回想 マムートの128㎜戦車砲の威力『超重戦車E-100Ⅱの戦い 前編 マムートの初陣 第16話』

■5月4日(金曜日) アルテンプラトウ村の駅舎前


「タブリス、道の曲がり角で、アルがいる右角の方を敵に向けて停(と)めるんだ。バラキエル、停車後、ただちに最後尾のスターリンを撃て!」

 タブリスは勢(いきお)い良くマムートを曲がり角から車体の前半分を出して、僕が座(すわ)る無線手席側を敵へ突き出すように、急制動を掛けて停めた。

(今、僕は六人の乗員達の中で、敵に一番近い位置にいる。僕の持ち場は、真(ま)っ先(さき)に敵弾が命中する場所だ!)

 僕の右横間近には無線機や車内通話など、電気系の機台が並び、其(そ)の後ろには、敵に晒(さら)している120㎜厚の側面装甲板が有る。そして、無線機台と装甲板の間は、食糧や生活用品が隙間(すきま)無く、ぎっしりと詰め込まれていた。

 避弾経始(ひだんけいし)が考慮(こうりょ)されていない側面装甲板は垂直で、鋼板の粘(ねば)る硬(かた)さと厚みだけで耐(た)えなければならず、やはり、補助装甲の曲面フェンダーが有るのと無いのでは、気持ちの持ちようが全然違っていた。

 僕はぺリススコープから見えるスターリン重戦車の明らかにシュパンダウの通りで見たT34戦車よりも長くて太い砲身から放たれる、徹甲弾の威力(いりょく)を知らないし、想像したくもなかった。

 それに、ソ連兵が鹵獲(ろかく)したファストパトローネを構(かま)えて肉迫攻撃して来たら、願っていた厚さ60㎜の増加装甲板を溶着して貰えたと安堵(あんど)していても、一瞬で200㎜も貫通するような溶解噴流が新たに盾(たて)となった増加装甲板を含めた側面装甲板の厚みを貫(つらぬ)き、僕の横に並べられている無線機材も貫通して浴(あ)びる鉄の噴流に僕は、命が助かっても誰だか分らないほどの大火傷(だいやけど)を負(お)ってしまうだろう。

 顔や手足が酷(ひど)く爛(ただ)れた容姿で四肢(しし)の動きも不自由になった僕は、戦争終結後の平和になった世の中を敗戦国故(ゆえ)の生活保護の乏(とぼ)しさに働いて生きて行く自信が無いのと、其の時の貧(まず)しい生活を想像するだけで、不安で締(し)め付けられて息苦しい胸と手足が震(ふる)え、マムートから飛び出して背後のアルテンプラトウの駅舎に逃げ込みたいと思う。

 ペリスコープから見える敵との距離は、約800m!

 偵察した軍曹達の言っていた通り、1台の4輪装甲車を先頭に、街道の両脇に4輌のスターリン重戦車が千鳥(ちどり)に停車していた。

 スターリン重戦車の車列の向こうに街道上で撃破されて薄く黒煙を棚引(たなび)かせている突撃砲の後面が見え、左側の畑の中にも後退しながら砲戦をしていた突撃砲の擱座(かくざ)して燻(くすぶ)っているが遠望された。

 その突撃砲の横には爆発して砲塔を飛ばした敵戦車の車体が炎を上げて燃えていて、周囲には斃(たお)れた敵味方の兵士達の影が有り、更に彼方の、たぶんロスドルフ村辺りと思われる森の脇には、突撃砲の射撃で汚れた綿のような煙を上げて燃えるソ連軍の戦車らしきが三(みっ)つ見える。

 装甲車と、其の真後ろのスターリン重戦車の砲塔上にソ連の戦車兵が立ち、双眼鏡で辺(あた)りを探(さぐ)って警戒している。

「軍曹殿、入る敵の無線は感度が良いです。会話の調子は普通で、慌てた様子では有りません。ロシア語の意味は分かりませんが、平文(へいぶん)で会話しているようです」

 戦車の搭乗員として初めての戦車戦への緊張と戦車の中に閉じ込められたまま突然、真横の鉄板を貫(つらぬ)く徹甲弾や溶融した鉄の噴流を自分の身体が受ける恐怖から、自分の声は少し震えていた。

