回想 初めての敵兵と死神の大鎌『超重戦車E-100Ⅱの戦い 前編 マムートの初陣 第2話』

■4月26日(木曜日) ベルリン市のシュパンダウ地区


 ベルリン市のシュパンダウ地区の大通りで、仲間から押し付けられた5、6発のファストパトローネを教練通りに小脇に抱(かか)えて、大凡(おおよそ)の狙(ねら)い角度で迫(せま)るイワンの戦車と兵士の群(む)れへ向けて、続け様(ざま)に発射してから大急(おおいそ)ぎで逃げていた。

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 僕がシュパンダウ地区で防衛の配置に就(つ)いていた場所は、大通りの真ん中の爆撃で抉(えぐ)れた痕(あと)の穴を利用した浅い塹壕(ざんごう)で、其(そ)の底に低く伏(ふ)せて全身を硬直(こうちょく)させていた。

 ついさっきの激(はげ)しい砲撃は幾(いく)つも間近で爆発して、イギリス空軍の夜間爆撃で半壊(はんかい)していた真横のビルの並(なら)びが、直撃を受けてドカドカと大きな瓦礫(がれき)を沢山(たくさん)降らせてくれた。

 固(かた)まった身体を歯の根が合わないほど震(ふる)えさせながら、僕は、『助けてくれぇー!』、『早く降参(こうさん)して、戦争を終わらせろぉー!』、『ドイツなんか、今直(す)ぐに負(ま)けちまえー!』、『此処(ここ)から出してくれー!』って、砂だらけでパサパサになった口で何度も叫(さけ)んでいた。

 50mくらいの近さまで接近しているような敵戦車の履帯(りたい)の路面を噛(か)む音が、大きく聞こえて来る。

 ゆっくりだけど、躊躇(ためら)い無く近付く走行音から、まだ敵は、全身を瓦礫(がれき)の屑塗(くずまみ)れにさせて塹壕の底へ潜(もぐ)るように伏せる20人ほどになった生き残りのヒトラー・ユーゲントの隊員に、気付いてはいないようだ。

 このまま伏せていれば、気付かずに通り過ぎてくれて、運が悪くても、捕虜(ほりょ)にされるだけだと思っていた。

 更(さら)に、近付いて来るにつれて、敵兵の足音と呼(よ)び合う声が聞こえ、伏せている穴底から伝(つた)わる敵戦車の動く振動(しんどう)が急速に大きくなって来る。

 ビューゥっと、塹壕の上を死神(しにがみ)が大鎌を一閃(いっせん)したみたいに、強い風が吹(ふ)き抜(ぬ)いて行き、大通りを舞(ま)う風に敵戦車の迫(せま)る音が一気(いっき)に伏せている爆弾穴の縁(ふち)まで来たかのように大きく響(ひび)かせると、周(まわ)りに伏せていた仲間達がガバッと一斉(いっせい)に起き上がり、持っているファストパトローネを底に蹲(うずくま)っている僕の脇(わき)へ、まるでゴミ穴へ捨(す)てるように押し付けては、後方へ走って逃げて行く。

 背を低くせずに立ち上がって走るという姿(すがた)は、いくら子供のすばしっこさでも、直ぐにソ連兵が見付けて、走り出した奴(やつ)も、立ち上がり掛けた奴も、短機関銃と戦車の車載機銃の激しい連射にバタバタと撃(う)ち倒(たお)された。

 腹這(はらば)いで潜(ひそ)んでいる窪(くぼ)みに充満する黄色い埃(ほこり)で口の中がジャリジャリして、何度も唾(つば)を吐(は)いて違和感を無くそうとしている最中(さいちゅう)に頭と顔に何かが附(つ)いた気がした瞬間、目の前が真っ赤(まっか)になった。

 頭に破片(はへん)や敵弾が当たった様な痛みは無く、附着(ふちゃく)して額(ひたい)と米神(こめかみ)を流れ伝う濡(ぬ)れた感じだけが有って直(す)ぐに顔を拭(ぬぐ)ってみると、べっとりと掌(てのひら)全体に赤い物が付いて、僕の間近(まぢか)で仲間の誰かが受けた銃創(じゅうそう)から噴(ふ)き出た血を頭っから浴(あ)びたのだと知った。

 髪(かみ)の毛から滴(したた)り落ちて来る血の雫(しずく)に気持ちが悪くなり、急いで胸ポケットからハンカチを取り出して視界を遮(さえぎ)っている目の周(まわ)りの血を拭(ふ)き取った。

 白いハンカチが鮮血(せんけつ)で朱(しゅ)に染(そ)まったのとベトベトし始(はじ)めた掌の赤さに、いきなり胃(い)がムカついて僕は四(よ)つん這いになってゲエゲエと飲み食いした物を全部戻(もど)した。

(凄(すご)く気持ちが悪い! クラクラする頭に見える全(すべ)てが回(まわ)ってる!)

 空(から)っぽになっても痙攣(けいれん)する胃が吐くのを治(おさ)まらせてくれず、ヒリヒリと痛む咽(のど)と吐瀉物(としゃぶつ)の残りでベタベタする口から痰(たん)と涎(よだれ)が勝手(かって)に出て来るし、鼻から垂(た)れ下がる鼻水に吐瀉物が混(ま)じり、嗅(か)いでしまう吐いた物と胃液の臭(くさ)さで、更(さら)に吐いてしまう。

 早くスッキリした気分になりたいのに、聞こえて来るのは死を予感させる銃砲声と爆発音の連続した響(ひび)きばかりで、其(そ)の死の恐怖が痙攣して突(つ)き上げる胃を、もっと気持ち悪くした。

 さっきからちっとも落ち着かない振動(しんどう)は、接近する敵戦車の回転する無限軌道と路面を穿(ほじく)り返さす爆発に瓦解(がかい)する廃墟(はいきょ)の壁(かべ)からだ!

