似て否なる者
私はさっき、貴弘とよく似た誰か、って言葉を使ったけれど、公園に現れた彼は、よく似たどころじゃなくて、瓜二つ――貴弘をそのままコピーしたみたいに、背格好までそっくりだった。
でも、姿形はそっくりだけれど、にやけた笑いを浮かべていて、感じが悪いところは違っている。クールだけれどほんとは優しい貴弘と違って、なにか黒々としたものを内に潜めているような……
「え……? 貴弘が……二人?」
二人の顔を交互に見ながら、どういうことなのか分からずに、困惑する私。
「……お前、誰だよ」
貴弘が、貴弘そっくりな男の子を睨むように見据えながら、問い質す。
「僕のこと忘れちゃったの?」
貴弘そっくりな男の子が、切なげに眉根を寄せて言う。その声もそっくりだけれど、落ち着いたトーンで話す貴弘よりも高くて、子供っぽさが滲んでいる。
「ひどいなぁ……僕は
この男の子が、貴弘の兄弟……?
そう言えば、さっき、『貴弘にいさん』って呼んでたみたいだけど……
でも、貴弘は確か、一人っ子なはず……
「俺の兄弟だって?」
貴弘にとっても、意外なことだったみたいだ。
「そっか。貴弘兄さんはまだ知らないんだね。僕がほんとのことを教えてあげるよ。貴弘兄さんが生まれてすぐに、父さんと母さんが離婚しちゃったってのは知ってるよね? だけど、貴弘兄さんと一緒に、僕も生まれていたんだよ。僕達は、一卵性双生児の兄弟なんだ。貴弘兄さんは、母さんが引き取って、僕は、父さんに引き取られたんだ」
「……母さんから、そんなことは一言も聞いたことがない」
「父さんと母さんは、なにがあったか知らないけど、完全に絶縁状態だからね。どうせ会うこともないだろうからって、余計なことはしゃべらないでおくようにしたんじゃない?」
言いながら、貴弘そっくりな男の子――貴俊は、ゆっくりとした足取りで、こっちに近づいてきた。
私は、貴弘の背後に後ずさるようにしながら、
「もしかして――」
あることに思い当たった。もしかして、あの時の貴弘は……
「私をラブホテルに連れ込もうとしたのは……」
「そう。僕だよ、瑞貴ちゃん」
貴俊が、馴れ馴れしく『ちゃん』づけで呼んだ。
「おまえ、瑞貴にそんなことを……」
貴弘が、貴俊に向ける視線をさらに鋭くする。
貴俊は、にやけた笑みを浮かべたまま、ズボンのポケットから、携帯を取り出した。
「それは――無くなってた俺の携帯……」
その携帯を見て、貴弘が驚いたように。
街灯の明かりを受けて光る、その携帯にかけられた透明なピアノのストラップには、私も見覚えがあった。貴弘が小学生の頃から携帯に付けている、お気に入りのストラップだ。
「そう。これは貴弘兄さんの携帯。貴弘兄さんが眠ってる間に、ちょっと部屋の中にお邪魔して、拝借させてもらったよ」
「お前が犯人だったのか……なんで俺の携帯なんか盗む必要が……」
「瑞貴ちゃんを呼び出すためにね。違う携帯から電話したんじゃ、怪しまれるかなと思ってさ。でも、苦労してこの携帯手に入れて、瑞貴ちゃんを呼び出したのに、瑞貴ちゃんに逃げられちゃったんだ。惜しかったなぁ……もう少しで、貴弘兄さんより先に、瑞貴ちゃんの処女を奪うことができたのに……僕の女友達なんて、『ラブホ行こう』って言ったら、ほいほいついてくるような馬鹿なやつらばかりなのにな……」
「瑞貴は、そんな尻軽女どもとは違うんだよ」
貴弘の表情が、どんどん険しくなってきて、口調も荒々しくなってきた。普段クールな貴弘が、ここまで感情を表に出すところは、初めて見た。
「それにしてもさ、これってなんのつもり?」
貴俊が、ほくそ笑むようにしながら、手にした携帯のディスプレイを私達に向ける。
貴俊が持つ、貴弘の携帯の待ち受け画面は、私と貴弘が、小学生の頃に、この公園で一緒に写した写真になっていた。
貴弘は、それには答えずに、
「俺にあの脅迫状を送りつけてきたのは、お前だな?」
貴弘を見ると、その手が小刻みに震えていた。
込み上げてくる怒りを、必死に堪えているみたいだ。
「そうだよ。貴弘兄さんは知らないだろうけどね、僕を引き取った父さんは、その後すぐに、他の女と再婚して、僕を捨てたんだ。僕はその後孤児院に引き取られたんだけど、そこでの生活は惨めだったよ。学校でも酷いいじめを受けたしね。そして僕は、中学を卒業してすぐに、バイトを始めて、自立した生活を始めたんだ。あの頃は大変だったなぁ……中卒で雇ってくれるバイトがなかなかなくて、危険なバイトに手を出したりして、死にかけたこともあったよ」