(最後の瞬間は、空や景色を見ながら死を意識したいものだな……)

「ロスケ共め、戦勝気分でいやがる。バラキエル、まだ、戦争が終わっていない事を教えてやれ!」

 メルキセデク・ハーゼ軍曹の言葉に、見た目の大きさから思いもしない速度で軽(かろ)やかに旋回していたマムートの砲塔がピタリと止まると、僅かに砲身が下げられられた。

「撃ちます!」

 バラキエル伍長の声がレシーバーから聞こえた瞬間、鋭い発射音と衝撃波が車内を圧(あっ)した。

 レシーバーを付けていても発射音が途中で消え、一瞬で車内の空気が吸い出されて吹き戻って来た。

 初めて体感した、128㎜戦車砲の発射は凄(すさ)まじい!

 衝撃的な体感に度肝(どぎも)を抜かれながら、視点は、ぺリススコープの鏡に写(うつ)る徹甲弾の青い曳光(えいこう)を追い続ける。

 装甲車の砲塔上に立っていた敵兵が倒れそうになってしゃがんだ。

 双眼鏡を此方に向けて腕を上げようとしたスターリン戦車の砲塔上に立つ戦車兵が、指で弾かれた虫みたいに何処かへ飛ばされて消えた。

 其の時の青い曳光は、彼の頭より彼の身長の半分くらい上だったから、マムートの照準はスターリンの砲塔上面より2m以上も上にズレている。

「軍曹殿、2・5m上を、飛び越えているように見えました」

 タブリスが逸早(いちはや)く、目測(もくそく)した弾道のズレ量を伝えた。

「軍曹殿、僕も、其の位(くらい)に見えました」

 僕は2m以上とは言わずに、より正確に目測できるであろうタブリスの意見に賛同(さんどう)した。

「バラキエル、そうだ! 俺にも、其の位に見えた。照準を修正して次発(じはつ)を急げ! ラグエル、徹甲弾だ! 装填しろ!」

 戦闘経験の豊富な軍曹と伍長は、傾きを深めた西陽に長く伸(の)びる駅舎の影の暗がりに包まれるマムートが、128㎜戦車砲の発射炎を視認しない限り、裸眼で見付けられないからの余裕(よゆう)なのか、落ち着いていた。

「了解! 速やかに照準を修正します。軍曹殿、1輌も逃がしませんよ」

 直ぐに装薬を燃焼させて空になった装薬筒が、開放された尾栓から飛び出してバサッと分厚いキャンバス製の排莢(はいきょう)受けに落ちると、ラグエルとイスラフェルが次弾の装填を始めた。

 鼻腔の奥をツンと刺すように刺激する臭を吸い込んで、排莢と共にカラー印刷の本を焦がしたみたいな臭いの装薬の燃焼ガスが噴き戻して、車内を透明な湯気(ゆげ)のように漂い出したのが分かった。

く らっと来た軽い眩暈(めまい)に、この刺激臭が更に濃くなれば、少し吸い続けるだけで、気を失いそうに感じた。

 『カチリッ』、臭いで作業に支障を招くと判断したイスラフェルが、砲塔天井に備えられたベンチレーターのスイッチを入れ、既に、作動させていた1台に加えて、もう1台のベンチレーターもフル回転して、車内に充満しかけた煙硝(えんしょう)の刺激臭を急速に車外へ排出してくれた。

 チクチクする鼻のむず痒(がゆ)さと、擦(す)れたみたいな喉の痛みを、唾の飲み込みと強く息を吐き出しをして失くす。

 慎重に弾頭と装薬筒を装填する彼らの様子を背後に感じながら、僕は受信にしたままの無線機から入る敵の交信に聞き入る。

「軍曹殿、敵は慌てています。とても早口で、同じ単語を繰り返し言っています。後退しそうな感じがします」

 僅かな抵抗を排除(はいじょ)しただけで、敵は此処まで来たのだろう。

 僅かに残った国土に追い詰められて包囲されたナチスドイツの第3帝国は、もう直ぐ数日で降伏してしまいそうな今日、頑強(がんきょう)な抵抗(ていこう)など無いと楽観(らっかん)していただけに、間違いなく破壊と死を齎す大口径弾に狙われていると知って、敵の威力偵察隊は大慌てで逃げ出そうとしているのが、敵の交信から伝わって来た。