 気持ち良くなる為(ため)には、吐き気よりも生きるか死ぬかの危機(きき)を乗り切るのが先だ!

 心地好(ここちよ)い風に吹(ふ)かれ、澄(す)み切った爽(さわ)やか空気を深く吸(す)い込み、鮮(あざ)やかな青空と白い雲を見たいのなら、今此処(ここ)に迫(せま)る死神を除(さ)けて逃(に)げ、生き残らなければならない!

(今直ぐ、すべき事をして、此(こ)の魔女の火に煮立(にた)つ場所から脱出(だっしゅつ)するんだ!)

 そう強く思うと僕の四肢(しし)に力が漲(みなぎ)って来るのを感じて、ビクンと全身が跳(は)ね起(お)きた。

 前方の穴から駆(か)けて来た奴は、僕がいる穴を飛び越(こ)えようとした時に、敵の銃火に捕(つか)まった。

 左手の肘(ひじ)から先が千切(ちぎ)れ、裂(さ)かれた腹からは内臓(ないぞう)と血が零(こぼ)れて、彼は僕の真横に落ちた。

 初めて見た人間の内臓と沢山(たくさん)の血、左の腕(うで)から突(つ)き出す血まみれの白い骨、捩(ねじ)じ切ったようなピンク色の筋肉(きんにく)の筋(すじ)にペラペラな白い皮膚(ひふ)。

 其の生々(なまなま)しい光景と臭(にお)いに、息が出来ないほど吐(は)いてしまって、鬱血(うっけつ)する顔に米神(こめかみ)の血管がブチ切れそうだった。

 彼の頭の横……、左耳の上辺(うえあた)りにも弾(たま)の中(あた)った孔(あな)が有った。

 頭蓋骨(ずがいこつ)に朱色(しゅいろ)の空洞(くうどう)のような孔が、ボッコリと開いている。

 孔を縁取る頭蓋骨の白い割れ口が、まるで、料理に使った卵の殻(から)みたいだ。

 中身の脳味噌(のうみそ)は高速で貫通(かんつう)した弾丸(だんがん)の勢(いきお)いに、反対側から引き摺(ず)られて出てしまったように見える。

 泣(な)き喚(わめ)きながら僕の塹壕を飛び越えようとした彼の15歳になったばかりの人生は、頭と腕と腹を貫通した銃弾が、ピタッと声を止(と)めさせて瞬時(しゅんじ)に終わらせた。

 先月の初めに、『今年は、少年団を卒業して、青年団入りだな♪』と、嬉(うれ)しそうに言いながら、ベルリン市の東側から聞こえて来るソ連軍の砲声に耳を傾(かたむ)けた彼は、困(こま)り顔で、『これじゃあ、先に戦争も、ドイツも、終わっちまうな』なんて、冗談(じょうだん)っぽく苦笑(にがわら)いしていたのに……。

 それよりも先に、今、彼の命が天国に昇(のぼ)ってしまった……。

 苦しそうな表情の泣いて腫(は)らした両目は、涙を湛(たた)えて僕を見ていたけれど、既に、瞳(ひとみ)に光を宿(やど)してはいなくて、土埃(つちぼこり)が被(かぶ)っても閉(と)じはしない。

 ついさっきまでは、冗談と勇(いさ)ましい言葉を大声で言い合って、景気付(けいきづ)けに合唱していた彼は、歌が上手(うま)くて、いつも、皆(みんな)をリードしていたのに、開いた口から、今は、もう声を出せない。

 彼は、僕の傍(そば)で死んでしまって、塹壕を飛び越えようとした時の泣き腫らした顔のままで、僕を見詰めている。

 僕を見ないでくれと、吐きながら震える手で彼の目の前に瓦礫を置いていた時に、ムカムカする吐き気以上に怒(いか)りを感じた。

 あと僅かな時間で、僕も彼のような屍(しかばね)になってしまう現実に、僕を此処で死ぬ運命にさせた世界に、ノコノコと軽い気持で此処へ来ている自分へ、更に、僕を今直ぐ殺そうと迫る敵の奴らに、ムラムラと湧(わ)き上がる激しくイライラする気持が、ゼェゼェと息苦(いきぐる)しく肺(はい)を喘(あえ)がせて、ドドドッと、急連打の全力動悸(どうき)で血液を巡(めぐ)らす心臓をプルプル震えさせた。

 ズキズキと酷(ひど)く痛み出した頭と身体の奥底から迸(ほとばし)る強い憎悪(ぞうお)に、僕は有らん限りに叫んだ。

「ちっくしょー! こんなので死んでたまるかあぁ! まだ、何も遣(や)っちゃいないし、充分(じゅうぶん)に生きちゃいないんだぞおぉー!」

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 連合軍の4発の重爆撃機による高空からの絨毯(じゅうたん)爆撃が無くなって既に十日(とおか)ほど過ぎている。

