回想 マムートの初陣『超重戦車E-100Ⅱの戦い 前編 マムートの初陣 第15話』

■5月4日(金曜日) アルテンプラトウ村


 直(す)ぐにアルテンプラトウ村の村口に着いていまい、防衛陣地を兼(か)ねた検問所の前でマムートを停止させた。

 ゲンティンの駅舎から持って来た地図を見ると、国道橋を渡(わた)った所のアルテンプラトウ村から国道に単線の線路が併設(へいせつ)されていて北に向かい、ゲンティンバルト村とレデーキン村を通ってイェーリヒョウの町を抜(ぬ)けると、タンガーミュンデの対岸のフィッシュベック村に至(いた)っていた。

 アルテンプラトウ村の十字路を左に折(お)れて、北北西へ向かう街道を行けば、森を抜けてニーレボック村を通り、エルベ川河畔のフェアヒラント村に着ける。

 路面や路肩の強度が心配だけど、この街道だけが、マムートが進むべき道だ。

 道路を歩む避難民達を見ていると一部が左側の家並みの通りへ入って行くだけで、大部分は国道を真っ直ぐ進んでいた。

 方角的に左折して行く一部は、村の中を抜けてフェアヒラント村へ向かうらしい。

 検問所脇には、路上の安全確保で先行していた兵士達と共に、国防軍の憲兵(けんぺい)と褐色(かっしょく)の制服を着た地区の行政官らしい中年の男が立ち、我々を待っていたような様子で見ている。

 理由有(わけあ)りを察(さっ)したメルキセデク・ハーゼ軍曹が降(お)りて行き、行政官とナチス式の答礼(とうれい)を交(か)わす。

「ハイル・ヒットラー」

 確(たし)か2日前、無線機をオープンにして流したラジオで総統がソ連軍へ突撃して戦死したと聴(き)いているのに、可笑(おか)しな挨拶(あいさつ)言葉だ。

 万歳(ばんざい)と讃(たた)えて崇拝(すうはい)した指導者は、もう死んでしまっていない。

 戦争の勝利は、既(すで)に遥(はる)か彼方(かなた)へ消え失(う)せてしまい、再び、勝利の兆(きざ)しの見込みは絶望的に無いから、『勝利万歳(ジーク・ハイル)』と唱(とな)えるのも、滑稽(こっけい)で不適切だと思う。

「あそこの十字路を右に折(お)れた向こうのブラッティン村まで敵が来ているぞ! 2輌の突撃砲が其処(そこ)で守備に就(つ)いていたが、2輌共……、やられてしまった……」

 乗員各位(かくい)がハッチから身を乗り出して見ていると、中年の行政官は、大声で間近(まぢか)に敵が迫(せま)った危機的な戦況を言いながら軍曹の横を通ってマムートの真ん前まで来ると、軍曹へ向き直って言った。

「此処(ここ)からフェアヒラント村へ向かう道は、あそこの十字路を左に曲(ま)がって、森の中を進んでニーレボック村を通る街道しかない。しかし、十字路の右に見えるブラッティン村とロスドルフ村まで、ソ連軍が来ていて、君達を見付けると、攻撃して来るだろう」

(午前8時過ぎに北の方から聞こえて来て30分ほどでピタリと止(や)んだ激(はげ)しい砲声と爆発音は、第12軍に編入されて防衛任務に就かされた戦闘団の突撃砲とソ連軍の威力(いりょく)偵察隊(ていさつたい)との撃ち合いだったのか!)

