回想 マムートの強力な武装『超重戦車E-100Ⅱの戦い 前編 マムートの初陣 第10話』

■4月28日(土曜日) ブランデンブルク市のオペル社の工場


 大学病院の前庭から連(つ)れて来られたオペル社の工場でダブリスが言うには、当初の辞令には第12軍へ配属されて、僕達が操作するマムートはベルリン市救出作戦の先頭を進撃するはずだった。でも、128㎜砲の取り付け問題で救出作戦には間に合わず、そして、其(そ)の救出作戦はベルリン市西方のポツダム市で行き詰(づ)まってしまい、エルベ川の西岸へ後退する第12軍の辞令は現在の『エルベ川東岸の防御』に差し替えられていた。

 夜明け前から雨脚(あまあし)が少し強くなって来て今日は止(や)みそうになかった。だけど、気温は下がらずに、大気には春らしい暖(あたた)かさが感じられた。

 雨降りと春の陽気で湿(しめ)っぽいブランデンブルク市の工場の中では、クルー要員として集められた者から担当が決められて、取り扱(あつか)う装備の操作を自主的に訓練した。

 僕は車体後部のケースから取り出した2本の無線アンテナを砲塔上に立て、最新式の無線機のダイヤルツマミを僅(わず)かずつ回して受信周波数と感度を調整しながら、其の数字と聞こえて来た言葉をメモした。

 力仕事を得意とする工員のラグエル・ベーゼとイスラフェル・バッハは、届いている同軸機銃の7.62㎜弾の弾帯作りと、128㎜砲の重過ぎて分離された弾頭と装薬筒(そうやくとう)の種類の説明と取り扱いに、装填(そうてん)補助装置のトレーへの乗せ方と順番を、砲を運んで来た技術者から教え込まれると、直ぐに128㎜砲への装填動作を体に覚(おぼ)え込ませる為(ため)に、互(たが)いに復唱(ふくしょう)しながら模擬(もぎ)装填の訓練を繰り返した。

 油圧で作動する装填動作は立てて固定されている弾頭と装薬筒の二つを、砲塔の床(ゆか)まで下がるトレーの上に弾頭と装薬筒の順に横に寝かせて載(の)せてから油圧で装填位置まで上げ、そして専用具で砲尾から閉鎖機の向こうの薬室まで二(ふた)つ連(つら)ねて押し込まれる。

 奥へカチリと音がするまで弾頭と装薬筒を連(つら)ねて押し込み、水平閉鎖機が自動で閉じ切る前に素早(すばや)く専用具を抜く人力の作業は、かなり緊張(きんちょう)する重労働で一瞬(いっしゅん)たりとも気が抜(ぬ)けない。

 砲身に仰角(ぎょうかく)を掛けずに水平にしなければ、不慣(ふな)れなラグエルとイスラフェルに連続装填は困難(こんなん)だと考えさせられた。

 尾栓(びせん)閉鎖後は赤いスイッチを押して、装填完了を砲手と車長へ知らせる緑のランプを点灯させれば、主砲は発射可能な状態になる。

 側面とリムに大きな擦(す)り傷(きず)が付いて使い物にならない徹甲弾弾頭の信管を外して訓練用にすると、滑(すべ)り止(ど)めと耐熱を兼(か)ねた厚い皮手袋をした二人(ふたり)で持ち上げて2歩進み、装填補助装置のトレーに見立てた台の上へ置いて、また下ろすという動作を二人はできる限り速く行う。

 黒い徹甲弾弾頭の重さが約32㎏で、長さは約50㎝。

 銀色に塗られた先端に赤帯が入った褐色(かっしょく)の榴弾弾頭は、重さが31.5㎏で、長さは約62㎝。

 それから、弾頭を打ち出す銀色の装薬筒の重さは約36㎏で、長さが約90㎝も有った。

 どちらの弾頭も、装薬筒も、とても一人(ひとり)じゃ持てない。

 もしも落としたら無事では済(す)まずに、挟(はさ)まれた手も、足も、骨が砕(くだ)けてしまう。

 10発撃つのに弾丸は弾頭と装薬の二つに分かれているから、20回も同じ動作を繰り返した二人はゼーゼーと息を切らして冷たいコンクリートの床に大の字にへばってしまった。