 其の代わりにソ連軍の砲声が日毎(ひごと)に近付いて来てるし、1機のドイツ空軍機も迎撃(げいげき)しない青空から舞い降りて来て、低空で襲撃(しゅうげき)を繰り返す赤い星印の攻撃機や戦闘機を頻繁(ひんぱん)に見掛ける様になった。

 昼夜を問わない砲撃は前線で我が軍の防衛拠点や軍需物資の集積所を狙(ねら)った攻撃前の砲撃で、北西から南西までの地平線間際(まぎわ)の夜空に無数の瞬(またた)きが見えている。

 其(そ)の瞬きや輝(かがや)きは、直(じき)に地平線を越えてくるだろう。

 赤い星に跨(またが)り天翔(あまが)ける死神連中は、地上に動く物の全(すべ)てに爆弾を落としながら機銃掃射(そうしゃ)をしていて、獲物(えもの)が動かなくなっても執拗(しつよう)に銃撃を繰り返していた。

 乱舞して突如(とつじょ)襲(おそ)って来る赤い死神やロシアで戦争の神様と謳(うた)われる大砲の砲弾は、軍事的に有害な目標を対象にしている様に見えて、地区や地域の分(わ)け隔(へだ)て無く昼も夜も高空から大量の爆弾をバラ撒(ま)いき、無差別にドイツ人の抹殺(まっさつ)を謀(はか)る奴等(やつら)とは、戦争のルールが違う様に思えた。

 イギリス人やフランス人やアメリカ人は常識的で、無学で獣(けもの)じみて野蛮(やばん)なロスケ共とは違うと聞かされていたが、『それは、どうかな』と考えてしまう。

 アメリカでも低所得者や底辺階層なら文盲(もんもう)が多い、そんな連中が兵隊にさせられているし、インディアンを絶滅させようとしたり、内戦で決着するまで奴隷制を止(や)めなかった国だ。

 ロシアだって芸術家や文豪(ぶんごう)が多いし、中産階級以上は知的だろう。

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 ほんの1週間前までは、工場地帯がアメリカ空軍に精密爆撃で破壊(はかい)されても、軍需(ぐんじゅ)生産目標の無い市街地の住宅地や商店街が夜間にイギリス空軍の無差別爆撃で炎上しても、工場で働(はたら)いていた住民の幾人かが亡(な)くなっても、耳に入るロシア人の蛮行(ばんこう)の噂(うわさ)に若い娘がいる家庭が西方へ逃(のが)れて行って、同級生の女子がいなくなっても、親達が、南方への疎開(そかい)は、もう、間に合わないと蒼(あお)い顔で頭を抱えていても、僕達の住むシュパンダウ地区北西郊外に被害は殆(ほとん)ど無くて、日に、日に迫り来る敵軍との戦闘を14歳の僕達は漠然(ばくぜん)としか意識していなかった。

 昼間は上空に美しい白い筋雲を引きながら、次々と遣(や)って来るアメリカの重爆撃機の大編隊に見惚(みと)れて仕舞いそうになるが、それは死神の群(む)れで、もう自分の死が真上まで来ている。

 空襲警報のサイレンが鳴(な)り響く中、高空からバラ撒(ま)かれる大きな爆弾の炸裂から唯一(ゆいいつ)の身を護(まも)る場所の防空壕(ぼうくうごう)へ駈け込むという行動を、寸秒(すんびょう)でも早く起こさなければならない。

 大編隊が通過コースにバラ撒く爆弾の着弾範囲の中に、安心できる逃げ場は無い!

 しっかりと造り込まれた防空壕でも直撃弾だと天井を貫通して来る。

 避難した市民が詰め込まれて犇(ひし)めく真ん中で大爆発されたら、中にいた全員が爆弾の破片で切り刻(きざ)まれながら壁に磔(はりつけ)になり、其の爆圧は人体の皮だけを磔して、中身の潰(つぶ)した内臓や砕(くだ)かれた骨や肉や脂肪(しぼう)や血液は人の皮の周りにバケツの水を勢いよく塀(へい)にブチ撒(ま)けた様な染(し)みになって、臓器組織の形は無く、もう誰の何なのか、判別は不可能だった。

 其処(そこ)に惨状(さんじょう)を見て臭いを嗅(か)いだ人達の嘔吐(おうと)が混(ま)じった。

 レンガ造りの頑丈(がんじょう)そうな5、6階建てのアパートでも上階に命中した爆弾の炸裂で、外壁を残して内部は崩落(ほうらく)した建材や家具で埋(う)まり、取り敢(あ)えず逃げ込んだ地下室の人達は生き埋めにされる。そして生き埋めにされた人達の救助は、大抵(たいてい)、間に合わなかった。

 夜間はイギリスの重爆撃機がアメリカ空軍と変わらない大編隊で低空を通過して行き、今度は焼夷弾(しょういだん)を雨霰(あめあられ)と落としてくれた。

 焼夷弾は外壁だけになったアパートの崩(くず)れた内部の可燃物(かねんぶつ)に火を着けて、地区全体を地獄(じごく)の業火(ごうか)の坩堝(るつぼ)と化し、防空壕や地下室に逃れた人々や生き埋めになった人達を窒息(ちっそく)と高熱で殺(ころ)しまくった。

 犠牲者は女子供、老人、兵役不適合者、病気や部位欠損(けっそん)で戦闘不能の傷病兵士などの非戦闘員ばかりだ!

 そんな高空からの一方的な皆殺(みなごろ)しは、まるで、ドイツ人の絶滅(ぜつめつ)を意図的(いとてき)に狙(ねら)っているかのようだった!

