回想 マムートの出撃準備『超重戦車E-100Ⅱの戦い 前編 マムートの初陣 第11話』

■4月29日(土曜日) ブランデンブルク市のオペル社の工場


 雨は夜半に上がっていたのに、まだ空を厚く雲が覆(おお)う朝から輜重部隊へ行き、備蓄(びちく)する分の戦闘糧食とマムートに迷彩(めいさい)塗装をする金属缶入りの塗料を、ごっそり運んだ。

 今年になってからは市民への配給所で、さっぱり見られなくなったハムやサラミソーセージが、ソ連軍に奪(うば)われるくらいならと、物資を補給に来る兵士へ気前良く振舞(ふるま)われていた。

 豚の腿肉(ももにく)を乾燥させた骨付きハムと鎖(くさり)のように繋(つな)がった羊の小腸に合挽肉(あいびきにく)を詰(つ)めたソーセージ、長期の保存が利(き)く太いサラミソーセージにベーコンの塊(かたまり)、ホウレン草などの野菜の缶詰(かんづめ)や大きな黒パン、それに、ずっしりと重いチーズも。それから、ジャガイモを大きな袋ごとで奥の保存庫から持って来て、カウンターの上にドカドカと並べられた。

 ナベとフライパンに、固形燃料を使う携帯コンロなどの調理器具、それと食器キットも、全(すべ)て人数分を貰(もら)えた。

 街の店先には無い物が、有る所には有った。

 美味(おいし)そうな食材と、それを温(あたた)かく料理できる道具は、いつ殺(ころ)されるか分からないシリアスな現実を忘れさせて、僕達を楽しいキャンプ気分にさせてくれた。

 夕方までに砲身部分がしっくりと合う砲架に組み付けられて完成した砲塔が車体に組み合わさると、用意していた塗料を防錆(ぼうせい)塗装で真っ赤なマムートに塗(ぬ)り付けた。

 軍曹は、美術が好きで遣(や)ってみたい迷彩パターンが有ると言うダブリスに監督(かんとく)をさせて、ベルリン市近郊の地面の配色に合わせて配合していた色を刷毛(はけ)やデッキブラシを使い、全員で3色に見えるような斑点模様(はんてんもよう)の迷彩を施(ほどこ)した。

 迷彩柄を塗り終えてから遅い晩飯(ばんめし)を食い、そして、工場の片隅(かたすみ)からダニやシラミが巣食っていそうな毛布を持って来て、何度も叩(はた)いてから作業場のコンクリートの床(ゆか)に敷(し)き重(かさ)ね、1番上には新品の毛布を掛けて寝床を作った。

 爆撃で損傷した工作機械の脇に埃(ほこり)を被(かぶ)って積まれていた毛布は、工員達が使う物だったが、その持ち主は皆(みんな)、イギリス空軍の夜間爆撃で亡(な)くなっていた。

 厚く織(お)られたウール生地の臭いや以前の使用者の体臭よりも、油汚れとコンクリート粉(ふん)の工場臭が鼻に残るけれど、此処(ここ)では結構(けっこう)ゴージャスなベッドだ。

 動き詰めで緊張した身体と気持ちが求める温(ぬく)もりと安らぎに、そんな臭さと訳有りの事情など、お構(かま)いなしに僕達は潜(もぐ)り込んで泥(どろ)のように眠った。

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 朝方には搭乗する戦車にあぶれて、修理工場の片隅で寝泊りしていたバラキエル・リヒター伍長が、マムートの砲手として連れて来られた。

 伍長は状況を理解すると、直(す)ぐに砲と砲架、それに単眼式照準器を調べだした。

 手動の砲塔旋回用ハンドルを回しながら、主砲や砲塔が届いた時に同梱されて来た同軸機銃の取り付けと、安全装置、非常用撃発の作動を確認して、ペリスコープを位置と作動を調整して行く。

『こいつは新型の照準器だ! 従来型の倍ほどの太さが有るぞ! 新品の所為(せい)か、けっこう明るいな.

