回想 マムートを指揮する軍曹と砲手の伍長 『超重戦車E-100Ⅱの戦い 前編 マムートの初陣 第7話』

■4月28日(土曜日) ブランデンブルク市のオペル社の工場


 砲架を調整する間にダブリスは、マムートの完成後に従(したが)うべき戦闘辞令を受けると、不足した搭乗員の確保に敗残兵の溜(た)まり場や治癒(ちゆ)した負傷兵がいそうな病院を探し回っていた。

 それで、確保されたのが無線手資格を持つ六人(ろくにん)の中では最年少の僕、14歳で中学3年生のヒトラー・ユーゲント団員だ。

 ヒトラー・ユーゲントへは兄貴らの御下(おさ)がりの制服を着て、10歳になった11月に入団した。

 遠く離れた場所と交信できる無線電話やモールス信号に興味を惹(ひ)かれ、学べる限りの通信資格を取得した。

 3月に国民突撃隊へ徴収されて兵学校で訓練を受けた後、4月からはシュパンダウ地区の防衛陣地作りを遣(や)らされていた。

 其(そ)の後の情(なさ)けない戦歴は前述した通りだ。

 降り止まない雨に早朝からブランデンブルク市の大学病院の正面玄関横の軒下で雨宿りしながら、西方へ移送される負傷者を満載するトラックに乗せて貰(もら)おうとチャンスを窺(うかが)っていると、腕の有資格徽章(きしょう)を見たダブリスに声を掛けられた。

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 砲手のバラキエル・リヒター伍長は、武装(ヴァッフェン)親衛隊(略称SS/シュッツ・護衛、保護、親衛+スタッフェル・団結、連帯)のクーアマルク装甲(そうこう)擲弾兵(てきだんへい)師団へ教育係の人材補充員として派遣(はけん)された国防軍の下士官で、オーデル川西岸のゼーロウ高地での防衛戦に敗退した後、転戦途中のハルベ付近で師団が所属していた第9軍はソ連軍に包囲された。

 其処(そこ)からの脱出戦で砲手として乗車していたパンター戦車は撃破されたが、辛(かろ)うじて燃える戦車から脱出できた彼は、短機関銃を構えて赤松の森の中を追撃して来るロシア兵と銃撃戦を繰り返しながら西南西方向から聞こえる砲声を目指して進み、漸(ようや)く合流できた第12軍の前哨戦の兵士達に救出されると、給養所での休息も無い儘(まま)に新たな戦車へ配属される為(ため)に、ブランデンブルク市へ連れて来られた。そして、搭乗戦車を見付けられずにいるところをダブリスに説得されたという経緯(いきさつ)だ。

 18歳の彼は、半年ほどの軍歴の間に40輌以上のソ連戦車を討(う)ち取ったらしい。

 其の功績(こうせき)で金色の戦車突撃(とつげき)章と1級鉄十字章(てつじゅうじしょう)を得て、2等兵から特進昇格されたと言っていた。

 戦車長の的確(てきかく)な指示がなければ、敵を狭(せま)い照準レンズの視野内へ入れて正確な射撃を行うのは難(むずか)しい。

 右の真横には主砲が、目の前の照準眼鏡の直ぐ向こうには砲塔の前面装甲板と砲の防盾(ぼうじゅん)、時々頭を揺(ゆ)らすと髪の毛が触(ふ)れるのは砲塔の上面装甲板、左肩が触れそうな近さに迫(せま)っている壁(かべ)は砲塔側面装甲板、そして、『早く撃て』と背中を蹴(け)っているのは、真後(まうし)ろの司令塔席に座るメルキセデク軍曹だ。

 狭い閉鎖(へいさ)空間が平気で砲塔と照準操作に完熟(かんじゅく)して、敵弾が飛び交(か)い、爆発音が轟(とどろ)き、激しく揺さ振られる中、冷静に素早(すばや)く判断して正確に狙いを定(さだ)めた射撃で敵を撃滅する。

 こういう事が出来ているからこそ、バラキエル伍長は1級鉄十字章に値(あたい)する兵士なのだろう。

 ※

 戦車兵らしからぬ親衛隊の斑点(はんてん)迷彩(めいさい)のスモックを着て、同じ迷彩柄(がら)の帽子を包帯(ほうたい)を巻いた頭に被る車長のメルキセデク・ハーゼ軍曹は、最年長の19歳で武装親衛隊の戦車長だ。

 僕が玄関脇で蹲(うずくま)っていた大学病院から退院するところをダブリスに懇願(こんがん)されて、車長としてマムートに乗車する事を渋々(しぶしぶ)承諾(しょうだく)している。

 僕が声を掛けられた時には彼もいて、実績の無い巨大で性能不明な新型の重戦車より、軽快に動く強力なパンター戦車に乗りたいとボヤキを言っていた。

 1944年6月に結成された第12SS装甲師団の当初から配属された兵士として、その夏のノルマンディーの防衛戦、冬のベルギーの森、春先のハンガリーと過酷な激戦を生き抜いている。

 彼も左胸に戦車突撃章を付けていたが金色で、其の横の鉄十字章は1級の物だった。

 包帯は、ハンガリーのバラトン湖沿いを中隊の残存戦車が隊伍(たいご)を組んで後退している時に、ソ連軍の大口径砲突撃戦車の集団に襲(おそ)われ、其の際に砕(くだ)け散(ち)った装甲板の破片で前頭部に裂傷(れっしょう)を負って治療している。

 夕暮(ゆうぐ)れの食事前の空(あ)き時間に、治(なお)り切っていない傷口の乱(みだ)れた包帯を巻き直(なお)してあげたら、そんな負傷(ふしょう)した時の様子を話してくれた。

 彼のパンター戦車は他車と同じように中隊備品の履帯をトグロ巻きにして、砲塔後面の防御に他の備品と共に車体後部のエンジングリル上へ乗せ、ゆっくりした警戒速度で移動しているところを待ち伏せしていた敵に撃ち据(す)えられた。

 突然、左方向から赤く輝く火の玉となった敵の砲弾が先頭の駆逐戦車に吸い込まれて足回りを吹き飛ばした。

 撃破されて走行不能になった先頭の駆逐戦車から次々と乗員が脱出してしまうと、進路を塞(ふさ)がれた縦隊は身動きできずに全体が停止してしまった。

 其の敵側へ晒(さら)した無防備な側面をソ連軍の重突撃砲戦車が放った大口径弾で大きな孔を幾(いく)つも開けられて、あっと言う間に全滅(ぜんめつ)させられた。

 砲塔側面に掛けていた予備履帯は全(まった)く防弾の役にならなくて、装甲板と一緒(いっしょ)に砕けて飛散(ひさん)してしまい、砲塔脇に立って双眼鏡で索敵(さくてき)していた彼は、被弾の衝撃で路肩の溝へ吹き飛ばされて仕舞(しま)い、額(ひたい)から頭の天辺(てっぺん)までの皮膚が飛び散った装甲板の破片に裂(れつ)さかれて昏倒(こんとう)して仕舞った。   

 顔中血だらけで溝に倒れていた彼は、後続の撤退(てったい)部隊に発見されると、胸の鉄十字章の御蔭でベルリン市まで運ばれて治療を受け、更に、ソ連軍の包囲が始まったベルリン市からブランデンブルク市の大学病院へ移されたそうだ。

 メルキセデク軍曹の柔和な顔付きからは果敢な戦闘精神を見定める事が出来ないけれど、戦闘での適正(てきせい)は別格に優(すぐ)れているからこそ、戦果を重ねて鉄1級十字章を拝領(はいりょう)しているのだ。


つづく

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