 どうせ爆弾を落とすなら無差別ではなくて、ちゃんと狙って官庁街や軍事施設や軍需(ぐんじゅ)工場ばかりを何度も破壊して戦争終結を少しでも早めて欲(ほ)しいと思っている。

 今年に入ってから疎開先はべルリン市の郊外しかなくて、もっと離れた田舎へ行く移動手段が閉ざされていると、告知が有った。

 軍事教練の最中(さいちゅう)でも遣(や)って来る見付けて空襲警報のサイレンが鳴れば、僕達は一目散(いちもくさん)に駆(か)けて校舎の地下室や校庭の隅(すみ)に造られた防空壕へ逃げ込まなければならない。

 防空壕に退避(たいひ)するのは、勿論(もちろん)、死にたくないからだが、退避は義務になっていて、不慮(ふりょ)の事態ではなくて自(みずか)らの意思で留(とど)まるのは国家反逆罪と見做(みな)されて、少国民団の幼い隊員でも然(しか)るべき所へ連行されて、自身と親兄弟姉妹と交友関係者の名前及(およ)び素行(そこう)と思想を尋問(じんもん)されている。

 閉(し)めたカーテンの隙間(すきま)から、夜間空襲の遠く燃え上がる炎(ほのお)の列に赤く照(て)らされた夜空を見て、不安を感じている気持ちの半分は、スペクタクル映画のクライマックスを観ているみたいで、綺麗(きれい)だなと思っていた。

 瞬(またた)く閃光(せんこう)と燃え上がる炎が、火災の痕片付(あとかたづ)けや防空壕を埋(うず)めた瓦礫の除去の手伝いに行かされた場所の様になるのを分かっているのに、面白(おもしろ)がっていて楽観的な子供の僕らは、国民突撃隊の一員として召集(しょうしゅう)された四日間(よっかかん)の軍事教練が終了しても、スポーツ合宿のような浮(うわ)ついた気分でいた。

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 教練が終了した翌日の一昨日(おととい)は、命(めい)じられて朝から大通りの交差点で配置に就かされた。

 4輌の路面電車を交差点へ押して来て並(なら)べると、それらの周囲の数か所に石畳の舗装を剥(は)がして下の硬(かた)い地面を掘り、夕方まで散々(さんざん)苦労して直径1mで深さ1mほどの穴にした。そして、穴掘りをしている間に近くから外して来たレールを路面電車の配置とバリケード作りの作業を指示していた工兵達が半分の長さにガス溶断機で切断して、それを路面電車が移動できないようにする杭(くい)代(が)わりに立てて固定した。

 其の日の作業は、それで終了。

 宵闇(よいやみ)が迫る頃、大通りに面した半壊(はんかい)の建物の中で、各班(はん)に別れて熾(おこ)した焚き火(たきび)を囲(かこ)んで晩飯に配(くば)られた太いソーセージ入りのシチューとパンを食べ終えると、僕達は防衛配置場所の大通りの爆弾痕の穴で寝た。

 腐敗(ふはい)ガス臭(くさ)い穴底の地ベタでも、誰もが不平を言わずに、支給された厚くて重い粗(あら)めに織(お)られた軍用毛布と防水の迷彩ポンチョの中へ潜(もぐ)るように頭まで包(くる)まると、焚き火と食事で温(あたた)まった体を冷(ひ)やさないように丸まって寒さに耐(た)えた。

 重労働で疲(つか)れ切った肉体は、腹が満(み)ちると直ぐに夢を見させてくれた。けれど、夜半(やはん)から時折(ときおり)降られた俄雨(にわかあめ)で起こされて良く眠れず、寝起きの気分は寒さも加わって悪かった。

 昨日(きのう)は朝から前日の作業の続きで、並べて固定した路面電車の中を大きな瓦礫で埋(う)めると、車両の周囲にも瓦礫を堆(うずたか)く積(つ)んで交通障害物として完成させた。

 其の後は、携行(けいこう)した小さめなシャベルで舗装(ほそう)道路に掘れた爆弾の穴を、更に、深く掘って自分用の塹壕を作った。けれど、大通りの舗装の基礎地盤は大きな石がゴロゴロ混ざる粗い砂で固められていて、其の硬(かた)さは一人(ひとり)だと散々苦労して掘り続けても、膝(ひざ)が隠れる程度の浅さで精一杯(せいいっぱい)だった。

 誰もが好い加減(いいかげん)、嫌になった塹壕掘りを止(や)めて、シャベルを塹壕らしからぬ穴の中へ投げ捨てると、小学校の校舎から運んで来た20個の真新(まあたら)しい木箱に入れられている、個人が携行する火器のファストパトローネを皆(みんな)で受け取りに行く。

 爆弾穴近くの路上に置いていた2㎝は有る厚い松材の木箱の中から、押し付けられるように配られたは、命中すれば、燃焼(ねんしょう)が集束する成形炸薬弾頭(せいけいさくやくだんとう)の爆発の高熱で、装甲板の鋼鉄が熔(と)けると高熱超高速の噴流(ふんりゅう)となって、200㎜の分厚い鋼鉄装甲でも、一瞬で溶解(ようかい)貫通の孔ができる。

 貫通孔は小さいけれど、噴流を浴(あ)びた乗員の体の部位は蒸発(じょうはつ)してしまうし、上手く砲塔内や車体内部の弾薬や燃料に貫通した高熱噴流が被(かぶ)れば、瞬時に敵戦車を爆発炎上させられる威力(いりょく)が有ると、教官の古参兵(こさんへい)が言っていた。