視界は広いし、拡大での焦点(しょうてん)合わせも速い。砲身との連動が正確なら、命中率は格段にあがるぞ!』

 照準器とぺリスコープを満足気に覗(のぞ)いていたベテランの砲手の彼が、突然に大声を出して新型の照準器を褒(ほ)め称(たた)えた。

「そいつは朗報(ろうほう)だ。ロスケから撃たれる前に殺(や)れるな。期待してるぞ、バラキエル! さあ、早く照準を調整してしまえ。明日(あす)はフェアヒラント村へ向けて移動するぞ。ダブリス、バラキエルの照準合わせを手伝うんだ」

 ソ連軍に占領された地域のドイツ人は暴行されて殺されると、噂(うわさ)に聞いている。

 降参してボルシェビキの捕虜(ほりょ)になるなんて、今の僕達には考えられない。

 ロシアの国土と民族を蹂躙(じゅうりん)されて復讐(ふくしゅう)に燃える蛮族(ばんぞく)で劣等(れっとう)人種のスラブ人は、文明的で優秀なドイツ人への強いコンプレックスも有って、投降するドイツ軍兵士への人道的な対応を全く期待できないと、巷(ちまた)で散々(さんざん)言われていた。

(僕達こそ、神聖なドイッチュランドの領域に攻め入って穢(けが)し、優秀で気高(けだか)いゲルマン民族を殺戮(さつりく)した大罪を犯(おか)したスラブに、神罰(しんばつ)を下してやる!)

「軍曹! 自走しての移動時に砲身を固定する繋止(けいし)アームも問題というか、問題らしき事は有りません。一応(いちおう)、仰俯角(ぎょうふかく)と左右角は砲架と小さな二つ(ふたつ)の歯車でロックできますが、長くて重い砲身が振(ふ)れ出したら、直ぐに破損(はそん)しそうです」

 戦闘以外での移動時に車体の揺(ゆ)れに連動して長い砲身は振れ動いて、砲架に備(そな)わる照準に最重要なギアの歯を欠(か)けさせしまうから、長砲身の砲を搭載する戦車や自走砲には必(かなら)ず砲身繋止装置が有り、長砲身の大砲の移動ユニットにも同様の機能が備わっていた。

「ダブリス! これは重大な事だぞ! パーダーボルンのクルップで、なぜ作らなかったのか?」

 バラキエル・リヒター伍長から別件の問題事の報告を受けたメルキセデク・ハーゼ軍曹は、作業場に集まっていた技術者と工員達へ聞こえよがしの大声で、ダブリスを責(せ)めるように詰問(きつもん)する。

「もっ、申し訳有りません、軍曹殿! 自分は全く知りませんでした。今まで気付きませんでした。工場で渡された図面の中には、其(そ)の設計図面を見ていませんし、渡された部品図面の製作漏(も)れも有りませんでした」

 繋止アームと聞いて直ぐに理解したダブリスは、青褪(あおざ)めた表情の直立不動で、知り得る限りの事実を言い並べた。

「……まあ、いいさ。この帝国の黄昏(たそがれ)はマムートの砲身が萎(な)えるより早く終えるという意図(いと)なんだろう。くっそぉ、照準の仮合わせ後に機動訓練をするが、人が歩く程度の低速でするしかないな」

「ふうぅぅぅーー」

 慣熟(かんじゅく)訓練の指示を言い終えたメルキセデク・ハーゼ軍曹が長い溜(た)め息(いき)を吐(つ)いて、がっくりと両肩を落とした。

 其の残念そうな姿から、きっと、大馬力エンジンを全開に噴(ふ)かしたマムートを全速で突進させて、右へ、左へ、軽快に旋回(せんかい)する砲塔が敵を狩(か)り続けながら、敵陣深くに切り込んで行こうと考えていたのだと分かった。

(いやー、あぶない、あぶない。軍曹が結構、熱血(ねっけつ)だと知りました。そりゃあ、武装親衛隊へ志願(しがん)した方ですものねぇ。僕も敵を打ち砕(くだ)くのに賛成だけど、絶対に戻れない敵陣切り込みの道連(みちづ)れは、マジで無しにして欲(ほ)しいです!)