「それで、生活に困って、ドラッグの売人なんてするようになったのか」
「そう。あれが一番金になるんだ。もう気づいてるだろうけど、貴弘兄さんをハメたのは僕。僕が麻薬を売りさばいてるところを、仲間に写真で撮らせて、これは牧坂貴弘です、悪いことばかりしてるんで、逮捕しちゃってください、って手紙と一緒に、警察にそれを送ったんだ。それで警察は、僕とそっくりな貴弘兄さんが、麻薬の売人をしてる悪いやつだって、勘違いしちゃったってわけ。他にも色々やったよ。瑞貴ちゃんを、ここで仲間に襲わせたり、莉子を金で釣って、盗聴器を持たせて貴弘兄さんに近づけたりさ。でも、なかなか上手くいかないもんだね。瑞貴ちゃんの処女を奪ったり、二人の仲を裂いたりして、貴弘兄さんを、不幸のどん底に落としてやるつもりだったのに……でも、まだ僕の計画は終わってないよ」
そう言うと貴俊は、ズボンの後ろポケットから、あるものを取り出した。
それを見て、私の胸は、ドクン、と一つ大きく高鳴った。
それは、黒光りする拳銃だった。
ドラマとかでしか見たことがないもの。
でも、銃なんて、一般人がそう簡単に手に入れられるものじゃないはずだ。
脅すために、モデルガンを持ってきただけかもしれない。
けれど、この貴俊は、麻薬の売買以外にも、色々と危険なことをやってきているみたい……
もし、本物だったとしたら……
「断っておくけど、これ、偽物じゃないよ? トカレフっていう、本物の銃だからね。信じてもらえなくてもいいけどさ。すぐにそれを証明してあげるから」
「お前……それで俺達を殺すつもりなのか?」
緊張に表情を引き締めながら、貴弘が問う。
その額には、汗が滲んでいる。
八月半ばで、熱帯夜が続いているけど、その汗は、暑さからくるものじゃないはず。
命の危険を前に、私も、手がじっとりと汗ばんで、動悸が荒くなってきていた。
「ちょっと違うね。僕が殺したいのは、瑞貴ちゃんだけ」
貴俊のその言葉に、私の身体が、ビクッ、と震える。
「瑞貴ちゃんを殺した後は、貴弘兄さんの、治りかけてる右手を撃ち抜いてあげるよ。それで貴弘兄さんは、大事にしてるものを、全て奪われちゃうってわけさ」
そう言ってから、貴俊は、
「くくっ……ははっ……」
こみ上げてきたような笑いを漏らしたかと思うと、
「ひゃはははははははははは!!」
お腹を抱えながら、狂ったような笑い声を上げ始めた。
「……お前……最低なやつだな……」
そんな貴俊に、憐れむような視線を送る貴弘。
「ははははは……ふぅ……ああ、可笑しい。あんまり可笑しいから、僕としたことが、思わず下品な笑い方しちゃったよ」
貴俊はそう言ってから、表情を引き締めた。
心まで凍り付かせるような、冷め切った視線――
それと一緒に、黒光りする拳銃の銃口が、私に突きつけられる。
戦慄が走った。
これ以上ないくらいの恐怖で、頭の中が真っ白になる。
私は、立っていられずに、へなへなとその場にへたりこんでしまった。
「貴弘兄さん。僕は前にも忠告したはずだよ? 貴弘兄さんだけが幸せになるなんて、絶対に許さない、って。僕と貴弘兄さんは、一卵性双生児なんだ。それなのに、姿形だけ一緒で、片方は幸せに、片方は不幸に、なんて、間違ってるよね? だから、貴弘兄さんにも、僕が味わったような不幸を味わわせてあげるよ」
恐怖で頭の中が真っ白になっている私には、貴弘の言葉も、意味をなさずに耳から耳へと通り抜けていく。
私……もしかして、死んじゃうの……
こんなの嘘でしょ……
なにか、悪い夢でも見ているだけなんでしょ……?
「瑞貴ちゃん、可哀想だけど、君には死んでもらうよ。悪いのは、僕の忠告を無視した貴弘兄さんなんだからね。恨むなら、貴弘兄さんにしてね」
言葉とともに、銃の引き金に指がかけられる。
私は、ぎゅっと瞼を閉じることしかできなかった。
「やめろ!!」
貴弘が叫ぶのが聞こえた。
「さようなら、瑞貴ちゃん」
貴俊が冷酷に言い放つ。
直後、大きな銃声が、夜の公園の静寂を破って、響き渡った。
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