疑惑
「正樹が、俺ん家をデジカメで撮影してた?」
そのことを私から聞いた貴弘が、驚いたように。
私は今、貴弘の部屋で、珈琲をごちそうになりながら、会話しているところだ。
「うん。ホームページに載せるつもりでいるらしいよ」
「俺は別にかまわないけど……似合わないことやってんだな。あいつが写真を趣味にしてるなんて、知らなかったよ」
「……そのことで私、ちょっと嫌な考え浮かべちゃったんだ。可能性の一つとして、なんだけど……」
「瑞貴が言いたいことは分かるよ。もしかしたら、俺に、あの脅迫状送りつけてきたやつの正体は、正樹かもしれない、ってことだろ?」
「友達を疑いたくはないんだけど……貴弘、脅迫状には、自宅にいる時を写した写真も同封されてた、って言ってたよね? もしかしたら、さっき正樹が言ったことは嘘で、貴弘のことを探るために、写真を撮っていたのかも……」
貴弘は、うーんと思案げになりながら、
「正樹がか……俺の中では、一番犯人から遠いやつって気がするけどな……」
「私もそう思うよ。正樹に悪いよね、友達を疑うなんて。もうこの話はやめようか」
「いや、でもな、心当たりが全然ないってわけでもないんだ」
「え……? 貴弘は、なにか正樹に恨まれるようなことしたことがあるの?」
二人でふざけ合ったりするのはいつも教室で見ていたけれど、喧嘩をするシーンなんていうのは、私の記憶にない。
「恨まれてるかどうかは分からないけどな……実は俺、一年の時、麻衣から告られたことがあるんだよ」
「え!? 麻衣から……?」
まさかのそれに一番驚かされた。初めて知った事実。
まさか、貴弘が麻衣から……?
麻衣からは、そんなこと一度も聞いてないし、麻衣も、そんな素振りを見せたことがない。
貴弘と麻衣の関係は、これまで私の中では、普通に仲が良い友達同士だった。
私が鈍感だっただけ?
「入学したばかりで、まだ、お前と麻衣が知り合ってない頃にな。だけど、その後で、麻衣はおまえと仲良くなっただろ? お前との関係を壊したくなくて、お前には、そのことを黙っておいたんだろうな」
「そう……だったんだ……」
意外な事実を知って、ちょっと驚きだったけれど、麻衣が誰を好きになるかは、麻衣の自由だ。麻衣が今でも貴弘のことを好きでいたとしても、それで、私達の関係が壊れるわけじゃない。
「告られて、悪い気はしなかったけど、俺はその時、誰とも付き合う気がなくて、断ったんだ。だけど、麻衣はそれを気にしないで、今でも良い友達として、俺と付き合ってくれてる」
「麻衣は、見た目はあんな風だけど、優しいからね。根にもつなんてことも……」
そこで、あることに思い当たって、
「ちょっと待って。正樹が、麻衣のこと好きなのはもちろん知ってるよね?」
「ああ。気づかれてないと思ってるのは、本人だけだろうな」
本人が知らないだけで、周知の事実。正樹は色々と分かりやすい性格なのだ。
「それじゃあ、麻衣のことを好きな正樹が、麻衣に告白された貴弘に対して、嫉妬を感じて……それか、告白を断って傷付けたことが許せなくて、脅迫状を送るようなことをしちゃったのかもしれない、ってこと?」
「俺が麻衣に告られたことは、誰にも話したことないけど、知られてたとしたら、その可能性がないわけじゃない。でも、正樹は、見た目はチャラいやつだけど、良いやつだからな。いくら、俺が麻衣に告られたことがあること知ったとしても、それで妬んだりするようなやつじゃない」
「でも、もしかしたらってこともあるかもしれないよ。正樹は確かに人が良いけど、魔が差してつい、ってこともあるかもしれないし」
「そういうこともあるかもしれないけどな……」
「だったら、一度正樹に聞いてみた方がいいんじゃないかな? ほんとにそうだったとしても、ただの出来心みたいなもので、笑って済ませられるかもしれないよ。正樹が、ほんとのことを言ってくれるかどうかは分からないけど」
「いや、やめておくよ。絶対に違う、って否定できるわけじゃないけどな。俺は、正樹のことを信じてやりたい」
「そっか……そうだよね。正樹がそんなことするわけないよね。なんか私、友達のことを疑う、嫌なやつみたい……」
そんな自分が嫌になってしまう。
「違うだろ。瑞貴は、俺と母さんのこと心配してるだけだろ。悪いのは、あんな脅迫状なんてのを送りつけてきやがったやつなんだからな」
貴弘はそう言ってくれたけど、私は、もう一人の友人に対しての疑いも抱いていた。
それは、麻衣。
表向きは、告白を断られたことなんて、全く気にしないで貴弘と友人付き合いをしているように見せているけど、実際は、憎しみを抱いていて、脅迫状を送り付けるようなことをしたのかもしれない。
麻衣が貴弘に告白したのは、去年の五月ごろ。
貴弘に脅迫状が送り付けられたのは、去年の六月ごろ。
その時期も、食い違っていない。
麻衣は、自分のことを好きな正樹を利用して、貴弘のプライベートを探らせているのかもしれない。
だけど、それを貴弘には言わなかった。
貴弘に、嫌なやつだと思われたくはなかったし、私自身、その疑いを消したかった。
これまで、親友として付き合ってきた麻衣。
そんな麻衣との思い出を、そんな疑いなんかで、台無しにしたくない。
正樹に対してもそうだ。
疑いを持ち続けたことがきっかけで、二人との距離が離れていくことになる、なんてことにはなりたくない。
もう二度と、大切な誰かとの関係が壊れるような経験は、したくない。
「――もうこんな時間か」
壁にかけられた時計を見て、貴弘が言った。
「そろそろ母さんが、買い物から戻って来るかもしれないな」
「それじゃあ私、そろそろ帰るね」
「悪いな。母さんも瑞貴のこと、もう恨んだりはしてないと思うんだけど、また瑞貴と付き合い始めたこと、上手く言い出せる自信がないんだ」
「気にしないで。いつか私が自分で、あの時のことをちゃんと謝るから」
貴弘のお母さんが戻る前に、私は帰宅することになり、貴弘に見送られて、私は帰路に就いた。
胸の中に、一抹の不安を抱きながら――
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