 先(ま)ずは弾頭を固定しているバンドを外(はず)して発射筒から弾頭を抜(ぬ)き、弾頭の最後部の孔の中へ、細い信管と起爆用爆薬の順番で入れるが、向きを確認しながら慎重にセットする。

製造工程を簡略化する為に逆向きでも入ってしまう不親切設計で、当然、向きを間違えたら命中しても爆発しない。

 それから再び弾頭を差し込み、引き金の上に被(かぶ)っている照準具を起こす。

 照準具はバネで跳(は)ね起きる様になっているが、起きてしまうと引き金がむき出しになるので、この危険な状態にならない様に照準具は安全ピンで閉じられている。

 照準具は跳ね起きるが、正規の位置の直角になるまで手で起こし足す必要が有る。

 次に引き金が落ちて暴発しないように安全レバーを引き金になる板の下に噛(か)ますが、これがズレ易(やす)くて、安全レバーの位置を確認しないままに不用意に掴(つか)むと、引き金を押さえ切って発射筒内の発射薬に点火され、弾頭が発射されてしまう。

 予期しない射出は発射筒の後方へ吹き出す火炎流と何かしらに接触して起爆する弾頭の爆発で大惨事(だいさんじ)に成(な)り兼(かね)ねない事故が発生する。

 それと発射準備が出来た後に、何気(なにげ)に振り回したり、落としたり、何かがぶつかったりして、弾頭の先端に衝撃を与(あた)えたら、『あっ!』と思う間も無く爆発して所持者と2m以内の者は即死か、瀕死の重傷、更に5m以内にいれば確実に負傷してしまうから、取り扱いには慎重(しんちょう)にする必要が有る要注意な御手軽(おてがる)に携行できる対戦車兵器だった。

 だから発射可能にする作業の手順は非常に注意して行なわないといけない。

 弾頭の起爆は発射の衝撃で信管の安全装置が外れ、命中した衝撃で信管が爆発、続いて起爆が爆発燃焼して炸薬に点火、炸薬の爆発は集束燃焼を起こして超高温の炎の槍(やり)となり、敵戦車の装甲板を溶かして貫く、結果、敵戦車の戦闘力はうしなわれる。

 故に名称は『ファストパトローネ/Faustpatrone』、つまり『拳(こぶし)の弾薬』だ!

 『これら一連の起爆順序は瞬時(しゅんじ)で、其の威力は恐ろしいから注意しろ!』という説明が校庭や教室で行われる軍事教練の際に何度か繰り替えされた。

 何しろ携行する武器はファストパトローネと短剣だけなので、毎回、僕達は真剣に聞き、手順を丸暗記した。

 何しろファストパトローネさえ撃って仕舞えば、手許(てもと)に武器弾薬は無くなり、敵前逃亡の様に身を翻(ひるがえ)して後方へ逃げても、上官から咎(とが)められる事は無い。

(直ぐ其処まで敵兵が来ているのに塹壕を飛び出すなんて、無謀(むぼう)で敵の銃火に捕まらずに逃げ通すのは難しい。たとえ後方陣地へ戻れたとしても、再びファストパトローネを握(にぎ)らされるだけだ……)

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 少国民団、通称『少年団』の僕達は総統への忠誠(ちゅうせい)を誓(ちか)っている。

 従(したが)うべきはナチス党の指示、それは総統の言葉だ。

 此(こ)の有様でも『団結』する僕達は何の疑問も抱(いだ)かずに『ハイル・ヒトラー』、『ジーク・ハイル』と従っている。

(だが、もうイヤだ!)

 皮ベルトに銀のバックルに鋭利(えいり)な両刃の短剣!

 それらを持つのに憧(あこが)れて、格好良(かっこうよ)いと思っていた。

 其の呪縛が解(と)けたのは『アーリア人種証明』を持たされて国民突撃隊への転入時に純粋ドイツ人である事を示してからだった。

 昨日まで爆撃での被災者を救助する手伝いや瓦礫(がれき)の片付けをする少年団の団員で戦火の傍観者だったはずの僕は、大ドイツ帝国の敵戦車を狩る軍務に就(つ)く少年兵として今日からは戦車猟兵に特化した軍事教練を受けて、七日(なのか)から十日(とおか)後には命じられた地点の守備陣地で敵部隊を迎撃(げいげき)させられる事になるのは逃(のが)れられない運命となって仕舞った。

(実際は、もっと少ない日数かも知れないが……)

 つまり、死ぬまでの日々と残された時間が決定した。

 戦う覚悟を強くして血気に逸(はや)ると同時に、僕は僕の最期を想像した。

 最早(もはや)、決定的な敗北が迫る中で赴(おもむ)いた最終防衛線の戦闘で、崩(くず)れる建物が瓦礫の山になり、道路が爆発で噴き上がり、殺される恐怖の中、自分の身体が潰(つぶ)されて千切れて行く手足と吹き出る血飛沫(ちしぶき)に悟(さと)った死ぬしかない絶望感は、少国民団へ入団した時の憧れを『死にたくない!』、『生き残りたい!』の強い後悔に変えさせた。

