回想 マムート、最前線へ『超重戦車E-100Ⅱの戦い 前編 マムートの初陣 第14話』

■5月4日(金曜日) ゲンティン駅 駅前広場から移動


 戦闘用履帯は1度だけパーダーボルンの工場で着けて走らせたと、ダブリスが言った通りに問題無く装着できたけれど、クレーン装備の牽引車は初日で帰隊して仕舞(しま)ったが、簡易(かんい)クレーンは残してくれた。

 其(そ)の簡易クレーンの組立と補助装甲のフェンダーの取り付けまで、六人の人力だけで行った為に、全(すべ)ての装着作業の完了に3日目の午前中まで要(よう)してしまった。

 戦闘用履帯へ交換後に取り付けた補助装甲のフェンダーは、前部・中央部・後部と3分割された内の車体中央部分だけだったけれど、前部と後部のフェンダーまで取り付けたマムートの想像した姿は、そのフワッと曲げられた形で履帯に被(こうむ)るフェンダーから、まるで貴婦人(きふじん)のコルセット仕様のスカートのように思え、マムートに父親の冊子(さっし)で見た挿絵(さしえ)の舞踏会(ぶとうかい)を取り仕切る豊満熟女のミストレスみたいな頼(たの)もしさを感じさせた。

 既(すで)に、厚さ80㎜の増加装甲板を溶着して貰(もら)えたが、当初の取り付け予定だったフェンダーなら増加装甲板と同じ80㎜の厚さで傾斜もしていて、更(さら)に履帯幅の空間が有るから、命中した成形炸薬弾の爆発噴流を散らしてくれると思う僕は、生き残れる可能性が高いフェンダーに執着(しゅうちゃく)して未練(みれん)たらたらだった。

 やはり、ダブリスに説得されずに軍曹や伍長に考え直(なお)して貰(もら)って、残りのフェンダーも持って来て取り付ければ良かったと、ブランデンブルクの工場に置いて来た事を僕に後悔(こうかい)させた。だが、増加装甲板を溶着した事でフェンダーを取り付けるタップ孔は塞(ふさ)がれていて、もう完全にフェンダーを諦(あきら)めるしかない。それに今更、フェンダーを取りに戻る事も出来ない。

(デザイン的にも、僕の側面防御のフェンダーは、有った方がいいじゃんか! でも、でも……、ダブリスが言うように被弾(ひだん)して走れなくなったら、僕達は生き残れなくなる……)

 確(たし)かに被弾でフェンダーを留(と)めていた締(し)め付けボルトが折れて破損すると、外(はず)れて垂(た)れ下がったフェンダーが履帯に嚙(か)み込んで走行異常や履帯の離脱(りだつ)に至(いた)る。

 そうなれば、クソ重い履帯は切断された時以上に面倒で、六人程度の人力だけでは直せない。

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 昨日の朝から聞こえている南と東の砲声が徐々に近付いて来ている。

 北の遠くの方でも聞こえていたが、今朝はエルベ・ハーフェル運河の向こう辺(あた)りで激(はげ)しい撃ち合いの砲声が轟(とどろ)いて、僕達は焦(あせ)っていた。

 射ち合いは30分程(ほど)でピタリと止み、それっきり遠雷のような砲声がドロドロと聞こえるだけになった。

 5月4日の太陽が天頂(てんちょう)を過ぎて西へ傾き始めた午後に漸(ようや)く作業後の確認と調整を終え、エンジンを始動させた。

 砲塔の回転や砲身の上下の作動を確認しながら、それらの妨(さまた)げにならないように、枯(か)れて来た枝葉(えだは)のカモフラージュを伐採(ばっさい)したばかりの枝で遣(や)り直し、マムートを再び新緑(しんりょく)の森のようにしてから移動を開始した。

 灰色の低く広がる雲の所々(ところどころ)に青い晴れ間が見える空の、まだ明るい午後に低速で移動を始めたのは、ゲンティンの街路を迷わずに国道107号線に入れて、エルベ・ハーフェル運河を渡る橋の強度がマムートの重さに耐(た)えるかという心配と、アルテンプラトウ村からフェアヒラント村へ至る街道の交差点を見逃(みのが)さない為だった。

 すっかり衰(おとろ)えてしまったドイツの防空火線を嘲(あざけ)るように低空で侵入するソ連機が編隊(へんたい)で、襲撃して来る危険(きけん)も有ったけれど、已(や)むを得なかった。

 それに、地物の東へ伸びる影はマムートを隠(かく)し、東方面から襲撃して来るソ連軍は、西陽(にしび)の明るさに照(て)らされるから視認し易(やす)いという利点も有る。でもそれは、頭上を覆(おお)う曇り空が西の地平から晴れて来たらの希望的な利点でだった。

 曇り空の下では、太陽光の光量が足(た)りなくて遠くの物が背景に滲(にじ)んで仕舞って距離感が曖昧(あいまい)になってしまう。

 街の中や街道は、何処(どこ)も西へ歩む不安顔の避難民と戦(たたか)う気が失(う)せただらしない兵隊ばかりで、とてもマムートと搭乗する我々だけではスムーズに通過できそうに思えなかった。

 其処(そこ)で防衛隊に頼み込み、ゲンティン駅からのフェアヒラントへ至る分岐路(ぶんきろ)まで、5、6名の防衛隊兵士が道案内と警備を兼(か)ねて車体上に乗って貰った。

 それに、ソ連軍の戦車とマムートを見分けられない未熟(みじゅく)な味方から撃たれては堪(たま)らない。

 爆撃で崩(くず)れた建物の瓦礫(がれき)を除(の)けた市街地の通りは、マムートの車幅だけで車輌の擦れ違いができなくなる為に、更に、数名の防衛隊兵士が先行して、通行を遮断(しゃだん)したり、注意を促(うなが)したりして通路を確保している。