「ハァ、ハァ、くっそ重たいぜ、最後は危うく落(お)としそうになったな。ラグエル、体中がガクガクだ!」

「くっそぉー。ああ、全(まった)くだ。イスラフェル、俺は腰と腕(うで)と腿(もも)が凄(すご)く痛いぞ! ハァ、ハァ」

 そんな彼らを見ながら、二人が無理をしないようにと願いつつも、10発で撃ち止めにならないように祈(いの)った。

 二人の、どちらかが腰を痛めたら、代(か)わりに僕が装填係にならなければならない。

 それは、とても堪(た)えられない重さと怖(こわ)さで……、絶対に嫌(いや)だ!

 ダブリスはパーダーボルン市の工場からマムートと共に運んできた装備を、状態や数を確認しながらグリスを塗(ぬ)り付ける手を休めずに、装甲の強固さも説明してくれた。

 砲塔の前面と側面、それと200㎜厚の車体前面装甲板は貴重なニッケルの含有(がんゆう)が多い強固な浸炭(しんたん)焼入(やきい)れ鋼板で、それら以外の120㎜厚の車体側面装甲板などは炭素を含有させた調質鋼板だそうで、何度も焼きなましをして内部の組成を粘(ねば)るようにしたから、敵の粘着榴弾が命中して表面で爆発しても、其(そ)の衝撃で鋼板の内側面は剥離(はくり)しないと言っていたが、鉄板の成分や特性を語られてもチンプンカンプンだった。

 履帯(りたい)上の側面に3分割して装着する厚み60㎜の雨樋(あまどい)の様な曲(ま)がりをした補助装甲のフェンダーは、中央部のみが必要とされて、前部と後部のフェンダーはいらないから置いて行く事になった。そして、装着する中央部のフェンダーは補強の為に一体(いったい)鋳造(ちゅうぞう)された垂直リム板部分を、履帯が見えないからと溶断して短くさせている。

 ならば、僕が担当する前方機銃手兼無線手の席の真横になる車体前部用のも着けて欲しいと願うと、ダブリスは前部のフェンダーを着けたら敏速(びんそく)に乗車できなくて不便だし、被弾して中途半端に垂(た)れ下がれば、履帯に絡(から)み込んで走行に支障を来すかも知れないと言われた。

 それに、余程(よほど)の大口径弾が直角に命中しない限り、貫通(かんつう)されない厚みのクルップ鋼だから大丈夫だと、胸を張ったダブリスに説得された。

 車長になったメルキセデク・ハーゼ軍曹は、ダブリスに説明させながら各部の装備や装甲厚を車内から車体の下まで隅々(すみずみ)を確認していた。

「このマムートは、ケーニヒスティーガーを大きくした感じだな。ダブリス」

「ええ、そうです。ケーニヒスティーガーの車体設計を基本として、サイズの拡大と、構造を簡素化(かんそか)したのがマムートです。そして、こいつは量産前提の試作3号車、マムート2(ツバァイ)です。軍曹」

「2……? 3号車……?、という事は、試作車でも、戦闘可能な1(アイン)が、他に2輌も有るというのか?」

「残念ながら違(ちが)います。軍曹。1号車と2号車は、単なる形状と構造を確認するモックアップみたいなモノです。薄(うす)い鋼板を寄せ集めて組み立てただけで、鋼材に焼き入れや調質の処理はしていません」

 外観からマムートを評価して、戦闘イメージを描(えが)こうとしている軍曹と、設計や製作のコンセプクトと改良点を話すダブリスとの会話が聞こえて来る。

「確(たし)かに傾斜した車体前面は、そっくりだけど、パンターやケーニヒスティーガーより倒れているだろう。こっちの垂直(すいちょく)な側面は、ティーガー1型の前面装甲よりも厚い、120㎜も有るなんて、凄いじゃないか!」

「計画だと、鋼板の貼(は)り合わせだったのですが、上手く1枚物で圧延(あつえん)できました。後面と上面は100㎜です。軍曹」

「そいつは、えらい重防御だ。だけど、それで鈍重(どんじゅう)じゃないだろうなぁ? ダブリス」

「大丈夫ですよ、軍曹。エンジンは新型で12気筒800馬力の大出力です。砲塔重量を減(へ)らした分、足回(あしまわ)りを強化していますから、動きは期待できますよ。ですが……、不整地(ふせいち)は出来るだけ、止めた方が良いと思います。……掘り返して潜(もぐ)って仕舞(しま)いますから」