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 訓練で1度だけ、教官が信管と炸薬(さくやく)を抜(ぬ)いたダミー弾頭付きのファストパトローネを小脇に抱えると、発射筒の上にくっ付くように折(お)り畳(たた)まれた、小さな孔が並ぶだけの板にしか見えない照準器(しょうじゅんき)を起こして立て、孔を通して見える弾頭の丸みの頂点と目標の軸線を合わせ、最大射程狙いの約35度の角度で狙いを付けて発射した。

 『バンッ!』と短い破裂音がして、教官の真後ろの地面を『ボッ!』と5、6mの長さの炎の噴流が舐(な)め、バッと舞い上がった土埃が凄(すご)く熱かった。

 外(はず)した炸薬と信管の代(か)わりに入れたセメントで、重さとバランスを同じにしたダミーの弾頭は、『ポンッ!』という感じで弾き出されて、思いっ切り遠くへ投げたボールや石のように、放物線を描いて校庭の端に落ちた。

「見た通り、放(はな)たれた瞬間に、弾頭の尾に巻かれている4枚の羽(はね)が、弾性と風圧で広がり、狙った方向へ真っ直ぐに飛んで行く。だが、最大角度の狙いでも、ボールを投げるような山形(やまなり)の曲線で100m足らずしか飛ばないし、勢(いきお)いもゆっくりで、手で払い除(よ)けられるようにも、両手で受け取れるようにも思えてしまう。だから諸君は、確実に敵戦車を仕留(しと)める為、避(さ)ける余裕の無い50m以内に近付けさせなければならない。できれば、照準器の1番下の孔で狙う、30mだ!」

 教官は僕達を傍(そば)に来させて、最(もっと)も危険な動作を知らしめる為の注意をする。

「行き足の勢いを失った弾頭でも、其の重みによる自重落下だけの衝突力(しょうとつりょく)で、この弾頭カバーが割(わ)れて外れてしまう。外れると同時に、信管が作動して弾頭の炸薬が爆発燃焼する。だから、放(ほう)り投げての受け取りや振り回すような遊びをするな! 発射する直前まで絶対に照準器を起(お)こすな! 起こせば、安全装置が解除される。そうなると、弾頭カバーが外れるだけで、爆発する! 2m以内は即死(そくし)だ! 10mでも大怪我だぞ。解(わか)ったな! 事故を起こすなよ」

 それから、発射筒と真後(まうし)ろの僅(わず)かに焦(こ)げた地面を指(さ)し、注意すべき点を話す。

「打ち放った後も、破損していない発射筒は、繰り返し使用可能だ。照準器は安全装置を兼(か)ねている。最近の弾頭は、既に信管と発射薬が充填(じゅうてん)されていて、照準器を元の状態に折(お)り畳(たた)まないと、新しい弾頭が発射筒に差(さ)し込(こ)めない。そして、照準器を起こさないと、信管の安全装置が解除されないし、発射レバーも押せない。照準器は、弾頭の脱落防止の留(と)め金(がね)も兼(か)ねているから、発射筒の破裂や弾頭の早期爆発を招(まね)いて非常に危険だ。そして、発射時に真後ろにいると発射薬の強烈な燃焼炎で即死する。2m以内は骨まで溶かされてしまうぞ。6、7m離(はな)れていても全身大火傷(だいやけど)で助からない。仲間に殺されたくなかったら、最低限、後へ10mは離れるか、左右に2、3m離れる事だな。まっ、お前らのような子供が扱うには、危険なファストパトローネだが、注意事項に気を付けていれば、凄く強力で御手軽(おてがる)な対戦車兵器だ。榴弾(りゅうだん)ほどでもないが、手榴弾(しゅりゅうだん)並(な)みに敵兵も吹き飛ばせるからな」

 近くの学校での教練で、弾頭を取り付けた直後に暴発して五人の生徒が死んだらしいと噂(うわさ)していた僕達は、此れが其のファストパトローネかと、眉(まゆ)を寄せ、眉間(みけん)に皺(しわ)を立て、奥歯を噛(か)み締(し)め、こんな物騒(ぶっそう)な物は持ちたくないと互(たが)いに目配(めくば)せしながらも、教官の説明を真剣に聞いていた。

「補足だ。事故の危険が有る為、安全装置の照準器は、簡単に起き上がらないように、少し固く嵌(は)まっている。だから、掴(つか)んで起こすには、指と腕の力が必要だ。軽い気持で起こそうとしても、起きない。でも、其処で諦(あきら)めるな! 必(かなら)ず起こせるはずだ! さあ、諸君(しょくん)。一人ずつ、順番に照準器を起こしてから倒して戻(もど)すのだ。遣ってみて、力加減(ちからかげん)を覚(おぼ)えろ!」

(あそこまでしか……。たった100mしか飛んで行かない……。100mなんて、直(す)ぐ其処だ!)

 僕は教官に顔を向けて聞きながらも、瞳は100m先の黄色っぽい土の上に転がっている訓練用の赤い弾頭を見続けていた。

(この100mまで飛ぶのが最新式で、旧型は60mだったそうだ!)

 旧型は発射薬の在庫が有るために今も生産が続けられていると説明で聞いている。

 旧型と新型の外観は同じで、違いは弾頭に貼(は)られた大きな使用説明のラベルの色だけだ。

 旧型は黄色で、新型は白色のラベルだが、黄色のラベルの不足から旧型にも白ラベルが有るらしい。

 はっきり見分けるには説明文の大きな文字が、60mか、100mとなっているか、たったそれだけだ!