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 砲身を最大俯角で下げると、バラキエル・リヒター伍長は砲口へ行き、物差(ものさ)しで慎重(しんちょう)に測(はか)りながら内周にライフリングが刻(きざ)まれた孔(あな)の真ん中で、クロスするように毛糸を粘着テープで貼(は)り付けると、今度は砲塔に入って砲の尾栓(びせん)を開いた装填孔の直径を測って、厚紙で長さ10㎝の筒を作り、次に紙を筒(つつ)に蓋(ふた)をする様に両側へ貼り付け、そして、貼り付けの糊(のり)が乾(かわ)いたら筒に合わせて余分な部分を切り取った。

 それから両側の蓋にした紙の中心位置に、つまり筒の直径の中心位置に慎重に位置決めをしながら小さな穴を開けた。

 その厚紙で作った中が空洞(くうどう)で両側の中心に小さな穴を開けた円柱を、伍長は尾栓の孔へ深く入れ過(す)ぎたり、傾(かたむ)いたりしないように上手(じょうず)に嵌(は)めると、嵌めた円柱の針穴のように小さい表の穴から砲身内を覗(のぞ)き込んで、底の穴と砲口の十字にした糸のクロス部分を合わせながら、砲手席に座(すわ)ったダブリスへ単眼式照準器の狙(ねら)いを定める為の射線移動の指示を出す。

 ダブリスは指示に従って砲塔の回転ハンドルと砲身の仰俯角ハンドルを回して、指示された砲口の糸がクロスする1点と、遠方の高い瓦礫(がれき)の1点が一直線上に重ね合わさるようにした。

 伍長はダブリスと交代して砲手席に座ると、単眼式照準器を覗いてレンズ内のクロスラインを砲身で狙(ねら)う高い瓦礫の同じ1点へ調整して合わせ、主砲と照準器の連動を固定する。

 更(さら)に、同軸機銃のMG42機銃も取り付けて照準を合わせ、ベルト式弾帯の給弾も整(ととの)えた。

 これで、基本照準の調整は済んだけれど、この調整で本当に当たるのかは実際に撃ってみないと分からない。

「此処(ここ)では試射はできないので、戦闘射撃で微調整する事になる。照準が上手(うま)く合っていて初弾(しょだん)から命中するか、外(はず)れた後に迅速(じんそく)に調整できて撃破される前に敵を撃滅できるか、生き残って戦い続けられるように祈(いの)ってくれ」

 笑顔で、バラキエル・リヒター伍長は言う。

 砲の照準合わせが済むと、20ℓ携行缶が30缶でマムート専用に確保されていたガソリンを給油し、弾薬と携帯火器に、いただいた食料を積み終えてから、昼飯と休息になる。

 弾薬は工場のリフトを使い、傷や変形の無い選(よ)りすぐった弾頭と装薬筒をマムートに積み込んだ。

 徹甲弾頭を25発、榴弾弾頭は5発、そして、装薬筒が30本。

 保管ラックが設(しつら)えてある規定の25発より5発分多く積載する。

 装薬筒と榴弾はラックに、10個の徹甲弾頭は車体や砲塔の隅(すみ)へ転がらないようにして押し込んだ。

 午後からは六人全員が配置位置へ乗車しての機動訓練を行う。

 広い工場の前庭で、車内インターコムのレシーバーに響(ひび)く軍曹の命令で、前進、減速、停止、後進、右折、左折などの走行を鉄道輸送用の狭幅(きょうふく)履帯のまま、ゆっくりと慎重に行う。

 砲塔の左右と全周旋回、砲身の上下作動、照準合わせ、砲弾と装薬の模擬装填の動作を繰り返した。

 バラキエル・リヒター伍長はラグエルとイスラフェルに弾種を伝(つた)え装填の命令を出す。

 命令への復唱(ふくしょう)は、首に掛けた咽喉(いんこう)マイクで必ずしなければならない。


つづく

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