【Episode:06】失意の夏休み旅行
出発
八月中旬の土曜日。
正樹が計画した、泊りがけの夏休み旅行が決行される日がやって来た。
私達は、その日の早朝、旅行用の手提げバッグやキャリーバッグを片手に、集合場所の駅前に集まった。
それぞれ口裏を合わせて、両親に、女同士だけ、男同士だけの旅行と嘘を吐いていた。
誰の両親も、そんなに厳しいってわけじゃないけど、一応そう言っておいた方が無難だろうって理由で。
ほんとのことを言って、もしダメだって言われたら、せっかくの旅行行きがとりやめになってしまうかもしれない。
それぞれ、両親が知っている親友との旅行ということで、特に何を言われることもなかった。
莉子だけは、ちょっと私達とは事情が違っていた。
これは麻衣に聞いた話なんだけど、莉子は、高校に入学する直前に、両親を、不慮の事故で亡くしてしまったとらしい。
今は、叔母夫婦の家に厄介になっているらしいけど、その叔母夫婦とは、あまり上手くやっていけていないみたいだ。
だから、疎ましく思われていて、今日の旅行だけじゃなくて、莉子が夜遊びをしたりするのも、放っておかれているんだろう。
学校にもあまり出てこなくなったのも、そういうところに原因があるのかもしれない。
そんな境遇を聞かされたら、普通、同情してしまうところだけれど、私の場合は、そうじゃなかった。
なんでかはよく分からないけれど、もしかしたら、彼女に貴弘を取られてしまうんじゃないか、っていう気持ちが、彼女に同情を向けるだけの余裕を、奪っているのかもしれない。
麻衣には、以前、誰と恋愛するのも、その人の自由、なんて、かっこつけた言い方しちゃったけど、ほんとはたぶん、違う。
自分の感情なのに、よく分からないでいるんだけど、莉子に対して、私は、彼女についての悪い噂や、その身勝手で自己中心的な性格とかを抜きにしても、あまりいい印象を持っていない。
でも、この旅行では、莉子に対して、麻衣たちと変わらない様に接しようと思ってる。
せっかく楽しみにしていた旅行なのに、空気悪くしちゃったら嫌だもんね。
「――莉子のやつ遅いな」
腕時計を見ながら、正樹が言った。
私と麻衣、貴弘と正樹は、約束の時間のだいぶ前に集まっていたけれど、莉子だけが、まだ来ていなかった。
「莉子のやつ、自分から誘ってくれって言っといて、なに遅刻してくれちゃってんのかな。もしかして、まだ寝てるとか? 何度携帯にかけても出ないし……。無視して置いてっちゃおうか。もうそろそろ電車が来る頃だしさ」
麻衣がむすっとしながら。戸倉君の出演するクリスマスコンサートのチケットは、既にゲット済みなので、莉子がどうなろうと、どうでもいいらしい。
「いいのか? あいつ、楽しみにしてたんだろ? 予約席取ってるわけじゃないんだから、乗る便をずらせばいいんじゃないか?」
と貴弘が配慮する。普段は無口で、暗いやつだなんて思っている同級生がいたりもするみたいだけど、ほんとは、誰に対しても優しいってことは、私が一番よく知っているつもり。
「私達まで莉子に合わせることないよ。後から一人で来ればいいんじゃん。自業自得ってやつでしょ」
麻衣が、冷たくそう言った時、私達の前に、一台のタクシーが停まり、その座席から、莉子が出て来た。
「ごめーん。ちょっと寝坊しちゃった」
莉子が、甘えるような声で私達に謝った。
今日は、髪型は、ストレートに下ろしているけど、肩から胸元まではだけさせたチューブトップのキャミソールに、赤いメッシュのハンチングを合わせていて、やっぱり派手な見た目だ。
「遅い! あんまり遅いから、置いてくとこだったよ」
麻衣が、頬を膨らませながら。
「えーなにそれ、ひどい。あんまりじゃない?」
逆に、私達を責めるように。
「なにがよ。携帯にも出ない自分が悪いんじゃない」
「携帯オフってること、忘れてただけなんだけど。前の彼氏が、より戻そうぜ、ってしつこくメール責めしてくるからさ。あいつちょーウザい」
「もういいから、早く行こうぜ。電車に乗り遅れちまうよ」
正樹が宥めるように促す。
それから私達は、急いで改札口を抜けて乗車ホームに行き、なんとか予定していた便の電車に乗る事ができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます