回想 マムートの前線への移送『超重戦車E-100Ⅱの戦い 前編 マムートの初陣 第12話』

■4月30日(月曜日) ブランデンブルク市の工場からゲンティン駅へ


 夜更(よふ)けには、来た時と同じ平(たい)らな貨車に積まれて、走行用履帯、外側転輪、側面中央部の防御を強化する補助装甲のフェンダー、増加装甲用の分厚(ぶあつ)い鋼板、取り付けクレーンなどの部材と部品に、燃料の確保と他にも使い道が有りそうな空の携行缶(けいこうかん)とドラム缶も乗せた貨車と共に、西方のエルベ川手前のゲンティンの町へ鉄道で運ばれた。

 弾薬や携帯火器などの備品は、しっかり固定されているのを確認して、其(そ)の儘(まま)で平床貨車へ積載して鉄道輸送する。

 マムートの車幅より数㎝だけ僅(わず)かに狭(せま)い平床幅の貨車へ、仲間から大声で指示される前後左右のズレを慎重(しんちょう)に修正して超微速で固定位置へ停めたダブリスは、びっしょりと冷汗(ひやあせ)をかきながらゲンティン駅の貨物用プラットホームに上手(うま)く降(お)ろせるか、心配で青褪(あおざ)めていた。

 ランダムに連結した客車と有蓋貨車の屋根上や車窓までしがみ付かせて、負傷兵と避難民を零(こぼ)れんばかりに乗車させた列車の最後尾に、更(さら)に、マムートを積載した平床貨車と戦闘機動用の装備品を積んだ無蓋貨車を連結して、曇(くも)り空で月や星の明かりの無い真(ま)っ暗(くら)な鉄路を周囲を警戒しながら、ゆっくりと進んで行く。

 左右と後方の遠くに雲を赤く照(て)らして瞬(またた)く砲火と遠雷(えんらい)のような砲声が轟(とどろ)く中、国鉄職員が翳(かざ)すカンテラの灯(あか)りで路線の安全を知らされながらも、途中、何度も線路状態の確認と警戒で停車した後、ゲンティン駅に着いたのは翌日の午前3時過ぎだった。

 2輌の貨車は切り離(はな)なされた後、構内のポイントを切り替えて貨物用のプラットホームへ機関車に押されて入れられた。

 本日の列車の運行はゲンティン駅までしかできない。

 乗車して来た大勢の軍人や避難民を此処(ここ)で降(おろ)すと列車は、再(ふたた)び避難民達を乗せる為(ため)にブランデンブルク駅へ戻って行く。

(既(すで)に、ブランデンブルクの防衛線をソ連軍が突破していれば、駅に到着する前に攻撃されて、再び、列車を走らせるのは難(むずか)しいのに……、いや、それどころか、命が危(あぶ)ない。ドイツ国鉄職員達は勇敢(ゆうかん)だ)

 ゲンティン駅から先は、マグデブルク市などエルベ川の西岸以西はアメリカ軍に占領されて、ドイツ軍が爆破した鉄橋も修復(しゅうふく)が完了寸前だそうだ。

 マグデブルク市を占領して4月25日にはエルベ川の西岸まで到達しているのに、アメリカ軍は進撃を停止して仕舞(しま)って、エルベ川を渡って来ようとする動きが無いから、次の駅が在るブルクの町まで、『ソ連軍が先に来ている』と、駅員が怯(おび)え顔で言っていた。

 エルベ川沿いにソ連軍の北上は、エルベ・ハーフェル運河の道路橋と鉄橋、それに水門を爆破すれば数日は防げて、ブランデンブルク市を陥落(かんらく)させて西進するソ連軍がゲンティンの町へ攻め込むのは、『恐(おそ)らく3日後か、4日後の5月4日、5日辺りだろう』と、駅員が広げた地図を懐中電灯(かいちゅうでんとう)の灯(あか)りで見ながら軍曹が溜(た)め息を吐(つ)いて言った。

 ブルクを占領した敵は、ゲンティンを包囲してエルベ川への退路を断(た)つ為の部隊だろうから、ブランデンブルクを陥(おと)して西進するソ連の戦車軍団がゲンティンに攻め込んで、其の勢(いきお)いでエルベ川まで到達するのは時間の問題だ。だから、僕達に休んでいる暇(ひま)は無い。

 直(す)ぐにカンテラの灯りを頼(たよ)りにマムートをプラットホームへ移動させ、更に駅前の広場へとコンクリート製のプラットホームと道路に亀裂(きれつ)を入れながら微速で動かす。

 平床貨車へマムートを積載した時は超微速運転の緊張で青褪めていた癖(くせ)に、慎重さが必要となる平床貨車への乗車と平床貨車からの降車は、合計4度目となる今回は操縦に慣(な)れて来た所為(せい)でダブリスに度胸(どきょう)が付いたのか、少し速度を出して平床の縁(ふち)を踏(ふ)み外(はず)しそうになりながらも、マムートをプラットホームへ移した。

 軍曹は、もう1輌の無蓋貨車から戦闘用履帯などの重量物を降(お)ろす重機を依頼する為、駅長と共にゲンティン市防衛司令部へ到着報告を兼(か)ねて向かった。

 朝までに降ろして広場の駅舎や倉庫の脇で外側転輪を付けて戦闘用履帯に交換し、重機のクレーンで補助装甲板を兼ねる中央のフェンダーを装着するつもりだ。

 夜が明けてソ連空軍機が飛び回る前にマムートの車体や交換する履帯をカモフラージュして隠(かく)さなければならない。

 軍曹が戻(もど)るまでに残りの搭乗員五人全員が車体に備え付けの斧(おの)と駅舎から借(か)りて来た斧で、夜の暗(くら)がりの中、カモフラージュに使えそうな広場や横の公園や街路樹の枝を伐採(ばっさい)して行く。

 空が白(しら)んで来る頃には、マムートの車体上面や砲塔に針金で縛(しば)り付けた枝が砲塔の回転や各ハッチの開閉(かいへい)、そして、照準とペリスコープの視界の妨(さまた)げにならないように括(くく)り直(なお)し終(お)えた。

 其のタイミングでクレーン装備の5t牽引車に乗車した操作兵と警備兵と共に軍曹と駅長が戻って来た。しかも、同じクレーン装備仕様が2台だ。

 ただちに2台の牽引車も、既に、擬装(ぎそう)している上から用意していた枝で、作業に支障(ししょう)が無い程度の念入(ねんい)りなカモフラージュを施(ほどこ)す。

 2台も来(き)たなら安全且(か)つ速(すみ)やかに降ろして運べそうだ。

 2台の5t牽引車が2度往復してトグロ状に巻(ま)いた2本の戦闘用履帯を駅前広場へ運び、2機のクレーンと全員が持つ鉄梃(かなてこ)とハンマーで、広場に真っ直ぐに伸(の)ばした。

 広げた履帯も枝葉(えだは)で覆(おお)ってカモフラージュした。

 運河が近い所為なのか、辺(あた)り一帯を夜明け前から薄(うす)く朝靄(あさもや)が覆っている。

 これなら、朝靄が晴れる10時頃までは、敵機が飛んで来(こ)ないだろう。

 だが、地上戦での朝靄や朝霧(あさぎり)は接近する敵の音を小さくし、霞(かす)ませる視認性は至近距離(しきんきょり)になるまで敵味方の判別を難しくさせてしまう。

 朝靄の中を溶接の機材を積んだトラックが到着して、不安を抱(かか)えていた車体側面の僕とダブリスの真横と燃料タンクが有る後部の両側へ増加装甲板を溶着する事となり、溶接の火花や熱での引火を防ぐ為に急いでタンク内のガソリンを抜(ぬ)いて空のドラム缶へ移した。

 タンク内からガソリンを抜き終わると、クレーンで増加装甲板を吊(つ)りながら位置を決めて溶接で貼(は)り付けられた。

 貼り付けは増加装甲板の全周囲を溶接棒とアセチレン溶接でガッチリと溶着させて、僕を安心させてくれたが、果(は)たして200㎜厚の装甲板を貫通するファストパトローネの溶融噴流を確実に防げるのかという、不安と恐怖は払拭(ふっしょく)されなかった。


つづく

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