回想 移送されたマムートと砲塔の搭載『超重戦車E-100Ⅱの戦い 前編 マムートの初陣 第6話』
■4月28日(土曜日) ブランデンブルク市のオペル社の工場
ラグエル・ベーゼとイスラフェル・バッハも、ダブリスと同じ工場の工員で、二人(ふたり)は小学校卒だから既(すで)に5年間の作業経験が有った。
ケーキを意味する姓(せい)なのに、全(まった)く甘さの無いダブリス・クーヘンは中学卒の思慮(しりょ)深(ぶか)い皮肉(ひにく)野朗(やろう)で、就業(しゅうぎょう)年数は少ないけれど、学歴からリーダー格になって二人の先輩を纏(まと)めている。
彼らは、既に居なくなった三人(さんにん)の熟練(じゅくれん)工員達の力仕事の補助として同行して来た。
工員達は、マムートの移送が決定した時点で、国民突撃隊の隊員にされて左腕には、其(そ)の証(あかし)である腕章(わんしょう)を付けていた。
「俺達はなあ、フォルクス・イェーガーの腕章を付けているけれど、徴兵(ちょうへい)と軍事訓練は免除(めんじょ)されているんだ!」
試作超重戦車マムートのデカい車体の上に立ち、両手を腰に当てて僕を見下ろすラグエルが言う
「この戦車を製造するのに必要な人材だから免除されているのさ。年長者は皆(みんな)、国防軍から召集(しょうしゅう)が掛かっていなくなったから、俺達が遣(や)り遂(と)げる事になっちまったよ」
ラグエルの肩に片手を掛けて横に立ったイスラフェルが説明を加えた。
「我々三人は、1秒でも早くマムートを完成させて戦わせる為(ため)に此処(ここ)にいるんだ!」
ラグエルの反対側の肩に手を掛けるダブリスが、力強く言い切ってくれる。
「いなくなった三人のオッさんやジィさん達よりも、二人の方が優秀なんだぞ!」
ダブリスはラグエルとイスラフェルの顔を交互に見てから僕に向かって言った。
ラグエルはダブリスを称(たた)える。
「そうよ、このダブリスさんは聡明(そうめい)なんだぜ。力仕事は俺達の方が上だけど、年下のダブリスさんは部品調達から組立工程まで任(まか)されていて、技師(ぎし)が担当するような図面まで描(えが)けるんだ。このマムートの改造部分の開発にも参画(さんかく)しているほど、何処(どこ)で勉強したのか知識が豊富なんだぞ!」
イスラフェルが相槌(あいづち)を入れる。
「全くだ! 俺達に頭の中の一部でも分けて貰(もら)いたいよ」
横で頷(うなづ)き合う二人の言葉を聞きながらダブリスはニヤニヤして照(て)れている。
僕の見る限り、ラグエルとイスラフェルの仕事っぷりは目立って適格(てきかく)で速いし、そして正確さに優(すぐ)れていた。
ダブリスはマムートを完成させる為の全工程の指揮を任されていて、年配の工員や格上の技師に丁寧(ていねい)に接しながらも厳格(げんかく)に指示して実務を熟(こな)していた。
そんな三人が活躍して火急的(かきゅうてき)な速(すみ)やかさで確実にマムートが組み上がって行くのを見て、僕は非力な手伝いしか出来ない自分を嘆(なげ)いてしまいながらも、マムートの無線手席で戦(たたか)う自分の姿を思い描いていた。
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去る3月29日、優先戦させて完成した3台目のマムートの車体は、外側の転輪を外(はず)してティーガー戦車の狭幅(せまはば)の履帯(りたい)を付けられ、マムート専用を考慮(こうりょ)して開発された150tの重量まで積載できる平床貨車に載(の)せられた。そして、外した外側転輪や幅広(はばびろ)の履帯に補助装甲を兼(か)ねた分厚いフェンダーと、それらを取り付ける簡易(かんい)クレーンや工具などを積んだ無蓋(むがい)貨車を連結して、アメリカ軍が迫るルール地方のパーダーボルン市の工場から八昼夜(はっちゅうや)を掛けた鉄道輸送でブランデンブルク市のオペル工場へ運ばれた。
新砲塔の搭載(とうさい)と不具合の調整要員の工員6名が、其の後の戦闘を行う乗員を兼ねて同行していたのだが、エルベ川のマグデブルク鉄橋手前の待避線に隠(かく)れた移動5日目の4月2日の深夜、其の年輩熟練工達は夜の闇に紛(まぎ)れて逃亡してしまい、要員は残された17歳の未熟(みじゅく)な三人の工員だけになってしまった。
それでも、彼らはブランデンブルク市のオペル社の工場へ、更に、三日(みっか)掛けて4月5日の夜に到着した。
二日(ふつか)後の4月7日には、ベルリン市のクルップ社の工場から、溶接を終えて形にされた砲塔と主砲と装備部品が運ばれて来た。
それからは、車体に砲塔を載せ、連日、装備の取り付けと装填補助装置の油圧作動の調整と、肝心(かんじん)の主砲として搭載する高射砲から転用した128㎜砲が砲架(ほうか)に組み合わない大問題を、オペル社の工員や技術者に助けて貰(もら)いながら削(けず)ったり、くっ付けたりの加工調整に追われていた。
