歩くことには慣れている方だが、普段は平坦なところが多いので、僅か数分の里山の勾配に息が上がる。

 それで休み々々昇るうち、身体が慣れる。

 が、慣れた頃にはもうメインストリートの勾配が緩い。

 だから景色を眺める余裕も生まれる。

 ぼくが最初に目にした里山内の景色は畑。

 見た限り二区画あり、その片面(右手側)に杉林がある。

 隣接する数か所に丸太が纏め置かれていたので伐採用だろう。


 ……という認識はあったが、さて、どう進めば良いか。


 初めての場所なので何一つわからない。

 道が何処に抜けるか見当がつかない。

 知らない道を歩く醍醐味は迷うところにあるが、小さくても山だから不安が募る。

 遭難したらどうしようか、と気の小さいことを考える。

 が、考えても仕方がない。

 自分を鼓舞し、進み先を決める。


 ぼくは分岐点にいたわけだ。


 今ではそこが白い衣装の人に追い払われ、抜けた先の近くとわかるが、当時はそれを知る由もない。

 とにかく里山に入った道をそのまま進む。


 ……と行き止まる。


 それで方向を変えたかというと、そうはせず、畑を横断(縦断)。

 最初に気づいた畑の向こうに見えた二番目の畑の先を目指す。

 乾いた土で靴が汚れるが仕方がない。

 勾配は急だが、土と雑草の坂を昇り、次の雑草の坂に至る。

 それを経由し、二番目の畑の先に抜ける。

 抜ければ、そこは広場。

 狭いが、先に展望台がある。

 展望台の近くには丸太椅子。

 不揃いな数脚がそれぞれの方向に傾き、不愛想に客を待つ。

 木々の向こう、開けた先の下に学校があり、遥か遠くに富士が見える。

 方向から考え、丹沢山系がその手前。

 展望台があるということは、その近辺にメインストリートが走るということ。

 展望台がドン詰まりでなければ、当然道が二手に分かれる。

 眼下の学校の右方向に電車の線路が見えたので、進む先をそちらに決める。


 歩き始めて百歩ほどで空の割合が少なくなる。

 更に進めば林の中。

 左右の雑木林に阻まれ、前後の視界も閉ざされる。

 小さくても山道なのでくねくねとうねり、場所によっては前後数メートルしか見通せない。

 木々に阻まれ、頭上が暗い。

 方向感覚も失われる。

 いずれ何処かに抜けるとわかっていても慣れない道だから不安になる。

 辿りついた先が駅から遠いと厭だな、と更に心配。


 それから数十分間は不安の嵐。

 曲がりくねる暗い下り道がぼくの心を代弁するかのようだ。

 やがて木々の連なりが終わり、視界が開けたときには、ホッ、と溜息。

 右手側一面が広い畑で、その向こうに家が建ち並ぶ景色。


 ……ということは駅もあるのだろうと考え、再度ぼくが安堵する。

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