「バラキエル、次は外すなよ。最後尾の奴を仕留めて、脱出を阻んでやれ!」

 尾栓が閉じる音がして、ラグエルが報告する。

「装填完了! 安全装置解除。撃てます!」

 微妙(びみょう)に揺(ゆ)れていた砲身が、ピタリと止まり、修正された標準が敵戦車を捕(と)らえた。

「撃ちま……!」

 バラキエル伍長の鋭い声を発射音が途切らせた。

衝撃で車内に舞き起こる旋風(せんぷう)が頬や背中を撫(な)でて、瞬間的な低圧に肺が一呼吸、酸素(さんそ)を求めて喘ぐ。

 凝視する真っ直ぐに進む青い光点は、左側奥のスターリン戦車の砲塔基部に吸い込まれて行った。

 白っぽい火花が散ったスターリン戦車は揺れ動き、徹甲弾頭が命中して、鋼鉄(こうてつ)を、『ガン』と貫く音が聞こえて来そうだった。

 『ガラン、バサッ』、役目を果たした装薬筒が排莢受けに落ちる音と、命中弾を受けたスターリン戦車の砲塔が炎に包まれて吹き飛ぶのが同時だった。

 後進しようとしていたのか、ブワッと排気煙を噴いた車体が道路の中央まで数m斜めにバックして燃え上がった。

「最後尾のスターリンに命中しました! 砲塔が吹き飛んで炎上しています。道路を塞(ふさ)ぎました」

「ラグエル、残りの3輌も徹甲弾で始末(しまつ)するぞ! 装填急げ!」

 装甲車とその後ろのスターリン戦車にエンジンが始動(しどう)した排気煙が見え、動き出そうとしている。

「バラキエル、左側先頭のスターリンを狙え!」

「装填完了! 撃てます!」

「撃ちます!」

 矢継ぎ早の指示と報告が交わされ、一瞬の衝撃と酸欠(さんけつ)が来て、青い光点が装甲車の砲塔に吸い込まれて行き、800mも離れていても黒い穴の開くのが、はっきりと見えた。

 次の瞬間、装甲車の真後ろのスターリン戦車が僅かに揺れて排気煙が消えると動かなくなった。

 命中した徹甲弾は、装甲車の砲塔の前後を貫通してから、後方にいたスターリン戦車の装甲も貫通して動きを止めさせてしまった。

「軍曹殿! 見ましたか? 凄い威力(いりょく)ですよ! スターリン戦車の、あのゴツイ前面装甲まで貫通しました」

「ああ、全く魂消(たまげ)た貫通力だ、バラキエル。ケーニヒスティーガーのハチハチでも、こうはいかないぞ。さあ、この調子で残りの奴も一掃(いっそう)してくれ」

 この後、バラキエル伍長の興奮した、『撃ちます!』の警告(けいこく)と、ラグエルの息を切らす『装填完了』の報告が、レシーバーに2度響き、酸欠と刺激臭の風に巻かれた。

 右側前面にいたスターリン戦車は後退しながら右の家影に隠れようとしたところを、晒した車体右側面を射抜かれて骸になった。

 高速で飛翔(ひしょう)する30㎏以上も重量が有る弾頭の命中で、瞬間、引っ張られるようにサスペンションが伸びてスターリン戦車が持ち上がっていた。

 最後の右側後方にいたスターリン戦車は、マムートに向けて122㎜戦車砲の徹甲弾を放ってから後退を始めたけれど、後進は最初に撃破されて道路中央で炎上するスターリン戦車の車体に阻まれ、それを衝突(しょうとつ)しながら押し退けて、強引に擦り抜けようとした遅い動きになったところを、砲塔前面の防盾を貫通された。