「そうか……、太っちょのオッさんやオバさんみたいに、腹が痞(つか)えてスタックするのは嫌だな……。まあ、いいさ。気を付けよう。……それと特に、こいつの砲塔はケーニヒスティーガーに、そっくりだな」

「重量軽減と避弾経始(ひだんけいし)の追求結果です。でも、改良設計したのは、この3号車のマムート2だけです。軍曹」

 二人の会話を聞きながら、僕は、本当にダブリスの言う通りだと思う。

 砲塔は、命中する敵弾を斜めに滑らせて弾(はじ)いてくれる形になっていた。

 主砲を槍(やり)のように突き出す防盾(ぼうじゅん)の厚みが240㎜、側面と後面の装甲厚は200㎜、上面も100㎜の厚みだと、ダブリスは胸を張って説明してくれた。

「ターレットの直径が3mと、車体の内幅ほどの大きさなので、体格(がたい)の良いラグエルとイスラフェルでも、二人掛かりの装填作業は問題無いです。軍曹」

「これは1輌しかないのか……。ん! 重量軽減の結果の形? それではダブリス、こいつの重さは幾つなんだ?」

「弾薬と燃料を満載して105tです。計画では140tでした。初めは、エッセン市のクルップ社の工場で開発していた、これよりも大きい戦車の砲塔を搭載(とうさい)しようとしていたんです。でも、形と兵装に無駄(むだ)が多くて。それに耐弾性も良くないし。凄く重いし。だから、ケーニヒスティーガーの砲塔を参考に避弾経始の良い形に纏(まと)めました。ちょっと窮屈(きゅうくつ)ですが、打たれ強いですよ。装甲厚はそのままに、重さを3分の1ほどに出来たんです! 軍曹」

「軽量化してくれて嬉(うれ)しいよ、ダブリス。それでも、そんな重さだと、不整地は控(ひか)えるしかないな。それと、其の兵装に無駄ってのは?」

「搭載予定の砲塔には、口径75㎜の副砲も備(そな)えていました。それは、マムートの戦術用途を分散しますし、戦闘正面を大きくします。何より、この戦局の戦闘では、使い辛(づら)いと判断して省(はぶ)きました。軍曹」

「ダブリス、載せる予定だった砲塔が、どんな形だったのか知らないが、使い分けが面倒で砲塔内を狭(せま)っ苦(くる)しくするだけの邪魔(じゃま)になる副砲なんていらないさ。強力な武器に強靭(きょうじん)な防御力、そして、軽(かろ)やかな動きで、戦闘に集中出来るのは、有り難(がた)い事だ」

「軍曹、其の形はですね、車体と同じ幅の、四角い台形の箱でしたよ」

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 確認を終えた軍曹は、キューポラのペリスコープのレンズを丁寧(ていねい)に拭(ふ)いて視野を明るくする作業と、キューポラ上のレールに銃架(じゅうか)を立て対空防御と、砲身横の同軸機銃のMG42機銃の取り付けを、無線機の点検が済(す)んだ僕に命じて手伝いをさせた。

 MG42機銃は、昼食と休息の後の小雨(こさめ)になった午後に軍用車両の修理工場の車内残存品倉庫で、軍曹が目敏(めざと)くドラムマガジン6個と一緒(いっしょ)に見付けた。

 命令書と身分証を軍曹が保管責任者に翳(かざ)して、突撃銃2丁、短機関銃4丁、其の予備弾倉を各3個ずつで18本、ホルスター入りのワルサー拳銃(けんじゅう)6丁と予備弾薬、などの乗員全員の個人防御火器を得(え)た。

 それらを全部、手押しの1輪車に積(つ)んで運んだ。それから、今度は輜重(しちょう)部隊の倉庫へ行き、再び軍曹が警備兵に命令書と身分証を見せ付けて、今度は戦闘食料と固形燃料を1輪車に積めるだけと新品の毛布を6枚、工員達が着る戦車兵用の丈(たけ)の短い国防軍仕様の迷彩(めいさい)ジャケットを3着に、水筒を12個も持って来た。


つづく

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