 人が歩くほどの速度で進み、角(かど)を曲がり終える度(たび)に停止して走行装置の破損が無いかなど、車体の状態の点検と、履帯の張(は)り具合(ぐあい)や連結ピンの緩(ゆる)みを調整した。

 幾(いく)つかの検問所を通り、ゲンティンの町の北側を流れるエルベ・ハーフェル運河に架かる鉄骨組みの国道橋は、更に速度を落として対空警戒を厳重にしながら渡り始める。

 アーチ組みの橋梁(きょうりょう)はマムートの100tを越える重量でも問題無く耐(た)えると思われたが、橋上の路面に撓(たわ)む感じがして橋桁(はしげた)の強度を探(さぐ)りつつ慎重に渡った。

「バラトン湖の運河の鉄橋やドナウ河の石造りの橋は、ケーニヒス・ティーガーの重戦車が隊列で渡っても問題は無かったな。この橋の耐荷重(たいかじゅう)の安全率が、どれ位(ぐらい)か、知らないけれど、優秀なドイツ帝国の建築と土木の結合技術だから、たぶん、大丈夫(だいじょうぶ)だろう」

 余り安心できない慰(なぐさ)めの例を、ぼやくように話すメルキセデク・ハーゼ軍曹の声がレシーバーから聞こえ、続けてバラキエル・リヒター伍長の経験談が加わる。

「東方からオーデル河を渡っての撤退(てったい)では、みんなは焦っていて、急(いそ)いだケーニヒス・ティーガーの中隊が数珠(じゅず)繋ぎで通った後は、鋼鉄のトラス橋がグラグラになっていましたよ。まあ、それでも全車両が渡り終えましたがね。あれじゃあ、ロスケどもは橋を補強しないと、スターリン戦車を通せなかったでしょう」

 不安が募(つの)る橋渡りは、鉄道の重量物用の平床貨車のように重さを分散できずに、マムートの接地する戦闘用履帯の狭い面積に受ける100tを越える重さは、はっきりと橋梁面の撓(しな)るのが分かるほどだったけれど、どうにか国道橋は持ち堪(こた)えてくれた。

 国道橋を無事に渡り終えると、少しずつ速度を上げて砲身の繋止具合と走行性能を確認する。

 マムートの重量に耐える国道の平坦(へいたん)で固(かた)い舗装路面では、問題無く軽快(けいかい)に走ってくれて、しっかりと長い砲身も固定されている。

 実戦経験が多い軍曹と伍長が『パンター並に走るぞ』と、外観の大きさには似合(にあ)わないマムートの加速と反応に驚いていた。

 左に折れて進む一部の避難民達は、此処からエルベ・ハーフェル運河の北岸沿いに水門の在るエルベ川岸のディアベン村へ向かって行き、其処から西方へ渡るつもりだろうけれど、ブルクの町を占領したソ連軍が北上して既に水門へ迫っていたら、たぶん、辿(たど)り着けないだろう。

 防衛隊兵士から聞いた話では、エルベ川東岸を守備する第12軍は、鉄道とアウトバーンの通る複合橋が在るタンガーミュンデの町の対岸を中心に、半径3㎞の半円形で防衛戦線を形成して、戦線の北端は渡し舟が有るシュトーカウ村と、鉄道橋が架(か)かるシェーンハウゼンの町、南端は艀(はしけ)が運行されているフェアヒラント村、いずれも防衛と渡河(とか)の重要拠点として、逃(のが)れて来た敗残兵と避難民を積極的に収容している。そして、収容された敗残兵は列になって破壊された鉄橋の残骸(ざんがい)を伝(づた)い西岸へ渡って行くが、其の列をアメリカ兵が検閲(けんえつ)して親衛隊員と判(わか)ると列から除外(じょがい)しているらしい。

 非戦闘員の避難民達も渡河は許(ゆる)されていなかったが、防衛陣地をソ連軍が突破すれば、雪解(ゆきど)けで増水した冷たい川で溺(おぼ)れても、アメリカ軍から銃撃されても、報復(ほうふく)に燃えるソ連軍の蛮行(ばんこう)を恐(おそ)れる何万人ものドイツ人は一斉(いっせい)に渡河を試(こころ)みるだろうとも言っていた。

 聞き知ったアメリカ軍の避難民への非人道的な処遇(しょぐう)に、戦争終了後のドイツ国土の占領地域や住人達への取り決めがアメリカとソ連で行われたのだと思った。

 我々も、武装親衛隊のメルキセデク・ハーゼ軍曹は渡れない。

 ベルリン市民の僕も、難(むずか)しいだろう。

 バラキエル・リヒター伍長は国防軍だから大丈夫だし、ダブリスとラグエルとイスラフェルの三人もルール地方の在住者だと証明できれば、きっと渡れる。

 今となっては、ベルリンを目指して急速に東進するアメリカ軍やイギリス軍を停滞(ていたい)させる為に、我がドイツ軍自(みずか)らが、橋を爆破して崩落(ほうらく)させてしまったのが悔(く)やまれた。

 ソ連との取り決めが有るだろうアメリカは、アーミーをエルベ河畔に留(とど)まらせてしまった。

 もし、鉄橋を爆破せずにいれば、アメリカ軍は勝手に渡って来て橋頭堡を確保していた筈(はず)だ。そして、ソ連軍がベルリンを陥落(かんらく)させた時点から、現状よりも数倍もの多くの兵士や難民が既に西岸へ渡り終えていた事だろう。


つづく

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