当初の計画では、砲塔の搭載はクルップ社で行い、そのままベルリン市防衛隊へ配属されて終焉(しゅうえん)を迎(むか)えるまでマムートは戦うはずだった。しかし、予想以上にソ連軍は強力で、ベルリン市を包囲する動きが速く、仮組(かりぐ)みで見付かった問題箇所を直(なお)して完成させたばかりの砲塔へ搭載する主砲に、またもや生(しょう)じた不具合(ふぐあい)の修正は作業を中断して、急ぎ、ソ連軍が迫るクルップ社の工場から、夜を徹(てっ)してブランデンブルク市のオペル社の工場へマムートは移されていた。
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「此処(ここ)では、3tトラックのブリッツが量産されていたんだ。流れ作業の工程が徹底(てってい)されていて、組立工場の手本にされていたよ。だけどオペル社はGM社の子会社さ。パリ市近くのポワシーに在るフォードの工場で軍用トラックが大量生産されているって話は工業界じゃ有名さ。GMも、フォードもアメリカの会社なのに、接収しないで、敵国の外資会社のままで経営されてるって信じられないよな」
あちらこちらに爆撃で破壊された痕が残るオペル社の広大な生産ラインを眺(なが)めながら、ダブリスが事情通のような事を話す。
「ハンガリーとルーマニアの油田はアメリカの石油会社が権利を持っていて、ハンガリーの油田はドイツへ売ってくれたし、ルーマニアのはソ連に攻め込まれるまで、原油を売ってくれていたんだ。それでドイツは戦争を続けられていたんだぜ」
「こいつの燃料の素(もと)になる合成石油と、電線の被膜(ひまく)にする合成ゴムも、フランクフルト市に在るアメリカ系の工場で製造されているんだ。ドイツの化学工業の殆(ほとん)どが外資(がいし)の会社だよ。敵国の会社が、敵の国で敵が戦争する為の戦略物資を造って供給(きょうきゅう)しているなんて、全く可笑(おか)しな話だ。そして、其の利益はドイツの敵国に在る本社へ送金されている」
「勝っても、負けても、儲(もう)かる奴(やつ)がいて、そいつらが戦争を起こさせている。たくさん兵器を造って、殺して、殺されて、怪我(けが)をする人も一杯(いっぱい)で、そこらじゅうが破壊だらけ。みんなを不幸にして稼(かせ)いでいる。学校の教育に、社会体制に、生活ルールも、そいつらを稼がす為に作られていて、其の事を誰もが気付けないし、気付いても逆(さか)らえない」
「御蔭(おかげ)で、ドイツの指導者は国民と国土がめちゃくちゃになるまで戦争を続けてる。挙句(あげく)に俺達もこんな事をして、もうじき戦争が終わりそうなのにさ、生き残れるかも分からない」
ダブリスは、全く、身も蓋(ふた)も無い事を言ってくれる。
そんな裏事情を聞かされたら、平民の僕達は『何て無力で、ちっぽけで、バカなんだ』と思ってしまう。
現実に、とっくの前から連合軍はエルベ川の西岸まで来ていて、東から攻め捲(ま)くるソ連軍が幾重(いくえ)にも包囲してしまった第3帝国の帝都ベルリンは陥落(かんらく)寸前だ。
ソ連軍はベルリン市南方で連合軍と会隅(かいぐう)をしたので、デンマークを含(ふく)むドイツ北部は南部地方や併合地のオーストリーと分断されてしまった。
今では、偉大な第3帝国の工業地帯の殆どを占領されていて、兵器の生産を継続(けいぞく)する為(ため)の資源も、資材も、人員も、すっかり無くなっている。
去年の東部戦線からのニュースが防戦一方になった時か、西部戦線で上陸した連合軍を2ヶ月経ってもドーバー海峡へ追い落としたというニュースが無い時点で、いずれ、ジリ貧の最終状態に至(いた)るのは考えられたはずだ。
去年の時点で、例(たと)え無条件降伏しか終戦できなかったとしても、指導者層とイデオロギーの一掃(いっそう)だけで国土の荒廃(こうはい)や国民の被害も、ずっと少なく済んだだろう。
此処に至っては、過酷(かこく)で非情な時代の社会に否応(いやおう)無く巻き込まれる思春期の子供なんて、簡単(かんたん)に1粒の麦みたいな自己犠牲をマインドコントロールされ、ヒーローどころか、惨(みじ)めで悲劇な死に追い込まれて行くだけだ。
マムートの砲塔にちゃんと砲を搭載しようと頑張(がんば)ってくれていた工員達の半数以上は、ドイツ語を話していなかった。
占領した敵国から連れて来た人達が、敵国資本の工場で、ドイツ人が戦って死ぬ兵器を造ってくれる。
それは、なんて気持ちが悪くなる話だろう。しかし、そんな事は、お互(たが)い様だ。
互いに雇用を生んで国民の生活を潤(うるお)しているし、地方自治体と国家政府の重要な財源の一(ひと)つでもある。
つづく
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