 後進の動きは止まり、燃える戦車の火が命中弾の衝撃で漏れた燃料へ移ると、あっという間に車体全体が猛烈(もうれつ)な黒煙を上げる炎で包まれた。

 放たれた赤く光る敵弾は真っ直ぐに僕へ向かって来て、ググーッと大きな紅球(こうきゅう)になって迫ると、直前で上へ逸(そ)れてマムートを飛び越え、アルテンプラトウの駅舎の壁の一部を崩した。

「タブリス! 右に出て正面を敵に向けろ!」

 軍曹は見える範囲での脅威となる強力な122㎜戦車砲を装備するスターリン戦車を全て仕留めた為か、マムートの正面を敵歩兵が慌てふためいて右往左往する様子が見えるブラッティン村の方へ向けさせる。

「バラキエル! 同軸機銃で敵兵を撃て!」

 分厚い正面装甲を敵に向けてくれた御陰で気持ちが落ち着いて見られるようになったペリスコープの視界の上縁から同軸機銃の7.62㎜弾の弾帯に等間隔で込められた曳光弾が、緑色の輝きの波線となって敵兵達へ吸い込まれて行く。

「軍曹、88㎜砲弾の曳光は緑色でしたが、こいつの128㎜砲弾は青色に光っていましたね!」

 砲手のバラキエル伍長が同軸機銃の射線を僅かに左右に振りながら、初めて見る青色の曳光を美しいの感嘆を含めて軍曹に告げた。

「ああ、ティガーやパンターは緑色だったな。我が軍は砲弾や機銃弾の曳光は緑色で、ロスケは赤色だ。こいつの極めて優秀な砲から放たれた弾を他の砲弾と識別して、次弾の照準修正を容易にする為なのだろう」

 スターリン戦車小隊の装甲火力が全滅して、マムートの同軸機銃に撃ちまくられる追従(ついじゅう)していた敵歩兵達は、乗って来たトラックを捨てて東方へ駆けて逃げて行く。

 其の敵兵達を、今まで戦闘の推移(すいい)を見ながら防衛陣地に潜(ひそ)んでいたドイツ兵が一斉に狙い撃ち、次々と倒していった。

 武器を投げ捨てて両手を高く挙(あ)げる、投降の意思を示すソ連兵も容赦(ようしゃ)なく撃ち殺していた。

 数㎞西方のエルベ川河畔へソ連軍が到達すれば、戦争は終わるのに……、明日は、アルテンプラトウとゲンティンの街がソ連軍に蹂躙されて降伏するかも知れないのに……、降伏すれば、ソ連軍に全住民が報復されるのに、それでも、防衛隊の戦士達は、目の前を東方へ逃げる蛮族を追い駆けて、撃ち倒し続けるのを止めようとしない。

 マムートの戦闘は一方的だった。

 駅舎の影に隠れた奇襲(きしゅう)攻撃だったけれど、弱いと思われる車体後部を晒さずに1発の被弾も無く、徹甲弾5発の消耗で1台の4輪装甲車と4輌のスターリン重戦車を撃破できた。

 結果、防衛隊はソ連兵を駆逐(くちく)してブラッティン村とロスドルフ村を奪還できた。

 マムートがスターリン戦車の口径122㎜の徹甲弾に、どれくらい抗(あらが)えれるのか分からないけれど、分厚い装甲は、きっと僕達を守ってくれる。

 圧倒的な戦果を目の当たりにして、メルキセデク・ハーゼ軍曹の敏速な判断と適切(てきせつ)な指揮。

 バラキエル伍長の卓越(たくえつ)した射撃能力と強力な主砲。

 タブリスの慣熟(かんじゅく)して来た操縦テクニックと軽快な走行性能。

 マッチョな体格で力持ちのラグエルとイスラフェルが落ち着いて行う、重い弾丸の装填。

 彼らが為すべき事を、一(ひと)つ、一つ、正確に行ったチームワークの結果だと、はっきり僕は悟った。

 無線機の周波数しか調整できない非力な僕は、このマムートに搭乗するならば、シュパンダウの烏合(うごう)の衆(しゅう)の一人(ひとり)ではなく、乗員として職務を完遂(かんすい)すると心に誓った。そして、必ず戦い抜いてエルベ川を生きて渡れる望みと自信を持つ事が出来た。


 後編『マムートのフィナーレ』へ続く

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