 アイドリングのエンジン音が響(ひび)く中でも、しっかりと行政官の良く通る大きな声が聞こえた。

「国道と線路が、ブラッティン村にいるソ連軍から丸見えになって、ゲンティンの町からフィッシュベック村の町への負傷兵と、避難する女子供を乗せる列車や車輌も走らせられない。今、奴らは停止して此処への攻撃の準備中だ。先遣隊(せんけんたい)らしいから本隊の到着を待っているんだ。撃退するチャンスは今しかない。我々は避難路を確保する為(ため)に、これから反撃して、奪還(だっかん)したブラッティン村の守備陣地を強化するつもりだ」

 話しながら興奮(こうふん)して来た行政官の声が、一気(いっき)に捲(ま)くし立てるように聞こえて来る。

「撃退に失敗すれば、奴(やつ)らは夕暮(ゆうぐ)れまでに集結して此処を攻めるだろう。そうなるとゲンティンは包囲されてしまう。だから、少しでも見付からないように村の中を西へ進み、十字路を迂回(うかい)した方がいいぞ!」

 行政官が僕達に反撃に加(くわ)わるように命じない事を以外に思ったが、それは、マムートの任務がフェアヒラント村の船着場の最終防衛に就く事だと知っているからだろう。

 故(ゆえ)に、最初にフェアヒラント村への道を教えてくれたのだ。

「行政官殿、停止中の敵の戦力はどのくらいなのでしょう?」

「偵察隊の報告と私が視認(しにん)した限りでは、重戦車が4輌、偵察型の装甲車が1台、あとは徒歩(とほ)の兵隊が1個中隊ほどだと思う。兵隊達は、トラックに乗って来ている」

 メルキセデク・ハーゼ軍曹は行政官の言葉に頷(うなづ)いてから、車体上に身を乗り出して様子を見ている僕達へ向いて言う。

「……だそうだ。実際に確認した方が良さそうだな。……ロスケ共は、アンブッシュや遭遇戦(そうぐうせん)を警戒する前哨兵も出さずに、最前線までトラックで来ているのか? ふっ、まるでピクニックだな……」

 独り言(ひとりごと)のように言った言葉に、命令が続いた。

「おい、バラキエルとタブリス。敵の戦力を見に行くぞ! アルはイワンの無線を傍受(ぼうじゅ)して、迫って来ている敵が他にいないか、会話から察しろ。ラグエルとイスラフェルは、砲に徹甲弾を装填(そうてん)して、同軸機銃にも弾丸を装填しておいてくれ」

 軍曹は遣(や)る気になっている!

 軍曹の指示は、防衛隊に協力して戦い、此処をマムートの初陣(ういじん)の場にするのだと分からせて僕達を緊張させ、ファストパトローネを発射したシュパンダウ地区の市街戦の甦(よみがえ)った記憶が、僕の背中(せなか)をブルブルと武者震(むしゃぶる)させた。

「了解です。軍曹殿」

 無線機の受信周波数のダイアルを回しながら何度か合わせ、入って来るロシア語をボリュームツマミで大きくして聞き入る。

 感度良く鮮明(せんめい)に聞こえるのは、近くのブラッティン村まで進出した強行偵察隊だろう。

 会話の間隔(かんかく)は長くて、間延(まの)びした声のトーンに緊張感が感じられない。

 他に入るのは、どれも感度が悪くて小さくしか聞こえない遠方からだった。

 感度の良いロシア語の会話が慌(あわただ)しくなって早口(はやくち)で途切(とぎ)れなく続くようになれば、イワン達は反撃準備中のドイツ兵やマムートを発見して出撃に移行中って事だろう。

「それじゃあ、アル。ピクニック気分の敵が、どんな奴等(やつら)なのか、ちょっくら見て来るわ」

 タブリスが手を伸ばし来て敵の無線交信に聞き入る僕の肩(かた)に触れると、そう言いながらも頭上のハッチからの出掛けに、緊張した顔で言葉を続けた。

「ラグエルとイスラフェル、装填が済んだら拳銃を出して、砲塔の上から周囲を警戒するんだ。避難民や落伍兵に反逆者や敵兵が、紛(まぎ)れ込んでいるかも知れないからな。アル、お前もマムートを守っていてくれよ」

 先に軍曹と伍長が車外に出た後に、タブリスの工員のリーダー格らしい指示をして行った。

 車内に残る僕達三人(さんにん)は砲と機銃への装填を済(す)ませると、タブリスの指示に従(したが)い、車体や砲塔の上から拳銃を構(かま)えてマムートの周囲を防衛隊の兵士と共に警戒した。


つづく

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