 更に初期型のたった30mしか飛ばないのも未使用品の在庫が何処かの倉庫に有るみたいだけど、そんなのが配置に就(つ)かされた陣地に届いたなら最悪で堪(たま)ったもんじゃない!

 30mしか飛ばないファストパトローネのみしか持たない僕達は、誰かが一発放った後、他の者が撃つ前に全滅だ!

(30mなんて論外(ろんがい)だけど、60mも大概(たいがい)にしろだ! 50m短距離走にプラス10m! 直ぐ其処だ! 戦車なら5秒以内、銃を持つ戦闘装備の敵歩兵でも15秒程で来られる近さだ! ゴソゴソと動いて塹壕の縁からファストパトローネを構えた途端(とたん)、顔面を敵弾が射抜いて来る! 即死(そくし)だ! そうはならないように予(あらかじ)め60mの位置に多くの目印を置いて其処へ敵戦車が来れば、大体の方向と発射角度でファストパトローネを撃つ。そして、一目散(いちもくさん)に身を低くしながら後方へ走って逃げるしかない!)

 其処に有る赤い弾頭と映画館で観た週刊ニュースの戦闘場面が重(かさ)なり、急に不安になった僕は手を上げて教官に質問をした。

「教官殿、因(ちな)みにでありますが、どのくらい離れた位置から、敵は僕達を発見できるのでありますか?」

「ん、おまえは?」

「シュミット……、アルフォンス・シュミットであります。教官殿!」

「そうか。ではシュミット、教えてやろう。此の広い校庭に黒い制服姿で集まっている我々は、あそこに見えるだろう、遠くの旗が立っている建物から丸見えだ。約2㎞の距離だな」

「……あ、あんなに遠くからでありますか!」

「シュミット、逆に考えてみろ。あそこに人が集まって動いていたら、人がいるなって貴様(きさま)にも分かるだろう」

「はい……、教官殿。分かります。敵兵達は2㎞向こうから僕達を見付けます。……それでは、敵の戦車が僕達を見付けて発砲して来るのは、どの辺りからでしょうか?」

「シュミット、貴様は質問の多い奴だな。だが、貴様達が確実に任務を出来る為に教えてやろう。動いている戦車の中からだと、あそこの街路樹の向こうの端(はし)辺りからだ。まあ、距離にして1.5㎞は離れている遠方から貴様達を見付けて警戒し、敵戦車は停止する。戦車長はハッチを開けて双眼鏡で貴様達の動向を探るだろう。そして、慌(あわ)てた様子は無くて緊急(きんきゅう)な脅威(きょうい)にならないと判断されれば、一網打尽(いちもうだじん)で貴様達を殲滅しようと更に接近してから撃って来るんだ」

「教官殿、此処にいると僕達は殲滅(せんめつ)されるのでありますか?」

「そうだ。其処の爆撃で破壊された工場跡まで来て、あそこだ、倒れずに残っている傾(かたむ)いた煙突が見えるだろう。1㎞まで近付いてドカドカ撃って来るぞ。敵戦車は前進、停止、発砲を繰(く)り返(かえ)してドンドン近付いて来る。戦車に追従(ついしょう)する敵歩兵達も撃ち掛けながら駆けて来るんだ。そうなると、貴様達は殺されるか、大怪我をして捕(と)らえられるかだ。だが、ロスケ共はドイツ人への復讐心(ふくしゅうしん)から重傷者を殺すだろう。死の恐怖から両手を高く上げて自(みずか)ら進んで捕虜になる手も有るが、それはドイツ人として恥(は)ずべき行為(こうい)だ! しかし、降伏しても半数以上は感情的に殺されるだろうな」

 僕達は攻撃される状況を想像して小さく息を吐き、圧迫(あっぱく)される気持ちに生唾(なまつば)を飲み込み、緊張で僅かに足を震えさせながら、教官を見詰めて話を真剣に聞き、誰もが思い描(えが)いた逃げ惑(まど)う恐怖から生き残れる術(すべ)を探(さが)していた。

「戦車に随伴(ずいはん)している敵歩兵に見付かれば、遮蔽物に隠れながら接近されて約400mの距離から自動小銃で狙い撃ちされる。狙撃兵だったら600mの遠距離から御前達は撃たれてしまうんだ」

 400m、600m、人がいて動きは分かるけれど、そんな遠くから自分が銃で狙いを付けられているなんて思わない!

「だからだ。あっさりと貴様達が殺されない為に、遮蔽物(しゃへいぶつ)の影や穴の中に伏せているんだ。じっとして動いてはならないぞ。敵から見えない様に隠(かく)れていろ。逃げようとして立ち上がったら撃たれて死ぬぞ!敵が100m内に来るまで身動きせずに待っているんだ。こっそりと100m位置の目印(めじるし)を越えるのを見ていて、射程内に入ったのを知ったら、速(すみ)やかに狙いを付けてファストパトローネを発射するんだ」

 僕は近日中(きんじつちゅう)に体験するだろう恐怖に身体を硬直させながら、其の場面を想像していた。

 だんだんと大きくなる敵戦車の履帯が石畳の舗装を噛む音や散らばっている瓦礫片を砕く音が聞こえ、積み上げた瓦礫の隙間から敵が射程内に来たのを見定(みさだ)め、ファストパトローネの照準を起こして狙い、発射レバーを握り締める。

 僕の右脇に抱えた鉄パイプから爆発音が轟き、炎が僕の顔面に熱い空気を吹き掛けて窓際に置かれた鉢植えの様な弾頭が飛んで行く。そして、敵がいる辺りで爆発が起きる。

(其の後は……、どうするんだ? 敵は銃を構えて直ぐ其処まで来ているんだぞ! 一つしかないファストパトローネを使ってしまえば、後はヒトラー・ユーゲントの短剣しかないんだぞ! 短剣で僕を狙う銃口には敵(かな)わない! 僕は……どうすれば良いんだ!)

