【Episode:08】隠されていた真実

かまくら

 刑事さんの追っ手を上手くやりすごすことができた私は、あの公園――貴弘と、小学生の頃によく遊んだ、そして、貴弘と私が、その頃みたいに、仲のいい幼馴染に戻れた公園に向かった。


 その公園に着いた時には、午後七時を回っていて、頼りない街灯の明かりが照らす園内には、誰の姿もなかった。


 その中に設けられている遊具の中に、お椀をひっくりかえしたようなものがある。


 私と貴弘が、小学生の頃、『かまくら』と呼んでいた遊具だ。


 その頃、貴弘は、ここで二人でかくれんぼをしていた時、よくその中に隠れていた。


 いつもそこにばかり隠れているから、すぐに見つけることができて、私は、面白くない、ってぼやいてばかりだったんだけれど、それでも貴弘は、そこがお気に入りみたいで、そこに隠れるのをやめようとしなかった。


 今振り返ってみると、胸がじんわりしてしまう微笑ましい思い出。




「貴弘、そこにいるの?」


 その『かまくら』の前で、私が声をかけると、その半円形の出入口から、貴弘が顔を覗かせた。


「瑞貴、俺を信じて来てくれたんだな」


 言いながらそこから出てきた貴弘は、笑顔ではいるけれど、顔色があまりよくない。麻薬の売人なんて疑いをかけられた心労からかもしれない。


「うん。貴弘が、麻薬の売人なんてするわけないからね。いつだって信じてるから」


「ありがとな。刑事に後を追けられなかったか?」


 そう聞かれて、私は、刑事さんの追っ手を上手くやりすごした経緯を、得意げに話した。


 あの作戦は、前に観たサスペンス映画を参考にしたものだった。寛斗君が脇役で出てるからって、麻衣に薦められて観たわけだけれど、そうしておいてよかった。


 おかげで、こうして貴弘のピンチに駆けつけることができたんだから。


「そうか、上手くいったんだな。でも、尾行まかれて悔しがる刑事に、笑顔でバイバイ、はやりすぎだろ」


「あんまり上手くいったから、まるで自分がテレビドラマのヒロインみたいに思えてきちゃって……ちょっと調子に乗り過ぎちゃったかな」


 こめかみに拳を当てながら、反省する。


「まあ俺への疑いが晴れさえすれば、問題ないだろうけどな。でもそれまでは、お前まで、麻薬の売人の仲間みたいに思われるかもしれないぞ?」


「そっか……そこまで考えてなかった……」


 その場の勢いで、軽はずみな行動をとってしまったことが、今になって悔やまれてきた。


「どうしよう……家に帰ったら、私、刑事さんに逮捕されちゃうかもしれない……」


 その事態を想像して、さっきまで得意げでいたのが、すっかり落ち込んだ気分になる。


 そんなことにでもなったりしたら、それが間違いだとしても、お父さんとお母さんは、その疑いが晴れるまでに、どれだけ悲しい思いをしてしまうことになるんだろう……


「逮捕まではされないだろうけど、警察に連れていかれて尋問されたりはしょうがないかもな」


 貴弘が困ったようにしながら。


「やっぱり、あんなことしなきゃよかった……」


「なんなら、このまま俺と一緒に、いけるとこまで逃げてみるか?」


「え……?」


「『愛の逃避行』、ってやつだ」



 貴弘と一緒に、無実の罪で、刑事たちから追われる逃亡生活――


 なんか、ドラマのヒロインみたい……


 いや、やっぱりダメだ。つい乙女心を刺激されて惹かれてしまったけれど、私達には、大切に思ってくれている家族や友人がいる。


 余計な心配をかけないように、貴弘の無実を証明しないと。



「そんなのダメだよ。お父さんやお母さんが心配しちゃう。貴弘だって――」


「マジに受け取るなよ。冗談だって」


「なんだ、冗談……そうだよね」


 ちょっと残念な気もするけれど。


「お前昔から、なんでもマジに受けとるからな。からかいがいがあるよ」


「貴弘のいじわる」


 頬を膨らませて、きっと睨む。


「でも、そこが可愛いとこでもあるんだけどな」


「え? ……またそうやってからかおうとしてるんでしょ。その手にはのらないからね」


「ははは。ばれたか」


 貴弘が笑いながら、いたずらっ子みたいに。


 私は、内心ドギマギしている動揺を覚られないようにって、すぐに話題を逸らした。


「それよりも、なんで貴弘が、麻薬の密売してる、だなんてことになっちゃったわけ?」


「なんでだろうな。俺が聞きたいくらいだ。真面目に高校生してるつもりだったんだけどな……」


「学校でそんな噂が流れてるわけでもないし……貴弘、どこか怪しい雰囲気の場所に出入りしたことってある?」


「学校帰りに、正樹と一緒に馴染みの喫茶店に寄ったりはするけど、あそこで麻薬の売り買いなんてやってるわけないだろうしな……まったく心当たりがないよ」


「もしかして、警察の人達、貴弘とよく似た誰かと、勘違いしてるんじゃないかな?」


「その可能性はあるよな。動かぬ証拠ってやつが、どんなものか俺には分からないけど、俺に似たやつをそういうところで見たとかっていう話でも聞いたのかもしれない」


「私、刑事さんから、写真を見せられたんだ。それには――」



 言いかけた時、



「貴弘に~いさん」


 突然、私達の背後から、誰かの声がした。



 振り向くと、公園の入り口に、一人の男の子が立っていた。


 私達と同じくらいの年頃の男の子。


 その男の子の顔を見た私は、驚きに、一瞬呆然としてしまった。



 

 彼の顔は、今私の横に立っている貴弘にそっくりだった。


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