3 向

 それからの週末は里山に向かう。

 親の用事があれば別だが、そんなに多くを頼まれない。

 ぼくに恋人がいれば、また違った週末を過ごしただろうか。

 それとも二人して里山行きを愉しむのか。


『里山』という呼び名は二度目の散歩で知る。

 初回に抜け出、駅に至った道を、逆に歩いて発見する。

『里山へようこそ』という看板があったのだ。

 それで『里山』という呼称を知る。


 同じ看板は初回の帰りにもあったはずだが、気づかない。

 あのときは大きな迷子にならなくて安堵したが、心がまだ平常ではなかったのだろう。


 駅の改札を抜け、半周まわり、駅の敷地を出る。

 すぐ近くに設置された横断歩道を渡り、右折、少し進み左折。

 緩いコンクリートの階段を下り、十メートルほど前進。

 電車の高架下を左折、すぐに右折。

 あとは道なりに坂を昇る。

 既にして道はうねっているが、何軒もの民家が立ち並ぶ。

 坂は車で降りるのが怖いほどの勾配ではないが、慣れない人だと事故を起こしそうだ。


 初回と同じで鶯と尾長と画眉鳥の声が煩くなっても、まだ坂に民家が続く。

 高架線路を見下ろす辺りまで昇ると、やっと民家が途切れる。

 代わりに安全祈願の小さな大明神が現れる。

 道路の舗装もなくなり、土と砂利の道に入れ代わる。

 左手側が一面の畑。

 その先に緑の里山が続く。

 林の手前に集会場らしきテントがある。

 後に知るが、週末に親子を集めて種々の行事をする場所(NPO法人所有)のようだ。

 畑で栽培する野菜の収穫だけでなく、虫の観察もあるらしい。


 初回には心を不安にした里山の林だが、二回目にして既に近しい。

 前日が雨だったので地面の状態は酷いが、これが初回でなくて良かったと心底思う。

 途中、音が聞こえてきたので目を向けると、防空壕跡のような斜面の穴の奥に人の気配。

 だから怯むが、襲ってくる感じもしないので、単なるホームレスだろうと遣り過ごす。


 前に好んで川縁を散歩していたときも、ぼくは多くのホームレス(の家)を見かける。

 どれも同じようにブルーシートが使われ、近づかなくとも、それとわかる。

 ホームレスの人たちが数多くいる社会は問題だろうが、それなりに安全に暮らせる社会は素敵なのかもしれない。


 そんなことを考えていると展望台の下。

 見上げた左手側の先が展望台だとわかったのは開けた先に広がる風景が同じだったから。

 初回より薄いが、富士が望める。

 そのまま道を進むと緩い下り坂。

 土に苔が生え、滑り易い。

 だから気を張る。

 その場所を抜けると左手先にフェンスが見える。

 が、メインストリートはまだ続くようなので単なる分岐道と考え、一旦無視。

 けれども、進むとメインストリートが行き止まる。

 柵と金網で仕切られたその先はおそらくゴルフ場に続くのだろう。

 だから引き返し、フェンスの道を試みる。

 フェンスそのものは長く続かず、右手側に畑が現れる。

 フェンスで覆われた部分も何らかの栽培地らしいが、知識のないぼくにはわからない。

 畑の先が造成地。

 整地されているが、家が建つのは先の話に思える。


 仮称『フェンスの道』は里山の外周道といったところ。

 だからメインストリートの一本だ。

 畑や造成地ができる以前、里山はもっと大きな丘陵で、種々の獣もいただろう


 ……と思っていると、鋭いピーッという鳴き声が聞こえる。

 見上げると、どうやら鷹らしい。

 かつて里山付近が狩場だったかどうか知らないが、自然が残れば、都会でも鷹が暮らせるのだ。

 小振りの鷹は数度鋭く鳴きながら林の向こうへ去っていく。

 すると今度は前方でガサガサと音がする。

 まさか、と思うが熊が出たらヤバイ。


 ……と焦るが、現れたのは人。

 ぼくと同じ散歩者らしい。

 互いに目礼し、擦れ違う。


 その頃にはもう道幅がかなり広くなっている。

 小型車ならば通れる幅。

 そういえば、これまでに通った道の数か所に轍が残っていたことを思い出す。

 見たときは気に留めなかったが、資材は車で運ぶのだろう。


 後に妖精=白い衣装の人(布)を見かける場所の右手側に掘っ建て小屋がある。

 農作業者の小屋だろう。

 左手側は良く見れば丘への昇り道だとわかる。

 雑木の生え具合も周囲と比べ、多少疎ら。

 が、その日は昇らず、遣り過ごす。

 妖精がいないのだから当然のこと。


 少し進むと畑が造成地に代わり、フェンスが現れる。

 その先を道なりに左折して下ると程無く初回の舗装路が現れる。

 それで里山を半周か3/4周したことがわかる。

 それから初回の分岐点で向かわなかった右手方向のメインストリートに進み、畑の角で左折。

 そのまま緩い坂を昇ると、やがて展望台の手前に抜ける。

 行きにぼくが見落とした道だ。

 初回に気づけば、無理をして二番目の畑を攀じ登ることもなかったわけだ。


 ……と気を緩め、気づけば、かなり汗をかいている。

 だから展望台で休むことにする。

 展望台の崖端ギリギリのところから身を乗り出せば、ついさっき歩いた道が見える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る