「教官殿、敵が近付くまで、待つしかないのですか? どれくらい待てば、敵は100mまで近付くのでしょうか?」

「そうだ。正確に狙って発射できる様に準備して待つしかないんだ。そして、射程内に来た敵に見付かる前に、敵戦車に狙いを付けて撃つんだ。……敵戦車に命中して爆発すれば、敵戦車は停止するか、攻撃力を失(うしな)うだろう。敵の歩兵達も伏せるか、隠れるか、後退するだろう。敵が怯(ひる)んだ隙(すき)に逃げろ! 敵がいない、敵の弾が届かない安全な場所まで逃げきるんだ! だが、敵に命中させなければ、逃げる隙は無いぞ。だから、じっと隠れて待ち、良く狙うんだぞ」

(果(は)たして、こんなファストパトローネの模擬発射の訓練だけで、迫り来る敵軍の恐怖を前に僕達は冷静に戦えるのだろうか? 大体、敵戦車の直ぐ近くには短機関銃を構えた敵の歩兵達が来ていて、進行方向の街路の上下左右に絶(た)え間なく視線を移して影や動きに注意している。そして神経を研(と)ぎ澄(す)ませて警戒しているから気配も感じ取っているに違いない)

 教官の指導を聞き終えると、僕は目を瞑(つぶ)って思う。

(捨て置かれたような場所で逃げもせず、実戦経験の無い僕達が冷静に状況を判断して戦うなど、無理な事だ!)

 校庭の向こう側には既に疎開している筈の10歳から14歳までのドイツ少年団に入団している男子が同じ様な訓練をしていた。

 16歳から60歳までの一般市民の男子は国民突撃隊に入隊しなければならなくなった。

 同時に10歳から14歳までの少国民団と15歳から18歳までのヒトラーユーゲントも国民突撃隊に組み込まれた。

 去年の2月にベルリン市に住む14歳以下の学童は農村地帯へ移住の条例……いわゆる疎開令が執行されて、早々に9歳以下の男女の移住を済まさせていたが、戦闘力になる少年団員達まで疎開させるか否(いな)かの判断は其の区域の政治指導員に任(まか)されてた。そして大半の少年団員の疎開は実行されずに国民突撃隊やヒトラーユーゲントの補助要員として軍事動員の対象になっている。

 10歳から14歳までの少女団の大半は南西部の森林地帯へ移住したようだったが、疎開せずにドイツ少女連盟や婦人団の医療業務や連絡業務の手伝いをしている団員もいた。

 それに去年の夏の終わり頃からは敵の空襲が頻繁(ひんぱん)になって、疎開先への移動時に大勢が死傷しているという報道が有ってからは、移住を躊躇(ためら)う家族が多くなり、更に、今年に入ってからは疎開できるような戦況ではなくなっている様子だった。

 僕達の四日間の軍事教練は、ファストパトローネを抱えての全力疾走をする肉薄攻撃と、取り扱い操作を繰り返す訓練ばかりで、他にした事といえば、離れている物の大きさの目測(もくそく)から其処までの距離の導(みちび)き方、それに校庭での穴掘りだった。

「ファストパトローネを上手(うま)く使って、生き残れよ。ハイル・ヒットラー」

 軍事教練の最後の日、手配されて来た徴用(ちょうよう)トラックに、ファストパトローネと小銃と弾薬を詰(つ)めた木箱類を乗せ終わり、不動の姿勢で整列した僕達へ、教官が手向(たむ)けの言葉をくれた。

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 ファストパトローネを入れた木箱は、14歳の少年が二人(ふたり)掛かりでも非常に重くて、トラックに積(つ)むのは、持ち上げる二人と引き上げる二人の合計四人がいないと、僕達には難(むずか)しい作業だった。

 木箱の中に入っているファストパトローネは、1本が約7㎏有って4本で28㎏、松材の木箱が5㎏以上だから、ファストパトローネ入りの1箱の重さは33㎏も有った。

 防衛陣地にする場所の近くまでトラックで行っても、降(お)ろしてから瓦礫と爆弾痕だらけの通りを歩いて運ぶだけで、持ち手のロープが両手の掌(てのひら)に食い込んで水脹(みずぶく)れを作ってしまった。

 爆弾痕や砲弾痕の穴を掘り込んで浅い個人用の塹壕にしてから、ファストパトローネを受け取ろうと、木箱を開いた両手の掌がヒリヒリと痛(いた)み、見ると水脹れが塹壕掘りで全(すべ)て破(やぶ)れているのに気付いた。

 右の胸ポケットに入れていた軟膏(なんこう)類の薬の中から、いつもの擦り傷(すりきず)用を出し、傷口に付着(ふちゃく)した泥の洗浄に流し掛ける水筒の水が、掌をジンジンと痺(しび)れたみたいに痛くさせた。

 沁(し)みる痛みに堪(た)えながら、木箱に入る新品のファストパトローネを見ていると、そんな、僅か数日前の教練を思い出して、なぜか、僕は懐(なつ)かしんでいた。


つづく

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