追跡

 麻薬の売人の疑いがかかっている貴弘と、親しい友人ということで、私は、家の玄関口で、刑事さんから事情聴取を受けた。


 刑事さんは、私に一枚の写真を見せた。


 間接照明の灯りだけで照らされていて、薄暗くてなにか怪しい雰囲気のする場所で、貴弘によく似た誰かが、知らない誰かに、何粒かの錠剤が入った、小さなビニール袋を手渡しているところが写っていた。


 その写真が、貴弘が言っていた、警察が握ってるっていう、動かぬ証拠なのかもしれない。


 ただ、貴弘とよく似ているように見えるけれど、薄暗い中だから、はっきりそうだって断言できるわけでもなさそう。


 続けて刑事さんに、その男の子が、私の幼馴染の牧坂貴弘だってことを確認させられて、彼は麻薬の密売に手を出しているみたいなんだが、今彼がどこにいるか知らないか? と聞かれた。


 私は、「貴弘とは仲が良いけど、そんなこと知らないし、貴弘がそんなことするはずないです」って答えた。


 強面の刑事さんから、睨むような視線を向けられながら、私は、嘘をついていることが顔に出ないようにと務めた。


 刑事さんは、「友達を庇って嘘をついてるんじゃないか?」って追及してきたけど、私は、嘘なんかついてません、と答えた。


 刑事さんは、さらに、「ほんとなのか? もしかしたら、君も麻薬の売買に関わっているんじゃないか?」なんて聞いてきたけど、私は、「そんなはずないじゃないですか。私は、どこにでもいる普通の女子高生です。私、これから外で友達と会う約束があるんで、もう帰ってもらえませんか?」とわざと怒ったように突き放した。


 刑事さんは、「嘘を吐いても、君のためにはならないぞ。君はまだ将来のある若者なんだからな。道を外した友人を庇って、その罪を一緒に背負うことはないんだからな。よく考えて、正しい道を選択しなさい」と言い残してから、家を出て行った。



 私のことも、完全に疑ってかかっているみたいだった。


 だけど、私は、悪いことなんてしていないし、貴弘だって、無実の罪を押しつけられているだけに決まってる。



 刑事さんが家を出て行った後、私は、部屋に戻って着替えを済ませてから、貴弘のところに向かうことにした。


          *


 家を出て、最寄りの地下鉄までの道を歩く。


 赤になった信号の前で立ち止まった時、私は、手に提げていたバッグの中から、コンパクトミラーを取り出して、髪を整えるふりをしながら、背後を映し見た。


 黒いスーツを着た男性が、脇道に逸れるのが見えた。


 さっき私に事情聴取した刑事さんだ。


 やっぱり私の後を追けてきたんだ。


 だけど、まだ若くて経験があまりないみたいで、あっさりと尾行を私に気づかれてしまっている。


 信号が青に変わって、私は、手鏡をバッグの中に戻してから、何事もなかったように歩き出した。


          *


 地下鉄の改札口を抜けて、乗車ホームに着いた。


 コンパクトミラーで背後を確認する。


 刑事さんは、私から離れた場所で、人混みに紛れながら、こちらに背を向けている。


 尾行しているのがばれているとは、思っていないみたいだ。


 

 電車がやってきた。


 乗客が降りるのを待って、乗車する。


 コンパクトミラーで確認はできないけれど、刑事さんも、違う車輌に乗ったはずだ。



「電車が間もなく発車します」と車内アナウンスが流れた。


 ドアの傍に立ってタイミングを見計らっていた私は、それが閉まろうとする直前に、車外に飛び出した。


 すぐにドアが閉まり、電車がゆっくりと動き出す。


 動き出した電車の中にいる刑事さんが見えた。


 刑事さんもこっちに気づいたみたいだ。


 いつの間にか乗車ホームに戻っている私を見て、驚いたように目を見開いている。


 私は、にっこりと笑みを返しながら、バイバイ、と手を振った。



 悔しそうに唇を噛み締める刑事さんを乗せて、電車は速度を上げながら、次の駅へと走っていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る